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2022年に観て心に刺さった映画65選

昨年末とある企画で 2022年公開の映画ベスト5を選出した。ここ5年ほど毎年ベスト10を出しているが、いまだにどうやって選出すれば効率が良いのかがわかっていない。2022年はまず、1年間で観た作品をエクセルで出力し、推したい作品に一つずつ蛍光ペンを引いていった。そうやって選んだ65作品をジャンルわけというか、自分の心の中の引き出しごとにわけて、最終的なベストの10作品を選出するという方法を考えた。この過程で出た”心に刺さった65作品”が、なんというか、自分にとっておもちゃ箱みたいな、眺めてるだけで心が踊るようなリストだったので簡単な紹介とともに下に書き出してみる。

ビッグネーム・巨匠監督の映画

2022年は年始からリドリー・スコット監督がパッツンパッツンのガガ様を主演にグッチ家のドロドロなお家騒動を描いた『ハウス・オブ・グッチ』、ウェス・アンダーソン監督がオールスターキャストで、尚且つ“らしさ”全開で撮った世にも不思議な“雑誌の映画化”『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』などビッグネーム・巨匠監督たちの作品がやはり面白かった。

続く2月にもスティーヴン・スピルバーグ監督の『ウエストサイドストーリー』のリメイクが公開された。主演俳優の未成年性的暴行疑惑(注1)で若干の陰りがあったものの作品は圧巻の撮影と衣装や演出のより現実的なアップデートが素晴らしかった。その後もギレルモ・デル・トロ監督の『悪魔の往く町』の再映画化で同監督にしては珍しいノワールでピカレスクロマンな『ナイトメア・アリー』や、ホラーコメディの巨匠でトビー・マグワイア版『スパイダーマン』シリーズの監督でもあるサム・ライミがMCU作品でありながら異常なサム・ライ味を発揮した『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』が公開され、とある作品の公開で忘れてしまいがちだがなんとも楽しい上半期だった。

下半期も負けず劣らずで、ポール・トーマス・アンダーソン監督が文芸映画的なアプローチからエンタメ色の強い作風に回帰した『リコリス・ピザ』、映画としては9年ぶりの新作となるバズ・ラーマン監督のエルヴィス・プレスリーの伝記映画『エルヴィス』は得意のケレン味と主演のオースティン・バトラーの魅力の詰まった作品だった。そして一連のピッグネーム・巨匠監督の作品の中でも最も光り輝いていたのは名優で巨匠のシルヴェスター・スタローン(注2)が自身の監督作『ロッキー4 炎の友情』に42分の未公開シーンを含む再編集を施し、新たに生まれ変わらせた『ロッキーvsドラゴ:ROCKY IV』だ。1作目から3作目までの最終章として素晴らしい完成度を誇る奇跡的な再編集版で、海外では配信スルーだった作品だが配給会社さんの努力で日本では劇場公開された。

大作アクション映画

ビッグネーム・巨匠監督作品の近接ジャンルとして大作アクション映画も数は多くないものの面白い作品があった。MCU作品の監督として名高いルッソ兄弟が撮ったNETFLIX作品『グレイマン』はライアン・ゴズリング演じる殺し屋シックスのプロフェッショナルで無駄の無い動きにシビレた。『ジョン・ウィック』『デッドプール2』の監督デヴィッド・リーチの『ブレット・トレイン』はブラッド・ピットが出演し、伊坂幸太郎が原作、日本の新幹線が舞台と盛り盛りな内容だが、なにより主演である“世界のひろゆき”真田広之の殺陣が素晴らしかった。同じく世界的スターであるドウェイン・ジョンソンa.k.a.ロック様主演でジャウム・コレット=セラ監督のアメコミ映画『ブラック・アダム』もDCコミックスのフランチャイズ作品でありながら実に丁度いい快作アクション映画だった。

