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わたしのお城遍歴ー雑事記⑫ー

我が城、つまりアトリエが、しっちゃかめっちゃかだ。

1ヶ月前、以前のアトリエを引き払い自宅の空き部屋を片付けて、新しいアトリエにした。最初は持ち込んだ荷物も必要最小限で、すっきりと快適なアトリエだったのだが、いい加減、段ボールに入りっぱなしのファイルや画集や道具を出さねばと一昨日運び込み、それがまったく収まるべき場所に収まらず、現在もとっ散らかっている中でこれを書いている。

ウィキペディアによると、「アトリエとは画家・美術家・工芸家・建築家などのアーティストが仕事を行うための専用の作業場のこと(一部省略)」である。通常、漫画家さんなどはアトリエより作業場、または仕事部屋と呼ぶ方が一般的な気がするが、私の場合、学生時代の「制作場所=アトリエ」という呼び方が染みついて抜けず、現在もそれを使い続けている。

過去『美大日記』にも書いた通り、美大生にとって、アトリエは生活に欠かせない。というより、「アトリエ」という特定の作業場所を用意しておき、いつでもそこへ座れば描きだせるという環境がないと、つい制作をサボってしまうので、入学当初から教授たちには「できれば生活空間とアトリエを両方持てる二間物件」が推奨されていた。
だが、私が気に入って借りた物件は8畳一間。従って、合評(自主課題提出)期間だけは部屋を模様替えしてむりやりアトリエに変換させた。イーゼルのすぐ横で、部屋干しの洗濯物がいつもゆらゆらしていたなあ。
懐かしい青春のひとこまである。

その後しばらく、私にはアトリエがなかった。社会人になり制作をまともにしなくなったせいである。
それが、ひょんなことからふたたび制作をしだし、いつのまにか本まで出していた。『ミュージアムの女』の単行本の中身を描いていた頃はアパートを引っ越したばかりで、地べた座りで、実家から持ってきた大きなちゃぶ台におおいかぶさり原稿を描いた。

やっぱり、ちゃんとした机が欲しいなあ。椅子でないと、姿勢も良くないしなあ。

本を描き終わったあとにそんなことを思い、「今更」感がないとは言えなかったが、これから始まる前途洋々(と思いたい)な作家活動には、やっぱり「アトリエ」が欠かせない!と無印で大きな折り畳み机を買った。
この机はとっても使い心地が良く、今もずっと愛用している。

こつこつと、物を増やしたり整理したりして、作り上げていく自分の理想の城。
必要なのは机だけではない。資料をたくさん置ける棚、すぐに取り出せる描画道具、照明、予定を書き込むホワイトボード。

ふしぎなもので、「なんかしっくり来ないな」と思うアトリエで作業をしても集中が長続きしない。ある時も、気に入ったものばかりを机まわりに置いたはずなのに何故か落ち着かず、思い切って机の向きを90度変えたら、座った瞬間「これだ!」と、居心地が変わった。鍵穴の中で鍵が「ぱちん!」と合うみたいに、自分の波長にぴったりはまるアトリエが完成したら、多少気持ちがのらない日でも、座れば作業スイッチが自然と入る。

父が亡くなり、母の住む実家へ引っ越した際、譲れない条件として我儘を通したのが、近所のアパートをアトリエとして借りることだった。母が止める間もなく私は勝手に物件を見つけてきた。
長く離れていた実家で、しかも母の住まう空間で、制作をする自信が皆無だった。自分の寝る部屋はあったが、それとは別のアトリエスペースを作るほどには部屋数がない。そして何より、家族という、脱力効果抜群の存在を感じながらの環境では、作業スイッチが錆びた引き戸くらいビクとも動かないのである。

安アパートとはいえ、自分の収入を思うととんでもない贅沢だ。けれど、自分だけの城はやはり快適だった。よっぽど将来、売れっ子の作家にでもならない限り持てないだろうなあ~と憧れていた「自宅とは別の場所にアトリエ」がある生活がこんなにも早く手に入るなんて夢みたいだった。
まあ、それも結局、1年も経たずに母の寝室が空くことになってしまって短期間だけの夢の実現だったのだけれど。


元・母の寝室である現在のアトリエ。早く片付けて、今までで一番の理想のお城にしたい。





今週もお読みいただきありがとうございました。あなたにとっての「お城」はどこですか?

◆次回予告◆
『ArtとTalk㊴』ガウディとサグラダ・ファミリア展!

それではまた、次の月曜に。


*美大生物件のお話はこちら↓


*宇佐江みつこの制作煩悩。その他のお話はこちら↓


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