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(愛読書)“作家という生き物”を書いたオススメ小説3選

「作家は変わり者だ」というイメージが、昔から世間一般にはあると思う。私自身も作家を自称しているが、変わっているといえばまあ少しは変わっていると思うし、「普通だね」と言われるよりはそう言われた方が嬉しい。

しかし、変わり者イコール変態、破天荒、とはまた違うのである。

今回紹介する小説には「書くこと」をしている人物がそれぞれ登場するが、彼らは特別奇怪なキャラクターではない。ある程度真面目で、誠実で、物書きとしての才能も常に注目されるほど飛びぬけているとはいえない設定だ。
けれどそんな地味な人柄であっても、「作家という生き物」のスイッチが入った時の言動は、周囲を戸惑わせる。今回、意図せず3作品とも登場するのは女性作家(キャラクターも作者自身も)になったが、生活を遠ざけたときに非難を浴びやすく、自らも罪悪感を持ちやすい性であるが故の葛藤と「それでも書きたい」という鮮やかな欲望が物語に凄みを与える。

この3作を読んで彼女たちに共感できるか否かで、あなたの中に眠る作家魂を発見できるかもしれない。


①宮部みゆき『模倣犯』(前畑滋子)

まずご紹介するのは、言わずと知れた現代ミステリの金字塔。

ある日、公園のゴミ箱から切断された女性の右腕が発見される。第1発見者、被害者家族、犯人、マスコミ、警察と、全方位の関係者視点で目まぐるしく物語が展開し、壮大に絡み合っていくその中で、「マスコミ側」の主人公として登場するのがフリーライターの前畑滋子だ。

(あらすじ※滋子パート)
女性雑誌を中心に地味だが堅実なライターとしてキャリアを積んでいた前畑滋子は、ふとしたきっかけで前代未聞と騒がれている事件の関係者と接点を持ち、取材の機会を得る。それまでの“軽めのコラム”とは違う、自分にしか書けないルポを書くことで「いずれは硬派のジャーナリストになれるかもしれない」という野心を抱くが、持ち前の人の好さと大雑把な性格が災いして、せっかく注目を浴びたルポは頓挫する。滋子を応援していた夫とも次第にギクシャクし出し、無計画な取材旅行に出たことで決定的な亀裂が入る…。



滋子の書くものはあくまで報道なので、自由な創作物を書く作家とは違う。けれど、執筆が順調だった時期に夫が仕事に出かけてゆき、原稿とふたりきりになると「邪魔者がいなくなったカップルのように」パソコン画面にふっと微笑みかけてしまう―という描写はまぎれもなく作家の本性であり、パートナーの立場で知ったら残酷な本音だ。
滋子のその後は、別の小説(『楽園』)にもなっている。9年後も滋子はまだ書く仕事を続けているが、そちらはもう明確に「取材者」になっている。自分の書くべきものを求めてがむしゃらになっていた滋子は『模倣犯』の頃だなと思ったので、今回はこちらを選んだ。


②角田光代『私のなかの彼女』

角田さんの作品には「雑文書き」と自虐するほど書く仕事に執着を持つ女性がときどき登場する。そのなかで、真正面から「書く人」を主人公にした物語が本作である。

(あらすじ)
大学生の本田和歌は、亡くなった祖母がかつて「物書き」を志していた痕跡を実家の蔵で見つける。1つ年上の恋人・内村仙太郎が気鋭のイラストレーターとして華々しくデビューし、活躍の場を広げていく彼との結婚ばかりを願っていた和歌だが、中々実現せずにあまり興味のない仕事に就職し、やがて小説を書こうと思い立つ。和歌が賞を取り、相変わらず多忙を極める仙太郎と会う時間を作るためふたりは同棲しそれぞれの仕事に向かうが、やがてさまざまなバランスが崩れ始める…。

和歌は、初めて書いた小説で新人賞を取ってしまうくらいだから勿論才能があったのだろうけれど、仙太郎があまりに凄すぎる(と和歌は思っている)せいで終始劣等感を抱いており、自分の書く作品に対しても自信の無さからか、客観視できていない。「ただ、書きたい」と盲目的に突き進む和歌には目の前の暮らしは意味を失い、生活は荒れすさみ仙太郎の容赦ないセリフがその背中に突き刺さる。
「髪振り乱して部屋に閉じこもってがーっとするようなのは仕事って言えないと思う」。

この本は、内村仙太郎(この秀逸なお洒落過ぎる名前…!)をどう捉えたかで読む人の感想が真逆になると思う。若干上から目線のきらいはあるが、スマートでイケメンで、作家としても需要があり良識もあって、家事も完璧にこなす。和歌のことも、「彼女」としては恐らくきちんと大事に思っている。
けれど、「作家・和歌」に対する仙太郎の言動にはクリエイター同士のリスペクトを全く感じない。仕事のやり方は人それぞれあって当然なのに、自分が正しいと思うやり方を和歌に説いたり、基礎のなさを嘲笑う。仙太郎自身の作家業がどのようなものかは明確に描かれていないが、文中のやりとりを見る限りは明らかに作家としての情熱が和歌に比べて負けている。