拾い物映画

メジャー大作だけでなく小中規模作品の中にも思わぬ拾い物映画があった。ヤン・ゴズラン監督の『ブラックボックス: 音声分析捜査』は最新型航空機の墜落事故の原因調査のために音声分析官の主人公が奔走するミステリー作品。音声分析という性質上、映画館の音響での鑑賞がそのスリリングさを増長させる素晴らしい映画館映画。リュ・スンワン監督の『モガディシュ 脱出までの14日間』は1991年のソマリア内戦を舞台に韓国と北朝鮮の大使館員が危機的状況から脱出するために協力する。クライマックスの誰も観たことの無いびっくりカーアクションはもはや韓国映画のお家芸のひとつ。

ビョン・ソンヒョン監督の『キングメーカー 大統領を作った男』は韓国の実在の政治家とその選挙参謀をモデルにしたお話で、二人の愛憎入り混じるブロマンス的な関係性とサスペンスフルな政治劇が魅力的な作品。ユン・ヨンビン監督の韓国マフィア映画『狼達の墓標』はリゾート開発の利権を巡り“人情派ヤクザ”と“狂犬ヤクザ”の抗争が描かれる。型通りといえば型通りのストーリーだが“狂犬ヤクザ”ミンソクを演じるチャン・ヒョクの異常な色気が印象に残る。このエロくてセクシーで冷徹冷血な男と対峙する“人情派ヤクザ”がユ・オソンの演じる顔の怖いおじさんで、しかもそちらの方が主人公というのも韓国映画ならでは。

この引き出しの4本中3本は韓国映画だが日本に入ってくる韓国映画は年々増えているように感じるし本当にハズレが少ない印象があり、韓国映画界の安定的に面白い映画を量産する力には圧倒される。

バキバキアート作品

拾い物映画は大作映画にも引けを取らない面白さがある作品だったが、もちろんミニシアターらしいバキバキアート作品も面白かった。なかでも頭抜けていたのは、カンヌ最高賞を受賞した『TITAN/チタン』。衝動的に連続殺人を犯した女性がステロイド中毒でマチズモ全開の男の息子として生きながら車との子供を産む異形の映画で『RAW 少女の目覚め』のジュリア・デュクルノーの監督作。偉大な特撮クリエイターであるフィル・ティペットが30年の月日を経て創作したストップモーションアニメ『マッドゴッド』も悪趣味で悪夢的な大傑作だった。

『ボーダー 二つの世界』で一躍その名を有名にしたアリ・アッバシ監督の2016年のデビュー作で“何も起こらないのに怖い映画”『マザーズ』は未体験ゾーンの映画たち(注3)で上映された。同じく未体験ゾーンの映画たちで上映されたヴァレリ・ミレフ監督の『プラネット・オブ・ピッグ/豚の惑星』は大多数の人が“スベってる”と感じるだろうが自分の中ではギリギリアートで、自分にとってギリギリのキワキワなところを攻める点(作り手はそんなつもりは無いだろうが)に感動した。

おしゃんてぃな映画

バキバキと言わずともおしゃんてぃなアート映画もオススメしたい。未体験ゾーンから一般公開にもなった『スターフィッシュ』はアニメーションや音楽、メタ要素も盛り込み、A.T.ホワイト監督本人の体験をもとに少女が喪失から解放されていく過程を描いた作品だ。おしゃんてぃと言えばフランス映画。『GAGARINE/ガガーリン』は取り壊されるパリ郊外のガガーリン団地が舞台で、たった一人で残る少年の目には次第に団地と宇宙船が重なり合っていく。監督のファニー・リアタールとジェレミー・トルイユは実際に取り壊される団地を作品に焼き付けた。同じくフランス映画『パリ13区』はパリに住む四人の男女のリアルを描く、というとチープな説明だが、モノクロの画がおしゃんてぃでクッソカッコイイSEX映画。監督はジャック・オディアール。ノルウェー、オスロを舞台にした『私は最悪。』もおしゃんてぃな街でおしゃんてぃな女性がおしゃんてぃにふらふらする映画で、ヨアキム・トリアー監督のオスロ愛溢れるおしゃんてぃ地元映画。

