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美しさを忘れた画家

どうしてだろう。今回は異様に緊張している。

自信がないと言えば嘘になる。

ただ、人に、本来の自分の作品を見せることが初めてなのだ。

特に今回の絵はそもそも依頼の時点で謎だったのだ。

絵描きを仕事にしてもう10年以上は経とうとしている。

忘れもしない、1月の下旬。

僕のアトリエの扉を叩いたのは、この国の国王さんだったのだ。


街中での噂を聞きつけて訪れてくれたのだろう。

自分で言うのも恥ずかしいが、僕は絵の腕には自信がある。

僕の商法はオーダーメイド絵画という形式だ。

クライアントの望むものを汲み取り

その人の持つイメージや、作品を飾る空間を想像し

そうして浮かび上がったものを描き、販売している。

誰しもの思う最高の絵を描くことができる!

と話題になっているがこの辺りは少し誇張しすぎだ。

僕は性格が悪い。

なぜ絵を描くのか?

儲けたいからさ。


そして、描くモチーフもシンプル。

豪快に咲いた花、黄金比な顔の女性、青々としすぎた満天の青空。

人間の美しいは相場がきまっている。

ある程度の画力があればあとは儲かりまくりさ。

画家は儲からない?当たり前さ結局都合のいい絵が売れるのさ。

「こちらにおかけください」

王様は軽く会釈をするとゆっくり座った。

間近でみる王様の顔は

元気のないというか、少し疲れているような様子だった。

「どんな絵を描きましょうか」

すると彼はアトリエを見回し、少し長い沈黙の後にこう言った。

「あなたの美しいと思うものを描いて欲しい」

…意味がわからなかった。僕は頼まれたことを描くことに特化した画家。

僕のエゴより確実な金と名声。

そんな腐った思考をしている僕にそのお題は天敵だった。

ただお相手は、国王。一国の主。

よくわからないが当たれば勝ちだ。

「…わかりました、納期はどうしましょう」

「来年のこの時間で」

「かしこまりました。」

絵描きのエゴを追求するから金にならない

これは僕が若い頃に気づいた真理だ。

客が欲しいものを把握してそれっぽく描けば売れる。

実際そうすることでここまで来た。

僕が美しいと思うことを描けばいいんだろ?

簡単じゃないか。

その場でキャンバスを組み立て、

花を描いてみる。

…うん、いつも通りいい感じだ。

これを来年に出せばいいんだろ簡単じゃないか。

壁に立てかけ、タバコを吸い、別のお客さんの絵を描く。

やっぱり絵描きは最高だ。こんな楽な仕事他にない。

そうして王様の絵を横目に制作していると、数日後自分にある変化が起きた

…これは美しいのか?


人間の美しいにはテンプレがあるというのが僕の考えだったが、

こうして、いかにも「美しい」を表している花はどこか押し付けがましく、不細工で、醜い印象を受けた。

つまり「美しくない」と感じたのである。

僕がこんな絵を描くわけがない。

次に白鳥を描いてみた。

純白の羽毛に、自然が生み出した曲線美をあわせ持つ動物。

いい感じだ。

…ただこれも時間の問題だった。

花、鳥、建物、風景…

この世の「美しい」をやってみたが、どれもしっくりこなかった。

頭がクラクラしてきた。

認めたくない現実が

背きたかった現実が

僕の前に立ちはだかった。

…僕には「美しい」という感情が消えていた。


あれから何枚描いただろう。あれから何日過ぎたのだろう。

気がつけば納期まで残り2ヶ月になっていた。

僕は未だに作品ができていない。

なんなら王様の件以降の依頼は全部断った。

あんなにあったお金もストレスに振り回されいつに間にか底をついていた。

そして僕は旅に出た。

もうここに答えはない。

といって、外にあるかもわからない。

ただこのままだと絵は描けない。

薄っぺらいコートをまとい

何も持たずに旅に出た。

旅で何をしたかはあまり覚えていない

ただ、世間を拒絶していた僕は

こうして何も持たずに外に出ることで人間暖かさに触れた。

あの絵描きさんですよね⁉︎

と沢山の人が僕に宿を貸してくれたり、料理を振る舞ってくれたりした。

お礼として絵葉書とか描いたっけ。

そして一軒一軒に真実を伝え謝罪した。

「僕は大した絵描きではありません。」

旅を始めて1ヶ月。納期まで残り1ヶ月。

僕はというと、ある海の夜を歩いていた。

いまだに制作の見込みはない。というか自分がなぜ旅をしているのかすら忘れてしまった。

ただ、潮風に導かれるがままに歩いていると海にでたのだ。

誰もいない大海原は「美しい」のではないだろうかという中途半端な願いもあったのだが。

海へ近づくと、そこには息を呑むような大海原…ではなかった。

そこには無数の舟に火を囲む若い青年たち。

ぼーっと眺めていると一人の青年に声をかけられた。

「あの…絵描きさんですよね!見送りに来てくれたんですね!」

「そ、そうだけど…見送りって…?」

「なんでこんなとこにいるんですか?というか腹減ってません⁉︎」

彼らは僕を歓迎し、その上お肉を御馳走してもらった。

きけば、貿易街として栄えているこの街では成人を迎える若者が、

若者達の力だけで海を挟んだ国へ船に乗っていく伝統があるそうな。

今日はその前夜。お酒を飲んだり、歌を歌ったり。それはそれは楽しい宴だった。

迎えた出港日

彼らは出航の準備を着々と進めていた。

後ろには町の住人が見守っている。彼らの親もいるだろう。

天気は曇天。雨の予報もあるとか。

彼らを手伝うことはしなかった。

その光景ただ、ただ、眺めていた。

不安を押し殺し明るく振る舞う青年たちの姿。

それをただ見守り、祈り応援する町の住人の姿。

それを裏腹に旅の困難を裏付けるような曇天。

困難に飛び込む挑戦者と彼らを応援する人々。

そんな景色をみていると

涙がこぼれた

僕の「美しい」は「人」だったのだ。

納期まであと少し。彼らの出航を見送ると僕はアトリエに戻り筆を握った。


どうしてだろう。今回は異様に緊張している。

自信がないと言えば嘘になる。

ただ人に、本来の自分の作品を見せることが初めてなのだ。

ドアが開く

お客様が自分の前に座る

紙で包んだ作品を見せる。

…王様は優しい顔で微笑んだ。

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「やっぱり君は本物だ。」



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