角田さんはこういうソフト・モラハラ的男性を書くのが本当にうまいなあといつも思うのだけれど、今回の仙太郎は読みながら「お前ええ…」と何度も首を絞めたくなってしまった。
共感してくれる人がいたら朝まで語り合いたいくらいある意味強烈なキャラだった(仙太郎好きな人にはごめんなさい)。


③桜木紫乃『砂上』

今回選んだ3作でもっともストイックに「書くこと」を突き詰めている作品。作者は『ホテルローヤル』で直木賞を受賞し、注目を浴びた桜木紫乃さん。

(あらすじ)
味気ない生活の傍ら、小説の新人賞に長年落ち続けている北海道在住の柊令央のもとへ、東京からわざわざ編集者・小川乙三が訪ねてくる。賞の約束もなく、「ただ私が読んでみたいから」という理由で令央に本気の1本を書くことを提案してきた乙三に対し、令央は戸惑いながらも小説と真正面から向き合う決意をする―。

非常にシンプルで、雪が深深と降り積もるように進んでいく物語。主人公の令央が作中で同タイトルの『砂上』を書きながら「得たり」と思い原稿を送っては、乙三から冷徹な駄目出しを喰らうというラリーが繰り返される。

「わたしは小説が読みたいんです。不思議な人じゃなく、人の不思議を書いてくださいませんか」。

含蓄のある乙三の言葉は、残酷だが作家にとって希望にもなる。励ましではなく、その言葉の意味を理解すればもっと先へ行けるという灯のような希望だ。
令央は思う。
「それでもこの女から離れずにいれば、小説のなんたるかの一粒くらいは味わえそうな気がしてくる。(中略)この女の言葉にもっと傷つきたい。」


作家と呼ばれる中にも「小説家」「漫画家」「美術家」と色々あるが、美術家と、小説家や漫画家の大きな違いがひとつある。
それは編集者の存在だ。

私は学生時代に美術を学んできて、社会人になってから漫画家としての活動を始めた。美術には鑑賞者の存在は欠かせないが、作品に客観性を持ち込むのはあまり良しとされていない。なぜかといえば、美術は「誰かが面白いと思うもの」ではなく、「自分が面白い、美しいと思うもの」を表現する分野だからだ。
対して漫画や小説は、「読む人が面白いと思うもの」を想定して創られる。となれば、当然他者からの視点が必要になる。現在ではネットが普及して編集者の介在しない作品も多数世に出ているし、その中にも勿論良作はあるだろうけれど、それはよっぽど作者の力量と客観性が備わっていなければ成り立たない。

私もよくダメ出しされる。
自分では「これはうまいこと描けた!」と自信満々で提出したネームが「いまいち、意味がわかりませんでした」と言われ傷ついたことなど数知れない。それを「読解力のない人」だと断ずるのは易しい。しかしわかる人にだけわかればいいならば、読者の絶対数が少なくなる。たったひとりが所有者になる美術作品ならそれでもいいが、漫画や小説はそんなことを続けていたら掲載・出版がしてもらえない(ずっとウェブ媒体だけでいいなら別だけれど)。
また編集者の存在を、作家のオリジナリティを汚す存在だと誤解している人がいるかもしれないが、信頼のできるプロフェッショナルであればきちんと作家を理解し、より高いクオリティの作品に仕上げるためになくてはならない存在だ。私自身、現在も続けている美術館の4コマ連載は、出版時の編集者さんと、SNS連載の配信をずっと担当してくれているAさんがいなかったら、こんなに長く続けていられなかったしクオリティも保てない。
乙三が再三繰り返す「お原稿」という響きが怖すぎて震えてしまうが、それを怖いと思わせる迫力こそが、編集者の力量なのだろう。

まこと胡散臭い表現になり恐縮だが、ものづくりと向き合う人にとって『砂上』は聖書のような本だと、胸の痛みと共に読み終えて感じた。



(トップ画像:🄫宇佐江みつこ)





今週もお読みいただきありがとうございました。
宮部みゆきさん、角田光代さん、桜木紫乃さん。御三方とも私が「作家買い」している大好きな作家さんです。今回はテーマを絞って紹介したので、ちょっと読みづらい(①は全体の中の一部なのでともかく、②③はストーリー展開より人物の苦悩を楽しむようなところが魅力)部分もあるかもしれませんが、例えば角田光代さんは映画化もされた『紙の月』や『八日目の蝉』などは読みやすく且つ重厚なストーリーでおすすめです。手に取りやすい角田さんの本としては『それもまたちいさな光』も大好き。桜木紫乃さんは読みごたえで選ぶなら『ラブレス』(今ちょうど再読中!)、エンタメとして爽快なのは『裸の華』がいち推しです。宮部さんは…『模倣犯』はちょっと長編すぎるなあって気後れしている人には疾走感がたまらない『スナーク狩り』はどうでしょう。個人的に、金沢が舞台で出てくるのが好きポイントです(笑)。

ああ、そういえばもう9月だし読書の秋だ~。
皆様にもよい本との出会いがありますように。

◆次回予告◆
『美大時代の日記帳⑧』謎の住人・ミステリー。

それではまた、次の月曜に。



*今回した紹介した本*…私が持っている仕様(ハードカバーor文庫)
宮部みゆき『模倣犯』(小学館)


角田光代『私のなかの彼女』(新潮社)


桜木紫乃『砂上』(KADOKAWA)




*宇佐江みつこのミヤベさん愛が、ちらり。↓



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