恋だ愛だの映画

おしゃんてぃな映画の近接ジャンルは恋だ愛だの映画だ。たぶん。漫画の実写化で昔なじみの女かぽっと出ヒロインかの2択という超漫画的な話でありながら映画的な演出と、もはや映画の中にしか存在しない美しい夏を堪能できる小林啓一監督の『恋は光』。古書店員に告白する女子高生から物語りが始まる『愛なのに』の脚本は今泉力哉、監督は城定秀夫。もちろんキラキラ映画のような展開にはならず軽妙な会話劇とふとした瞬間に“熱く”なる、脚本監督双方のいいとこ取りな作品。海外のこの手の映画は苦手だが、あえて言うなら『恋人はアンバー』。変人扱いされないために恋人のフリをする高校生の男女がやがて自身の本当のセクシャリティと向き合っていく。やがて二人は本当の意味で性差を越えた友情を築いていく…あれ、やっぱり恋だ愛だの映画じゃない?監督は前作でゾンビ映画を撮っていたデイビッド・フレイン。

日本執着物語

恋や愛を極限までドライに表現すれば“執着”となる。日本は外に向けた映画よりも内面に向けた映画の方が多い気がする、引き出しに名前をつけるなら日本執着物語。親子関係そのものへの執着から偶然拾った記憶喪失の男を息子にする『三度目の、正直』、主人公ではないが執着のあまり壊れていく登場人物が鏡の前で言葉を吐き出すシーンは忘れられない。監督は濱口竜介、黒沢清との仕事でも知られる野原位。YouTuberの世界でショービズ的な物語を展開させた𠮷田恵輔監督の『神は見返りを求める』は楽しかったあの頃への執着が描かれる、𠮷田恵輔監督の過去の傑作「ヒメアノ~ル」にも通ずるところがあった。

信じる者は救われる、宗教はいつか救われることへの執着そのものだ。山本直樹原作漫画の映画化『ビリーバーズ』、監督は『愛なのに』に続いて城定秀夫。カルト宗教と狂信的な信者の映画が2022年公開なのは実にタイムリーだった。深田晃司監督の最新作『LOVE LIFE』も執着にまみれた映画だった。執着の先に行きついた“もう踊るしかない”現実、執着も消え、行きついた場所こそあのラストだった。萱野孝幸監督のインディ映画『夜を越える旅』もケレン味の強いホラー映画かと思いきや最終的にはたどり着くのは夢への執着だった。

バカホラー

強い執着は恐怖にもなり得るが、映画には恐怖を笑いにできる器量がある。映るものそのものは恐ろしいのに登場人物の勇ましさゆえに恐怖よりも勇気、というよりも呆気にとられてしまうバカホラーなジャンルだ。なんといってもクロエ・グレース・モレッツ主演、ロザンヌ・リァン監督の『シャドウ・イン・クラウド』は外せない。爆撃機の銃座に閉じ込められ、日本軍の零戦、空の怪物グレムリンと同時に戦いながら、とある“か弱い生き物”を守らなければいけないという、近年稀に見る大変な目にあう主人公だが、予告にもあるグレムリンとのステゴロファイトは異常な爽快感をもたらしてくれる。

爽やかさで言えば羽住英一郎監督の『カラダ探し』も面白い。バラバラ遺体を全て集めるまで殺される一日が繰り返される"カラダ探し"を通して普段交わらない階層の学生達が友情を育んでいくという『ブレックファスト・クラブ』的な展開を組み込んだループもので、ケータイ小説が原作ではあるが、いかにもブラムハウス(注4)がやりそうなジャンルミックスを日本映画でやってのけた。Jホラーという偉大すぎる前例のせいでイマイチ前に進めていないこの国のこのジャンルにおいては逆に潔い作品となった。もっと早い段階でJホラーから脱却していた白石晃士監督の新作『オカルトの森へようこそ THE MOVIE』はWOWOWのドラマの再編集版だが、劇場長編としては久々のPOVスタイルで超現実なホラー世界を少年マンガ的な“アツい展開”で闊歩していく。

