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いつもひとつ

雑日記





半年の話。

日々の目まぐるしさを言い訳に悶々と、粛々と、耐えていた。
落ち着いたふりだけしてできるだけ安全に正確な生活を送ろうとしたけれど、相変わらず夜に眠れず朝に起きられなかった。現実が怖すぎるから、誰かと出会って無意味に笑って、たまに心ばかりオブラートに包んだ本音を挟んで変わった人間だと笑われるくらいがちょうどよかった。居心地が良いと錯覚していた。怖くて不安でどうにかなりそうだったのに、気付くことが出来なかった。

7年間勤めた日本料理屋を辞めた。ずっと心配されていた。温かくて、厳しくて、血の通った人間が手作りした、自分にとって大切な社会だった。そこでの生活を手放すのが怖かった。かわいい子には旅をさせよ、愛しているから我が道をゆけ。想われて、心配されて、人生に覚悟を決めようと思った。でも目の前が真っ暗になった。弱いから。嘘が嫌いだからどん底に落ちた。落ちてみたら体調を崩した。立てなくなった。心の響きが失くなったのに身体が震えて、チグハグで焦った。人と少しぶつかった。

「4月」なんかどうでもよくなっていたけれど、久しぶりに始まりの季節だった。若い子ばかりのクラスで芝居の勉強をする。ワクワクした。闇落ちも飽きてきてなんだかいける気がした。緊張したけど、新しいことは楽しかった。繊細に人と向き合って、しっかり傷ついた。一生懸命やったけど傷ついた。着実にやっていたのに、たった一つの傷が治らなくて、人と向き合うのが怖くなった。一週間外に出なかった。助けを求めたら突き放されて落ち込んだ。助けてもらうのを諦めなかった。(図太) 逃げて逃げて逃げた。海に行った。カラスに襲われた。ものすごく襲われた。ウケた。カラスに慈悲なし。私可哀想だからいじめないでほしかった。特に誰も助けてはくれなかった。でも、夕焼けに励まされた。嬉しかった。中高と過ごした親戚の家に帰った。当たり前に優しくされたら頑張れなくなった。母の元へ、地元に帰った。叱られて愛を感じた。涙がボロボロ出た。心がちゃんと響いて安心した。夜に眠れる日があった。

引越しのために東京に戻った。喧騒の街。建物の隙間から見える空が、相変わらず虚しかった。私も相変わらず、うまくいかなかった。一生懸命やっても突き放された。寂しかった。どこに居るのも怖かった。人と会うのが怖かった。怖いからたくさん泣いた。それでも自分の仕事が大好きだった。予定を全部白紙にして、休んでるのに苦しかった。

泣きすぎてどうでもよくなったら、見えなかったものが見えるようになった。怖いと思っていた人に「隠されている光が眩しくて素敵だ」と言われた。一瞬の光をもらった。その場その場で自分が得た恐怖に気付いて、それを存分に感じるようになった。初めて怖さを抱きしめることができた。私を突き放した人が、認めてくれた。というか、きっと初めから認めていた現実が見えた。本当の弱さを手に入れることができた。今ここに存在する音や風、におい、色彩、味に意識を向けるようになった。1秒、1秒。不安を十分に感じて、耐えることがなくなった。頑張らないでよくなった。自分の感じたものに気付くこと。身体の状態に気付くこと。たからもの。

人が怖い、不安、寂しい、嬉しい、恥ずかしい、全部、ちゃんと感じる。自分が自分に気付いてあげる。自分で気付けないことは人に教えてもらう。聞いてみる。思ってないのにごめんねって言わない。
この社会で生きていくために身に付けた自分を守る術が、社会性が、いつのまにか自分を苦しくさせた。気付けないくらいに一生懸命になっていた。そういう人皆、きっと頑張り屋のばかである。人は弱いのだ。わがままなのだ。

「すみません」「大丈夫です」
求められるもの一生懸命習得して、その場をしのぐ術を身に付けて、安全に、安全に。そうやって守っても、守りきれないことがある。何かのために自分を殺すこともある。人が怖いから笑う。目の前の人間に、怖い顔しないで、笑ってください、心のどこかでそう願って頑張って笑う。
でも本当は、怒ってる人は怒ってるままでよくて、怖い顔は怖いままでいい。他人は自分の思い通りにならないから、ぶつけられたとき感じたものを返すだけ。意地は張らない。
頼まれても大人になんかならない。泣いてでも叫んででも、伝えることを諦めない。逃げたかったら逃げる。諦めずに逃げる。何もしなくても助けてくれるものは自然くらいなのだ。

人生は怖い。
シンプルで、大人には難しいもの。
24年目でやっと気が付いた。


今年も新しい8月が来た。


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