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(美大日記⑭)犀川でお花見コンパ/魅惑の哲学。

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らししていた日々を綴った『美大時代の日記帳』。
第14回からは、いよいよ美大生2年目に突入。
ひとりで過ごすことが多かった1年生とうってかわって、2年生ではイベントの幹事役になり、続々とやってくる行事の準備にてんてこまい。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

魅惑の哲学。

もうすぐ四芸祭よんげいさいがある。
四芸祭とは、国公立の芸大4校(京都市立芸術大学、金沢美術工芸大学、東京藝術大学、愛知県立芸術大学 ※2011年に沖縄県立芸術大学が正式に加入し、名称も五芸祭に変更となった。)が集まり、体育祭や展覧会、その他イベントを通じて芸大生同士が交流を深めるという伝統ある行事、なのらしい。
持ち回りで変わる会場は、じつは前年が金沢開催だった。しかし入学したてでキャンパスライフに全く馴染んでいなかった昨年の私は、せっかく近場なのに覗きにいくこともせず、そして今年も、四芸祭期間中の休みを利用してふつうに名古屋へ帰省するつもりである。
今年は東京会場。だいたいが皆、四芸祭のためというより往復8千円で東京に行ける「四芸列車」に乗って、東京観光したいだけなのだろう。

午後は哲学の講義があった。
実技以外の美大の授業でもっともおもしろいと私が思っているのがこの哲学である。内容がとにかく、一風変わっている。
たとえばこんな具合。
体育館の壇上でペアになり、片方が寝転がってもう片方の相手に体を自由に動かされるという実験。寝ている方は脱力し「完全に」相手に身を委ねなければならず、力を入れたらはたかれる。腕を持ち上げられたり、ころりと寝返りを打たされたり。しかし、完全に身を任せるのは申し訳ないし、ていうか怖いし、つい「相手がこうしたいのだろうな」という動きを察知して無意識にフォローしてしまう。
考えてもうまくできないので寝たふりしようとしたら本気で寝てしまった。

ペアでは他に、鏡ごっこも面白かった。向かいあった相手と、音楽に合わせて同じ動きをする。もちろん打ち合わせや練習なしで、心を通じ合わせてやるのだ。最初は「主」と「従」の役をそれぞれ分けて、自由に動く方と合わせる方という関係性。それが先生の合図によって都度、立場が逆転する。これをノンストップで行い「主」と「従」を繰り返すうち、最後は両方ともが役をなくして、それなのに無意識に相手と手を合わせて動けるようになり「うわああ」とかなり、感動した。

意外にも、いちばん難しかったのが「エア蝶々結び」。
実際に紐を持って蝶々結びをし、そのあとで、紐無しで想像上のちょうちょを結んでみる。簡単じゃんと思うだろうが、これが実際、かなり難しい。
やっているうちに「どんな風にいつもやってたっけ?」と思い出そうとすると、さっきまで手元にあったはずの紐の感触がどんどん消えてしまう。

「思い出して昔やったことを再現しようとするのは、ただのジェスチャーであって、『表現』ではない」

と先生は言った。表現することはもっと自主的で、事実にいかに近づけるかではなく、そこに存在していることをどれだけ強く、観ている者に伝えられるかが大切だのだと。
写真的なリアルではなく、存在のリアリティ。

これだから哲学の講義だけは毎回サボれない。


犀川でお花見コンパ

他専攻は知らないが、私が所属する油画専攻は教授を含めて代々お祭り好きで、とにかくイベントが多かった。序盤だけでもお花見コンパ、新歓コンパ、ソフトボール大会、七夕コンパ、夏キャンプと目白押しである。
高校時代の独りよがりを引きずり美大生1年目はこういう行事を積極的に欠席していた私も、大学にも人間関係にも少しずつ慣れ、何よりイベントの幹事学年である2年生になったからにはクラスメイトの手前、協力しないわけにいかない。

まず最初にあったのは、犀川さいがわ沿いで毎年行われるお花見コンパだった。
数日前から準備をし、皆と一緒にスーパーをはしごしたりKくんち(賃貸の古い一軒家にひとり暮らし)で豚汁100人分を手伝い、アパートでは自主的に愛用の「巻きす」でシーチキンマヨの細巻き寿司を9本作って半分にカットし、計18本を用意した。
当日。
例の如く、気まぐれで辛辣な北陸の空は荒れており、大学からの帰り道に雨とあられが降ってきた。
「痛い!痛い!」
と剥き出しの首をあられに打たれながら、これ以上ないほど濡れそぼって体だけでなく心までぼろぼろな気分で帰宅。しかし絵描きの性分で、ついそんなボロ雑巾みたいな自分の恰好を姿見でしばし観察。その後服を洗濯機に放り込み、湯をためて風呂に浸かった。
こんなんで夜、お花見なんてできるのだろうか…とげんなりしていると、風呂場にとつぜん光が射し、そうっと窓をあけると、青空が雲からのぞいていた。

ふたたびKくんちに集まり料理班に加わってサンドイッチ作り。カットした食パンの耳を他の子が揚げてくれたやつがおいしすぎて、具の卵ときゅうりがまだまだ余っていたので追加購入したパンも、耳だけはその場の皆の口へすべて吸収された。
コンパ自体が始まると、我々2年生は橋の暗がりでひっそりと立ち、料理を配ったり、出し物を見学したり。今年の1年生はほぼ全員出席という素晴らしさだが、逆に先輩の数が少なくて、足りないかと心配した食べものも余るほどだった。
夜9時頃になり、ご近所のためもあって1次会は終了。一部の人は2次会の呑み屋へと流れたが、2年生はほとんどが犀川に残り、輝く月の下で片付けをして10時頃解散した。
気づいたら、残った者たちでまたもやKくんちに帰っていた。
9人がこたつに入り、Kくんの淹れてくれた熱くて薄い紅茶をすすりながらぼーっとした。誰かの一声から深夜にも関わらず、ピザをとることに。Lサイズのマルゲリータはあっというまになくなり、数分後には同じ店に2Lのマルゲリータを注文した。
すでに零時を超えているというのに迷惑な客でごめんなさい。
結局、3時くらいまで皆とKくんちにいて、また、ぼーっとした。





今週もお読みいただきありがとうございました。学生時代の無駄で無益な、みんなと夜更かししながらただただ「ぼーっと」した時間。何もしないなら帰れよ…って思い、実際「ああ帰って自分の布団で寝たいなあ」と思っているのになぜかその場を離れられなくて。そんな夜を、金沢で飽きるほど過ごしました。
皆さんは、学生時代の思い出に残るイベントはありますか?

◆次回予告◆
『短編エッセイ』テレビに出るまでの頑張った1ヶ月/他1本


それではまた、次の月曜に。


*謎に満ちた美大生ライフは意外と地味。その他のお話はこちら↓






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