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舞台下の私


まぁ世の中は確実にいい方向に行っている。

私みたいな人には特に嬉しい。

成人式に女の子がジャケットとスラックスで参戦しても特に浮かない。

多様性だのなんだの言って世は私の背中を後押ししてくれる。

…本当の私を知らないくせに。


卒業式前日の教室は合格ムードでいっぱいだった。

いつも通り私は教室の後ろの席で無音のイヤホンをつける。

舞台の下の私は感情を表すことに長けてない。

…そして教室の喧騒に耳を澄ました。

いいなぁみんな地元進学で。

明日から東京の劇団にお世話になる私はまだ地元愛が強い。

…君はどこいくんだろ。

「よ!もう直ぐ東京だよな、げーのーじんだな!」

背後から急に現れた君は無邪気に笑顔をこちらに照らしつける

彼と話すとなぜかよく喋ってしまう。

私が喋っていい空間というか、時間を作ってくれる。

舞台の上のような心地よさだ。

…私はそんな彼が好きなのだ。

「げ、げーのーじんじゃねぇよ!…あ、あんたはどーだったん」

すっかり染まった男役の声でそう答える。

少なくとも入学前はもう少し女々しかっただろうに。

「俺はA大!まだこのクソ田舎でのそのそ生き延びるよ…」

「そ、そっか。よかったな。」

祝賀の思いは伝わっただろうか。

「ありがと!明日の卒業式、かっこいい写真撮ろーなー!」

そういうと君はいつもの男子達のグループに戻ってった。



女の子っぽい服装より、クールで男性的な服装をよくする私は

卒業式に何を着るかについての悩みは一切なかった。

スーツ一択。

王子や騎馬兵、勇者などさまざまな男の衣装を着た私にとっては

ある種の使命感も感じていた。

インスタのストーリーでは友人の衣装が流れている

いくつかに目を通し画面を伏せる。あっちにしようかなぁ。

明日着るスーツに目を向けた。

私はこいつ。かっこいい私をみんなも君も待っているとから。

そして、明日こそ…。

「結局スーツかい?」

「そーだよ。そんな古臭いの今の私は着れないよ。」

「そかそか…」

「…わ、私はこれを着るの!」


卒業式当日。

ネクタイを締め、ジャケットをきて、きつめのアイシャドウを入れると

鏡にはいつもより気合の入った「私」が出来上がっていた。

「…よし」

教室のドアを開ける。

その刹那、雑多な声の波が一気に静まり返り

みんなの視線が一気に集まった。

女の子は黄色い歓声をあげ、

男の子は力強い声で

私を出迎えてくれた。

そこには君も混ざっていた。

席につくと「写真とろーっ!」の波が押し寄せた。

何枚ものシャッターをきられるたびに自信が湧いてきた。

今日の私は、特に魅力的な気がする。

そしてその自信が君にラインを送った。

「式が終わったら教室来てくれないかな」

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誰もいない教室

みんなは足早に家にかえり打ち上げの準備に盛り上がっていた。

「ごめんー!おまたせー!!」

君が後ろのドアを開け忙しなく入ってきた

「…っそい、仮にも女性を5分も待たせるなんて。」

「ほんまごめんー!で、話ってなんや…?」

「…私明日から東京じゃん、しばらく会えないから話したいことがあって。」

「ほんまやなぁ うちの街からイケメンが消えてしまうのは一大事や」

「…ね、君は私のこと、どう思う」

「…んー、なんだろ。紳士的っていうのかなぁ。かっこいい。
 スーツも男顔負けだったし。着たい服着て、堂々と歩いてるの、ほんとに尊敬してる。」

「い、いや、そうじゃなくて、その、…として、」

「…?」

「…しゃ、写真撮るぞ!ほら、はやく!」

カメラアプリを起動する、内カメでこちらを写す。

慣れない手つきで撮った人生初のペア写真。

「やっぱりイケメンだなぁ。あとで送っといてな!…打ち上げで会おうぜ!」

と君はいうとゆっくり教室を去った。

写真に映る私をじっと見た。凛

とした顔立ちに、強い眼光の目。肩パッドのきいた背広、

写真には期待していた私は存在していなかった。

私はそっと写真を削除した。



稽古の準備をしていると玄関のドアにカランっと葉書が届いた。

成人式の案内だ。

ああ、私もう大人なのか…

上京してからと言うものの稽古尽くしだった。

やはり間近でみるプロは次元が異なっていた。

男役も奥が深い。向こうの性別も大変そうだ。

もちろんあれ以降ロクな恋愛もしていない。

だから自分がどっちなのかたまに忘れかけたりもする。

スマホがなった。

友人からだ。

「あんた、成人式来るよね?未成年最後の飲酒するよー!」

「うん、明後日だよね。明日帰るよ。」

お酒って20からだっけ、成人なってからだっけ。

返信を打ち終わると、やはり彼を思い出してしまった。

いや、思い出したのはあの写真の私だったのかもしれない。

夜行バスに乗り、夜景を横目に成人式におもいを馳せる。

わたしは大人と名乗っていいのだろうか。

諦めきれない純情な恋心をもったまま東京を後にした。


「なーんで打ち上げ来なかったのよぉ!」

「早く菅○将暉さまつれてきなさいよー!」

2年ぶりの故郷。成人式前夜の私は

二人の友人と駅前の居酒屋にいた。

にしても二人とも綺麗だ。垢抜けたってこう言うことを言うんだろう。

メイクに、かばんに、髪型に、洋服に。

自分を知っていて、自分で輝いている。

…かわいい。これは憧れにも嫉妬にも近い感情だった。

「ねぇ聞いてる!?明日スーツ着てくる?」

「え!イケメン再臨じゃん!!写真とろー!」

…ふと気づいた。私はみんなのための自分だった。

舞台上の私は

観客のために顔を作られ、役のために男装をし、脚本の話し方をする。

対する舞台下の私はどうだろう。どこにいるんだろう。

…脳裏を駆け巡るのは、舞台の上で誰かの言葉を話す私だった。

いつしかできていた舞台上の”私”に殺されていた。

本当の私は何なんだろう。何になりたいのだろう。

「…ね、相談なんだけど、その、私がこれきたら、そ…その」

「ったいかわいい!!!みたい!!!」

二人の言葉で、涙が溢れた。

舞台下で泣くのは何年ぶりだろう。


朝早いので早めに店をでて家に着いた。

クローゼットを開け、あの日以来のスーツを着てみる。

いつもの私。みんなの私。

…こう、じゃない。

いろんな色を着た。

いろんな服を着た。

いないはずの舞台下の私を探した。

そして最後に残ったのは、あの日薦められたおばーちゃんの袴。

上品なみろりの布に、四季折々の自然が刺繍されている。

こんな綺麗だっけ…

おばーちゃんを呼んで、着させてもらった。

私の姿をみたおばーちゃんは軽く涙ぐみ、

「いつも、かっこよくなくて、いいのよ。」

そういうとせっせと台所に駆けてった。

舞台下の私は君に電話をかけた。

「もしもし?おー!ひさしぶりー!」

「あ、あの…!」



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かわいい私は、すき…ですか


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