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(短編エッセイ)父のロットリング/天国からのデリバリー



父のロットリング

昨年に続き、今年も夏休み中の小6生たちと4コマ漫画を描く講座を3日間やらせていただいた。

前回との違いは、マスクを外した状態で話ができ、画材も自由に共有できたこと。メインで使うコピックやミリペンなどは予算で人数分揃えたけれど、他にも水彩色鉛筆やつけペン、デッサン用の鉛筆など、私物を色々と持って行き、教室の後ろにささやかな画材体験コーナーを作った。
子どもたちがどれくらい興味を持ってくれたかわからないが、地方だと画材を売っているお店も少ない。少しでも色んな道具に触れてもらえたらなという、半分は自己満足である。

子どもが将来の夢を持つとき、拍車をかけてくれるのは、「ちょっと本格的なアイテム」の存在だ。
私の場合、それを与えてくれたのは父だった。

小さな広告会社の制作部で働いていた父。本来休みの土曜に、雨が降ると「競艇が中止になったで、広告差し替えだ」とぶつくさ言いながら休日出勤していた記憶がある。
ときは平成初期。それまでは全て手書きだった広告原稿にも、徐々にパソコンが導入され、会社で使わなくなった仕事道具を「使うか?」と、よく父は家に持って帰ってきた。そのお土産が、お菓子よりケーキより私は嬉しかった。

フキダシの型抜きができるプレートや、雲形定規。スクリーントーン。お店で売っているコミック用のトーンに比べたら、古くて糊はゆるくなっていたし柄のバリエーションも正直ダサかったけれど、それでも、
「トーンが使えるなんてプロみたい!!」
とめちゃくちゃ嬉しかった。
中でも私が夢中になったのは、ロットリングの製図ペンである。

ドイツの老舗文具メーカーである「ロットリング」。今、この記事を書きながら検索したら色々画像が出てきて「懐かしい~~!!」と打ち震えている私だが、今も現役で多くの人に愛されているらしい。かつて私がお下がりで貰った、赤茶色の軸に赤いリングがデザインされたモデルもまだあるようだ。
本来が製図のためのペンなので、小学校高学年には実は扱いが難しかった。繊細で均一な線は、当時の私が好んで描くような人物イラストにはあまり向いていない。紙の上で滑らず、キシキシとする感じ。しかも使い込まれた中古なので、しょっちゅう目詰まりもした。
それでも、勉強机の引き出しの中でロットリングはいつも、他とは違う特別な輝きを放っていた。「将来自分でお金を稼げるようになったら、全種類の太さのロットリング買うんだ!」と決意していた。

実際にバイトでお金を稼ぐ頃には、もっとその時の自分に合う画材を見つけていたので、高価なロットリングを無理して買うことはしなかったのだけれど、それでも、漫画を描くことを趣味じゃなく、将来の仕事にしたい気持ちへと後押ししてくれたのは父のロットリングだったと、私にとっては特別な画材である。


天国からのデリバリー

父が亡くなって1ヶ月ほど経った頃、

「これ、そろそろ食べた方がいいと思うんだけどなんだと思う?」

と、冷凍庫からあるものを母が取り出した。大きめのタッパーにハヤシのようなものが詰まっている。開けてみると、中身は父が生前に作り置きしていた、煮込みハンバーグだった。

定年よりやや早く退職をして以降、父は再就職せず、ずっと家にいた。その代わり、毎日の炊事は完全に父の仕事となった。元々料理が得意だった父は、実はあまり料理が好きではなかった母のために、彩り豊かで品数豊富な食事を毎回用意した。私がたまに実家に帰り、食事を供にすると「今日は豪勢だね!」と思わず言ってしまうほどテーブルに皿が並んでいたが、母いわく、
「いつもお母さんはこういう食事を作ってもらっているの」
と自慢気に言った。結局のところ、父は、母を喜ばせたいからマメに料理に勤しんでいたのだろう。

それは亡くなる直前までそうだったらしい。体調を崩し、足取りがおぼつかなくなっても台所に椅子を持ってきて、母がパートに行っている間オムライスを作った。それ以降は包丁を持たせることを心配した母がやめさせたらしいのだが、その後たった1週間ほどで、父は旅立った。

しばらくの間、実家の冷凍庫の中は、父の存在がもっとも色濃く残る場所のひとつだった。1回分ずつ小分けされたたくさんの肉、茹でたピーナッツ、米粉で作ったひし餅、鬼まんじゅう。それらを母と私で少しずつ食べて片付けて、唯一手つかずで残っていたのがこのタッパーだった。
「そういえば、『ハンバーグがあるけど、今は食べる気しないからまた今度』ってお父さん、よく言ってたわ。これのことだったんだ」と、母が思い出して言った。

その日のお昼は、父のハンバーグを温めて、母が目玉焼きを作り乗せた。
「目玉焼きなんて作るの何年振りだろう」
と言うほど台所がご無沙汰だった母。数えてみると、15年近くほぼ料理をしていなかったのである。あらためて父のありがたみを感じた。

父のハンバーグには豆腐が入っていた。それでいて肉肉しく、ジューシーで、ソースもめちゃくちゃおいしくて、母とぺろりと完食した。
天国の父から届いた、最後のごはんだった。







今週もお読みいただきありがとうございました。書いていたらロットリング、むしょうに使いたくなりました。今度、画材屋さん行ったら、ゆっくり見たいなあ~。
皆さんは、思い出に残る親からのプレゼントはありますか?

◆次回予告◆
『ArtとTalk㉛』鑑賞中、隣の声が気になる…。あなたなら、どうする?

それではまた、次の月曜に。


*冒頭で出てきた4コマ漫画講座。昨年の記事はこちら↓


*父との思い出話はこちら↓


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