ジョーダン・ピール監督の最新作『NOPE/ノープ』は空を飛ぶ謎の物体、その衝撃の正体を巡るSFホラーだが、少しずつジャンルがシフトしていき、フルサイズのIMAXカメラをぶん回し、画的なスペクタクルも見せてくれる。ただし、たぶんカッコイイという理由だけで特に意味の無い『AKIRA』オマージュをぶち込んでくるあたりが本当におバカで可愛らしい。

この国の問題

さて、『ビリーバーズ』ではカルト宗教の問題が取り扱われていた、楽しい映画の世界に浸るのも魅力的だが現実の社会の問題から目を背けることはできない。身近なこの国の問題を描いた映画も多い。なかでも海外の映画祭で高い評価を受けた『PLAN75』は2022年の日本映画を代表するような作品で、高齢者の医療費負担が増していく昨今、75歳から自らの生死を選択できる制度には現実味がある。それは人が人の命を管理するディストピアだ。そもそもこの国は現在でも人の命を管理していると言っても過言では無い。日本で暮らす難民は難民申請が認められず、この国で労働すらできずに生きるか命の脅かされる自国に帰るかの二択を迫られる。日本で暮らすクルド人難民の家族を描いた川和田恵真監督の『マイスモールランド』ではこの国の難民に対する扱いの酷さをまざまざと見せつけられる。

村社会のこの国には人種差別の意識が根強いからかだろうか?石川慶監督の『ある男』はエンタメ色もあるミステリー作品でありながら、根底にはこの国で他人の目を気にしながら生きる被差別者の目線が写し出される。この国の右傾化とレイシズムにはしっかりと中指を立てたい。斉加尚代監督の『教育と愛国』は道徳の教科書に登場するパン屋さんが愛国的でないという理由で和菓子屋さんに変更されたことから端を発する教科書への政治介入のドキュメンタリー。ロシアの国営放送ではウクライナ侵攻への正当性を示す教育番組が放送された。この国でも為政者にとって都合の良い歴史や道徳感の押し付けはすでに始まっている。5月に公開されたが作品だが、そういった教科書改編の中心に安倍晋三元総理の姿があったことも実に2022年を象徴している。

また、これは持論だが、猫に不寛容な国は滅ぶ。多摩川沿いに暮らす猫とホームレスを支援する人々を写したドキュメンタリー、村上浩康監督の『たまねこ、たまびと』は、自然と悪意ある人間達に脅かされる弱い猫たち、その猫達と一緒に暮らすホームレスの人々、猫とホームレスを支援する人々の姿が記録されている。たくさんの猫と猫を支える人達の愛情に必涙の一作。

世界の問題

もちろん問題を抱えるのはこの国だけではない。世界の問題も多い。『FLEE フリー』は東西冷戦を背景に故郷アフガニスタンを追われた男性が隠し続けていた自身の出自と心の傷を明かしていく。『ある男』にも通ずるが世界の問題とはつまり世界のどこかにいる誰かの、個人の心に深い影を落とす。監督のヨナス・ポエール・ラスムーセンが寄り添うように記録したアニメーションドキュメンタリー。

ミシェル・フランコ監督の『ニューオーダー』は格差社会から巻き起こった貧しい人達の暴動と、それをさらに強い暴力で鎮静化/抹殺する強権力が描かれる。上塗りされていく暴力の前には命も真実も闇に葬られていく。不満を行動に移したところで葬られるなら立ち上がる意味はあるのか?と無力感に襲われる。最悪の状況に陥らないためにとりあえず参政権ぐらいは行使しよう。

2022年はロシアのウクライナ侵攻が表面化した年だ。ロシアが本格的にウクライナの首都キーウに攻撃を開始した2月24日の2日後にデヴィッド・フランス監督の『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清―』が日本で公開された。ロシア連邦のチェチェン共和国で平然と行われる国家主導のゲイ狩りについてのドキュメンタリーだ。『FLEE フリー』は個人の匿名性をアニメで表現していたが、こちらはディープフェイクを効果的に使用している。予告でも使われているがチェチェンの独裁者ラムザン・カディロフがニヤケたツラで「チェチェンに同性愛者は存在しない。民族浄化のためにもこの国には不要な奴らだ」と言い放つ映像は衝撃的だった。このカディロフにプーチンの後ろ盾があることはテレビのニュースでも取り上げられていた。

