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妄想

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もうそう 【妄想】 仏教 正しくない想念。転じて、根拠のない想像。
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【1分小説】 世界の音に耳を澄まして。

あと5分。あと5分探してなかったら今日は諦めよう。 の願いも虚しく僕は駅のホームにいるわけだが、 …世界ってこんなうるさかったっけ。 音楽の隙間からうっすら聞こえていた街の音。 それらが最高音で高音質な音の塊となり勢いよく僕の耳へ。 僕は予想だにしない音のトゲとその痛みに今にも泣きそうだった。 「独り」を感じるのだ。 世界を聞いてしまうと、こんなに人がいっぱいいるのに、今の僕は「独り」であるということ知る。 それが嫌な僕は都合のいい音だけをずっと聴きたかったの

ぬるい

1 「私が救うんだから、もう少し待ってて。」 車を運転しつつ空を眺めそう考える。 分厚い雲が故郷にゆっくり進んでいる。 正直あの村がこれに耐えれるわけがない。 だからこそ私が必要なのだ。 大っ嫌いな故郷を守りたいと思っているあたり私もまだ子供なのかな。 これは私が故郷を守る話… いや、守 ”ろうとする” 話だ。 2 「そんなわけないじゃん!レシピ見ないとケーキ焦げちゃうよ!」 幼少期からこんな感じだった。 料理はレシピ通りに、漢字の書き順も間違えず、帰

武器を奏でる

1 我々の”守る”によって誰かを救えただろうか。 「守る」 を全うできたのだろうか。 演奏が終わり、戦地へ向かう列車のなかでボーッと考える。 客席を見回すとみんな寝静まっていた。 やはり緊張していたのだろう。 寝顔が死にいく人間にしてはとても穏やかだ。 演奏前のセリフもっとかっこつけたらよかったかな。 いまから話すのは、ちょうど30分ほど前のことだ。 3 戦争が始まった。というかいつの間にか始まっていた。 手塩にかけて育てた僕の息子とその友人らは徴兵さ

舞台下の私

まぁ世の中は確実にいい方向に行っている。 私みたいな人には特に嬉しい。 成人式に女の子がジャケットとスラックスで参戦しても特に浮かない。 多様性だのなんだの言って世は私の背中を後押ししてくれる。 …本当の私を知らないくせに。 卒業式前日の教室は合格ムードでいっぱいだった。 いつも通り私は教室の後ろの席で無音のイヤホンをつける。 舞台の下の私は感情を表すことに長けてない。 …そして教室の喧騒に耳を澄ました。 いいなぁみんな地元進学で。 明日から東京の劇団にお

たばこ

いつからタバコはじめたっけ 仕事を辞めた夜のことを思い出し、ふとお店のベランダで考える。 社会はつくづく理不尽だ。入ってみないとわからないことが多すぎる。 私たちが子供の頃は持っていた”夢”というのは その人やその仕事の明るい面しか見なかったから。 というか見えなかったから。 そりゃ子供の頃の方が ”夢” は多いよ。 キッザ○アとかも残業とか謎な朝礼とか雑務とかやればいいのに。 …そうしたら自分の夢の小ささに裏切られなくて済むのに。 ど田舎育ちの私は有名大学

美しさを忘れた画家

どうしてだろう。今回は異様に緊張している。 自信がないと言えば嘘になる。 ただ、人に、本来の自分の作品を見せることが初めてなのだ。 特に今回の絵はそもそも依頼の時点で謎だったのだ。 絵描きを仕事にしてもう10年以上は経とうとしている。 忘れもしない、1月の下旬。 僕のアトリエの扉を叩いたのは、この国の国王さんだったのだ。 街中での噂を聞きつけて訪れてくれたのだろう。 自分で言うのも恥ずかしいが、僕は絵の腕には自信がある。 僕の商法はオーダーメイド絵画という形