見出し画像

たばこ

いつからタバコはじめたっけ


仕事を辞めた夜のことを思い出し、ふとお店のベランダで考える。

社会はつくづく理不尽だ。入ってみないとわからないことが多すぎる。

私たちが子供の頃は持っていた”夢”というのは

その人やその仕事の明るい面しか見なかったから。

というか見えなかったから。

そりゃ子供の頃の方が ”夢” は多いよ。

キッザ○アとかも残業とか謎な朝礼とか雑務とかやればいいのに。

…そうしたら自分の夢の小ささに裏切られなくて済むのに。

ど田舎育ちの私は有名大学卒という刃を武器に、憧れだった大手ファッション雑誌の会社からの内定をげっと。

上京したのち社会人ライフをスタートした。

華々しい雑誌業界での仕事はとても刺激的で学びも多く楽しかった。

ただあの人との出会ってなにか考え方が変わったのだろう。

あの時の撮影での出来事は忘れられない、

会社の歯車として仕事をすることが当たり前になった日常に

違和感を覚え始めた。

この仕事って私じゃなくてもいいんじゃないかな

って。

まぁ就職ってのはどんな無能でもやることやってりゃ誰でもお金をゲットできる便利なシステム。

だから私の代わりなんか誰でもできる。

私の夢の正体は結構ちっぽけだった。

でも、あの時同じ空間にいた、あのモデルさんは違う。

強烈な眼光とポージングでスタジオを、人を、時間を魅了する。

彼女にしか作れない空間と時間。それが彼女の仕事だ。

この仕事は彼女にしかできない。

たしか同い年だっけ…

内定をもらった時の自分が不意にあほらしく感じた。

今思えばあの時感じたのはある種の「憧れ」だったのかもしれない。

撮影が終わり機材を片付け、編集室に戻ろうとすると

「すみません!ここの喫煙所ってどこですか?」

と華奢な声が私を引き止めた。さっきのモデルさんだ。

間近で見るモデルさんは「美しい」を体現したような人物だった。

「えっと、ここの突き当たりを右に曲がってすぐです」

「ありがとうございます!」

スタスタと歩いていく彼女をぼんやり目で追っていると

「あの、よければ一服しませんか?」

とお誘いが。

「わ、わたしでよければ」

初めて入った喫煙所は思ったより狭かった。

「一本もらっていいですか?」

「もちろん!」

タバコを吸ったことない私は当然タバコを持ち合わせてるはずもなく

モデルさんから一本拝借した。

火をつけ、口に恐る恐る運んだ。

…吸ったことないことを悟られたくなかったからだ。

タバコを指で挟み、映画のワンシーンっぽく吸ってみる。

…むせた。

そんな私を見てモデルさんは笑った。カメラには見せない、人間味のある笑顔だった

あっさりばれた自分が恥ずかしくて私も笑ってしまった。

「なんで笑うんですか、だいたいタバコなんて百害あって一利もないじゃないですか」

モデルさんが急に静かになってタバコを吸う。横顔が綺麗だ。

「…人間は二つの顔があるの。みんなへの顔と自分にしか見せない顔。

この二つの顔が同じならいいんだけど、

周りは“みんなに見せる顔”をみて私たちを認識する。

そしてゆっくり、自分にしか見せない顔が消えていく。」

「…どゆことですか…?」

もう一回吸ってみる。ツーンと鋭いミントの味がした。

「たばこは、ひとりの時間を守ってくれるてるの。

自分の身体に悪いことをする代わりに、一人の時間を忘れさせないでくれてる。

痛みと代わりに存在確認をするみたいな。

私は不器用だから、タバコに頼って一人の自分と話をするの。

今の自分に満足してるの?…みたいな。

じゃないと“自分“が消えてしまう気がするから。」

男の人が喫煙室のドアをノックする。マネージャーだろう。

「じゃ、私はいくね!…自分、大事にね!」

そのあと何をしたかはあまり覚えていない。

ただ、少しだけ泣いたことは覚えている。またむせたのだろうか。

あの一件をきっかけに会社を辞めた。私にしかできないことをしたかった。

そして今は色々あってメイド喫茶を経営している。そして私も現役でメイドをしている。

最初は嫌だったが、やってみると楽しくて、自分を応援してくれてるファンもできてしまった。

誰かのNo. 1になる大切さを、代わりのできない自分の大切さを若い子達に教えたくて、気がつけばオーナーになっていた。

…たぶん、この仕事は私にしかできないんじゃないかな。

ベランダにこの前入ったバイトの子が来た。20だっけ。

「…あ、あの!タバコってどんな味なんですか!?」


画像1


うーん…、少し痛い…かな

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?