また、昨年はウクライナ関連の映画が多く上映されたがヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督の『アトランティス』『リフレクション』の2作はどうしても心に残る。2019年に製作され、ロシアとウクライナの戦争が終わったその後を描いた『アトランティス』と2021年に製作され、2014年のクリミア危機の時点で既にウクライナとロシアは戦争状態であったことが描かれる『リフレクション』。どちらの作品も戦争体験の傷痕を写実的に映し出す。今も戦地に残る監督やプロデューサー、役者達を思うと心が締め付けられる。この作品を観てもらうことで少しでも彼らのことを思ってもらえればそれ以上のことはない。戦争は今も続いている。

社会が背負うべき女性への問題

この国や世界の問題も山積みだがもっと広い視野で見ると社会が背負うべき女性への問題も存在する。人間の身体の仕組上、この問題は永遠に尽きないかもしれない。古くから残る慣習ということで言えばジヨー・ベービ監督の『グレート・インディアン・キッチン』は父権的な家に嫁ぎ奴隷のように使役される女性が主人公だ。主人公の女性とその夫に"妻"と"夫"以外の名前は無く、それは今も同じように使役される全ての女性と使役する側の男性に”あなたのお話です”と寄り添うためだ。

より根本的な話になるが女性は妊娠・出産というリスクをあらかじめ背負っている(もちろんそれは他者から期待されるという意味でもリスクだ)。日本では加藤拓也監督の「わたしたちはおとな」がそのリスクを描いていた。ただでさえ自分以外の命を身体に宿して不安な主人公に対して藤原季節演じる直哉(彼氏)のクソ野郎ぶりはすさまじく、悪者にならないための理論武装で自分を正しい人間として彼女を追い込んでいく。リアルすぎて非常に居心地が悪い。教科書みたいなことを書くが、望まない妊娠を避けるのはおとなとしての責任だ。

あのこと』は中絶が禁止されていた時代のフランスを舞台にした映画だ。といってもそれは遥か昔のことではない、フランスでは40数年前まで中絶は違法で、中絶を望む女性は命の危険と引き換えに国の許可のない違法な手術を受けなければならなかった。ロー対ウェイド判決(注5)が大きな話題となったアメリカやいまだに中絶のハードルが高いこの国にとって、この映画を過去の話と捉えることはできない。『セイント・フランシス』でも主人公の経口中絶薬での中絶が描かれるが、一方でこの作品は階層や性的指向を越えて連帯することで未来にも希望をつなぐ作品だ。女性だけが妊娠・中絶のリスクを負っていることにも言及があり、それでも主人公と少女フランシスとその母親たち、3世代の女性が互いを支え合う、最後は温かな気持ちになれる映画だ。

皮肉な映画

世界が抱えるたくさんの問題にジョークで返す皮肉な映画も面白い。コロナ禍は映画で直接描かれることは流石に少なくなったが、今もまだ完全に終わったとは言えない。ノア・バームバック監督の『ホワイトノイズ』からは今現在、コロナ禍以降の社会の不安が感じ取れる。それこそ序盤は社会を動かすような大きな災いに楽観から混乱へと翻弄される人々を描いているが最終的な展開はシンプルな言い方をすれば“死ぬのは怖い”が“誰がいつどこで死ぬのかはわからない”ということだ。

