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二百ラジオ vol.9

こんにちは、浦辺二百です。

二百ラジオ第9回はちょっと、
思ったことをただ話していこうかなと思います。

今週分のラジオの投稿が遅れたんですが、
それには理由がありまして、
今週実家に帰省していまして、
なかなか時間が取れなかった、
というのがいちばんの理由なんですが、
それを言い訳に決めたことを守らないのは、
どうかと自分でも反省をしました。

ということで今回は、
もともと考えていた企画のテーマを一度見送って、
別の内容で、特別回として話そうと思います。

都合のよさは目を瞑ってください。

今回帰省して、
地元が上京時と少しずつ変わっていたことには驚きました。
帰省前に、東京で一緒に飲んだ友達と、
この帰省期間にまた地元で飲んだわけなんですが、
このことを話すと、周りの方には
「どんだけ仲良しなの?」と言われてしまう始末。

朝まで飲んで、話して、お互い帰路につきました。
歳をとるたびに、
一緒にこうして時間を過ごす友達というのは減っていき、
なかなか合わなくなるものです。

それでも一緒に遊んだり、
飲んだりをたまにできる友人を
「親友」と呼ぶのかなと思いました。

「友達の価値は、数の多さよりも、絆の深さにあり」
と思った良い機会でした。

日々年々、僕自身、
社会に生きていくのが下手になってきているなと感じつつも、
上手な人が果たしているのかとも思う毎日です。

そう思うきっかけというのは、
今の仕事なのですが、
いつもいっぱいいっぱいで、
慣れていないということもありますが、
失敗や見落としがあって注意されてしまうのです。

一度やった失敗は繰り返さないようにと心がけると、
別のどこかが綻んでまた新たなミスが生まれてしまい、
結局別なことで失敗を繰り返す羽目になってしまっています。

その度に、働くのは難しいだとか、
自分は向いてないのかと思うわけです。
でもその度に同時に思うんです。
今まで、僕に「向いているもの」はあったのだろうか? と。

ひょっとして、
「仕事が向いていない」のではなく、
「僕の気持ちが仕事に向いていない」、
つまり、
「仕事の方向を見ていない」のではないか、と。

そうしたら、本当に向いていないものってあるのだろうか。
逆に本当に向いているというのはなんだろうか。
そう思ったんです。

僕は、テレビや映画の道を目指して、
その道の入り口になんとか立つことができたんですが、
その様子を見て友人によく、
「浦辺は自分に向いている仕事を見つけられて羨ましい」
と言われることも多かったんです。

でも実際に、
まだ映画の業界には卵として入って4年、
テレビの業界には半年とまだまだ新人の域を出られないわけです。

そんな必死にしがみついて色々覚えようと、
身につけようとしている時に、
何を向いているか向いていないかと判断できるか! 
そう思ってしまいました。

僕は、何かに向いているのかいないのか、
それは後になって振り返って初めて気がつくことだと思うんです。

極端な例を挙げると、
気がついたら何十年もやっていた、
苦しいこともあったけど、
今になって思うとあれもいい経験だった、
そう思えた時に初めて、
自分に向いているかどうかがわかると思うんです。

渦中にいる時のその判断ほど、
信用のできないものは僕はないと思っています。

わからないから、とにかく走るんです。
もがくんです。
やっていくしかないんです。

そうやって情熱を注いで、
歴史は作られたんですから。

僕たちもその一部になる、
そんな心意気でないといけないと思うんです。
何事に対しても。

とりあえず僕は、
1年は続けないと何事もわからないと思っています。
5年続けないと一人前と思えない
(自分自身の心境の問題です)と思っています。

そんな心づもりでやっています。

それではまた。浦辺二百でした。ありがとうございました。

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