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ぬるい

「私が救うんだから、もう少し待ってて。」

車を運転しつつ空を眺めそう考える。

分厚い雲が故郷にゆっくり進んでいる。

正直あの村がこれに耐えれるわけがない。

だからこそ私が必要なのだ。

大っ嫌いな故郷を守りたいと思っているあたり私もまだ子供なのかな。

これは私が故郷を守る話…

いや、守 ”ろうとする” 話だ。


「そんなわけないじゃん!レシピ見ないとケーキ焦げちゃうよ!」

幼少期からこんな感じだった。

料理はレシピ通りに、漢字の書き順も間違えず、帰り道も寄り道しない

模範的で、模範的ではない、そんな子供だった。

「大丈夫だってアヤネぇ、なんとかなるよぉ」

クラスのみんなはそう答えて和やかに笑う。

この村の口癖はそんな無責任な言葉。

なんの根拠もない、頼りない独りよがりな言葉。

私は慌てて火を止め必死でレシピから数字を探す。

…案の定、焼きすぎだ。
オーブンから黒焦げになったケーキを取り出す

みんなはそれを美味しそうに、楽しそうに食らう。

「次はこれよりうまくできるってことや」
「せやなぁ、楽しみやなぁ」

クラスの会話に取り残される。

こんなぬるい村が、みんなが大嫌いだ。

そんな生活に嫌気がさし、気づけば私は勉強に打ち込んでいた。

…勉強が好きだったのではない。嫌いでもないが、

どちらかと言うと口実作りだ。

いい大学は都市にあって、都市はもっと熱いはず。

大学にうかればこの村ともお別れだ。

そんなことを生意気ながらずいぶん早めに悟っていたようだ。

その結果、この国でトップの学校に入り、そのまま研究所で働いている。

ここでの日々に例のぬるさはなかった。

この国を代表する数々の研究者が集まるこの研究所は

みんな論理的だ。なんなら感情を持ち合わせているのかというくらいの冷酷さも感じる。

「えびでんす」「こみっと」「すきーむ」

日本語の方が短いはずの用語が飛びまわる以外は。


そんなある日のこと、先輩の画面が目に留まった。

私の国の左上に白い塊がある

「今回の寒波、邪魔。」

「今のままだと新年直撃ですね。とただでさえ不興な時に…」

「所長!あれ消していいですか?…了解です。」

1分でこれからの動きがどんどん決まっていくのを私は呆然と眺めていた。

「どうやって消すんですか…?」

「知らないの?風爆弾。半径1000mくらいに外にむけて風を吹かすの。」

寒波に来て欲しくないからそれを風でぶっ飛ばすというのは些か原始的だが画期的だ。

「なるほど、それで雲を飛ばすってわけですね。残酷ですね…」

「あんたまさかまだ自然動かすのに抵抗感じてるの?」

「発射!」とも言わずに、ただタイピングの一環として押されたエンターキーが

何百もの風爆弾の打ち上げと爆破を告げた。

無論こちらにはなんの音も風も届かない。

すると徐々に画面に鎮座していた白い塊が形を変え、

三日月形に形に圧縮され、下にそれた。国は見事寒波から逃れたわけだ。

気候を歪めたせめてもの償いとしてモニターを見つめていると

あることに気づいた。

「先輩、この形だとぶつかりますよね、あの島に」

「あー、そうだね。まぁ仕方ないよ。」

「仕方ないよって、いや、あの島はどうなってもいいってことですか」

「は?さっきの”残酷ですね” はどこにいったの?必要な部分だけ消した。

それ以上は自然のまま、あんたの美学にも反じてないでしょ?」

「あ、あの島はひつようないってことですか」

「そもそもあそこに島があるなんて思わなかったわ。

 なに、自然を乱すのはかわいそうだけど、救うならついでにやって欲しかった?」


無言を残してその場を去った。あの島は私の故郷だったのだ。

パソコンを開いて何度も何度も計算する。

考えろ私…

どうやら雲をもう一度飛ばすには7つの風爆弾が必要そうだ。

実験室に駆け込み、爆弾を探す

「あった」

ちょうど7つ。試作品とあるが大丈夫だろう。

籠を持ち、車に駆ける。

「私が救うんだから、もう少し待ってて。」


久々に訪れた街は特に変わっていなかった。

ただ、常夏のこの島。

とうてい例の寒波には勝てそうにない。

私はすぐに村の同級生を集めて説明した。

”冬”が訪れるということ。そして物凄い吹雪が吹くこと。

…風爆弾を使うこと。

「よぉわからんけど、ばくだんってかっこいいなぁ」
「ほんまやで、失敗してもバケツで戦うで」
「勝ったらアヤネの歓迎会しないと!」

…ぬるすぎる。島が潰れるかもしれないのに。

みんな死ぬかもしれないのに。

説明を事務的に切り上げ、私は海辺に向かった

爆弾はスイッチを押せば指定の場所に飛んでくので

作業自体は一人で行えた。

飛んで行ったのを確認して、爆発させた。

…ふぅ。なんとかなった。守れた。

村のみんなに完了したことを告げ、車で仮眠をとる。

良かった。

寒さで目が覚めた。

窓を慌てて覗くとそこには雪が5cmほど積もっていた。

車を動かそうとするがスリップしてうまく動かない。

ハンドルよく考えてみれば、もとあった雲が圧縮されたのだ。

通常通りの計算ではじき出された個数で対応しきれるはずがない。

本当ならその倍以上必要なのだ。

…そんな計算ができていなかったことに夢で気づいたのだ。を強く叩く。

なぜそんな計算ができなかったのか。

なぜ自分は合っていると確信していたのか。

寒さで脳みそが悴んでいくのがわかる。

今悔いても何もならないことは知っている。

だけど…

ドアが開いた。

「ここにおったか!ほれスコップとバケツ。
 やったんで!」

「何言ってんの?こんな吹雪の中こんなんでやってくの?
 そのエビデンスは?スキームは立てたの?コミットできるの?」


私もよくわかっていないカタカナが流れ出る。

「よぉわからんけど、積もるより早くのかしたらええんやろ?
 やったろうやんけ!はよいくで!」

車のそとに出ると子供からおじいさんまでみんなスコップで除雪している。

雪なんて初めて見るだろうに。本気で勝てると思っている。

ぬるい。きもちわるい。

手元に爆弾はもうない。あるのはスコップとバケツ。

腹を括った。やるっきゃない。

このぬるさに身を任せてみようと思った。

目が覚めると私は実家のベットにいた。

「ようやく起きたかね。助けにきたあんたが倒れちゃってどうするのよ。」

どうやら作業中に倒れちゃったみたいだ。なさけない。

ココアを飲み、我にかえる。

…外は!?

ベットをおりて、扉に駆け込み、勢いよく開けた。

そこには、雪と村が共鳴した新たな景色が広がっていた。

夏しか音連れないこの街に、冬が来た。

熱いままだとこんな景色は見れなかった。

10
ぬるいがちょっとだけ好きになった。

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