同じように環境破壊の行きつく先、公害に殺されるのは痛みを伴うので全員で一緒に眠るように自殺しましょうというお話が『サイレント・ナイト』だ。親が子供に安楽死の薬を飲ませる“どぎつい”展開もあるが、主人公の少年は生きることを諦めない。たとえ周りや両親が諦めても未来を信じ痛みに耐えて突き進む道を選択する。ひどく皮肉な映画にも見えるが本質的にはこれもまた『ロッキー』だ。カミーユ・グリフィン監督が自身の息子ローマン・グリフィン・デイヴィスに主人公を演じさせていることに親としての覚悟を感じる。アナス・トマス・イェンセン監督、マッツ・ミケルセン主演の『ライダーズ・オブ・ジャスティス』は運命そのものに対する皮肉だ。どうしようもない不幸は誰のせいでもなく突然訪れる。特捜部Qを引退したニコライ・リー・コースが同映画のカールの延長線上にいるような病んだ男を演じているのも良かった。

日本でも珍しくちゃんと政治を皮肉れた作品が公開された。坂下雄一郎監督の『決戦は日曜日』だ。宮沢りえが演じる有美は父親の地盤だけで飾り物のお人形として父親の選挙区の候補者に祀り上げられる。失言や問題のある政治家がよく選挙に勝てるもんだと思うことがあるが、“選挙に行く人達”が“組織票”をいれれば雑作もないことだ、それは2022年の後半に嫌というほど理解できた。

優しい映画

世界の様々な問題もあって人は生きてるだけで辛い、そういうときは優しい映画を観たくなる。玉田真也監督の『そばかす』はアセクシャル・アロマンティックの女性が主人公で、物語の終盤までは主人公が他者から性的指向をきちんと認識されていないことに苦悩する姿が描かれるが、白眉は映画が終わる間近だ。主人公と同じ悩みを持つ登場人物が現れ自分と同じ人がいるんだと思うだけで嬉しいと主人公に告げる。人生は辛い、でも同じ痛みを抱える人が他にもいる、孤独じゃないと思えるだけで救われる。

杉田協士監督の『春原さんのうた』は一首の短歌の映画化だ。どうやら主人公の女性は過去に大切な人を失って心を囚われているようだが、説明的なセリフの一切を排しているため具体的なことはわからない。でもわからないからこそ少しでも心に喪失を抱えた人には普遍的で刺さるのかもしれない。この映画も無理に前を向けとは言わない、ただ寄り添ってくれる。

原恵一監督のアニメーション作品『かがみの孤城』はリアル過ぎるイジメ描写や居場所の無い子供達に対する大人の対応にそれはそれは嫌な気持ちになるが、子供社会の人間関係に対して無理をさせないという大人のあるべき優しさも見せてくれる。同じ痛みを抱えて理解できるからこそ寄り添うこともできる。優しさを未来につなぐ映画だ。

作家監督のアニメ映画

原恵一監督の作品にも触れたが2022年は作家監督のアニメもやはり素晴らしかった。湯浅政明監督らしい、南北朝時代がなんぼのもんじゃいなロックとライブ演出で魅せる『犬王』、富野由悠季監督のテレビアニメ『Gのレコンギスタ』再編集劇場版4作目の『GのレコンギスタIV 激闘に叫ぶ愛』と完結編の『GのレコンギスタV 死線を越えて』。1話1話で区切られるテレビ版では話がどこに向かうのかわかり辛く脱落してしまったが再編集版を通して観てみると、行って帰ってくる王道な話だったということが理解できた。何よりGレコは登場キャラクターが元気で良い。

2022年末に衝撃のアニメ監督デビューを果たした井上雄彦監督の『THE FIRST SLAM DUNK』には驚かされた。走り続けるスポーツであるバスケと3DCGアニメの相性の良さもあるが、タメと解放のバランス、原作を知らずに観ても無条件にカッコいいと感じてしまう演出、その全てをアニメ素人が成し遂げてしまったという桜木花道的事実には平伏すしかない。

街と殺人〈コロシ〉の映画

さて、ここまででもわかる通り、自分はかなり映画を雑多に観ている。というのも、実は若い頃にあまり映画を観ておらず、いまだに自分がどういう映画が好きでどういう映画が苦手なのかいまいち理解できていないからだ。これまで7年くらい映画を雑多に観てきたが2022年になってやっと自分の好きな映画の方向性に気付くことができた、それは街と殺人〈コロシ〉の映画だ。一つの殺人事件をきっかけに犠牲者の周りの人間関係や街の秘密が炙り出されていく、そういう話がヨダレがでるほど好きなのだ。そこに土地そのものの過酷さ、街の人々の差別意識や主人公自身のトラウマが関わっていれば尚良しだ。

理想的なバランスだったのはロバート・コノリー監督のオーストラリア映画『渇きと偽り』だ。オーストラリア内陸の干ばつの過酷さ、一家心中と目される残虐な事件に口を閉ざす住人たち、主人公のおじさんの10代の頃の苦すぎるトラウマ…どれをとっても大好物だ。そんなツボに刺さりまくった『渇きと偽り』に対をなすオリビア・ニューマン監督のアメリカ映画『ザリガニの鳴くところ』も良かった。舞台は湿地で、主人公は長年差別を受け続けた少女、彼女が辿る人生とラストに明かされる真実もまさに『渇きと偽り』に対をなす展開となっている。

大作映画だが『THE BATMAN』も街と殺人〈コロシ〉の映画だ。バットマン自身がトラウマを背負っているのはどの映像化作品でも少なからず描かれているが、そこに探偵要素を強調してゴッサムの街の闇に入り込んでいく『チャイナタウン』的構造はまさに街と殺人〈コロシ〉の映画だ。国内の作品では大阪は西成の街で、”指名手配犯を見つけた”と告げ失踪した父を探し回る娘を主人公にした片山慎三監督の『さがす』が近いかもしれない。こちらはさらに展開にツイストがかかっていくため少しこの引き出しからはみ出るが役者の演技と思いもよらない展開の飛躍は素直に楽しめた。

2022年ベストの映画

2022年に刺さった映画65選、最後は観た時から今年の1位に決めていた作品。普段から映画を観る人観ない人、老いも若きも皆が一同に「これこそが映画だ!」と唸った作品、もはや説明不要、ジョセフ・コシンスキーの監督作、だがそれ以上に圧倒的トム・クルーズ映画『トップガン マーヴェリック』はまぎれもなく2022年を代表する一作。最終的に鑑賞回数は8回に留めたが、初回鑑賞時はストーリーとは別で映画が面白過ぎて涙が出てきた。

おわりに

テキトーなことばかりを書き出してみたが、もっと早く、本当はできれば2022年内にこの駄文を出したかった。しかし年末に帯状疱疹を発症しあわや入院というところまでいったため1月を半分も過ぎて昨年の映画の話を出すことになってしまった…。

昨年映画館で観た映画は280本、そのうち新作は251本。昨年配信・公開された映画は1488本なので6分の1程度しか観れていない。話題作にもかかわらず見逃した作品も多いが、映画館で映画を観た本数は意図せず昨年と同じだった。これが堅気の限界かと少し残念に感じていたが、リスト化して書き出すとなんとも宝物のような映画を多く観ていた。こういう自分にとっての宝物のために生きているんだとひしひしと感じる。来年も仕事にかまけずいっぱい映画を観よう。

注1:当時17歳の女性が当時20歳のアンセル・エルゴートに性的暴行を受けたとSNSで告発した問題。アンセルはこの件について同意を得た関係で無理やり性的暴力を振るったことは絶対にないと主張している。
注2:スタローンが巨匠という点に疑問がある方はでかいナイフで胸を裂いて心臓を取り出して目の前で握り潰してやります。任務…完了だ!
注3:配給会社が買い付けたものの様々な事情で公開できなかった変な作品を集めて限定的に上映する企画。東京では1月~2月にヒューマントラストシネマ渋谷をメインに開催。
注4:ゴキゲンなホラー作品を連発するアメリカの製作プロダクション。反対語はA24。
注5:1973年に米国の最高裁判所が下した人工妊娠中絶の権利はアメリカ合衆国憲法で保障されるとした判決。2022年に米国最高裁判所がこのロー対ウェイド判決を覆すという事件が起きた。


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