有名IT起業家はなぜ地位も財産も捨てて出家したのか、資本主義の中で自分らしく生きるヒントがここにある
マインドフルネスを体現している、資本主義社会にとらわれず生きている方からまなぶシリーズ第二弾。
インターネット黎明期からIT業界に身を投じ、ベンチャー投資家として「ジモティー」や「グルーポン」の立ち上げに関わり、ライブ配信アプリ「17LIVE (イチナナ)」のCEOを務めるなど日本のIT業界を牽引してきた小野裕史さん(前世でのお名前)。
※このあと何度も前世というワードが出てくるが、小野さんは出家前の人生を前世と呼ぶ
そんな誰もが羨む人生を送ってきたかのように思われる小野さんだが、2022年夏にCEOを退任し、その1ヶ月後には出家し、裕史としての前世を捨てて、小野龍光さんに。
経済やテクノロジーの発展によっていくら社会が物理的に満たされるようになっても、しあわせを感じない人が多いこの時代。
小野さんの選択の背景に、なにか幸せに生きるためのヒントがあるのではないかと感じ、今回お話を伺わさせて頂きました。
プロフィール
小野 龍光(おの りゅうこう)
前世では欲にまみれて資本主義社会で生きていた。
東京大学で生物学を専攻したのち、2000年にIBM システムズ・エンジニアリングに入社。その後シーエー・モバイルに転職。退社後はインフィニティ・ベンチャーズLLPを設立し、「ジモティー」や「グルーポン」、「MUSE & Co.(ミューズコー)」、「freee」、ライブ配信アプリ「17LIVE (イチナナ)」といったさまざまな分野のベンチャー企業へ投資を行った。2022年10月にインドで出家、龍光になる。
※プロフィールはライター(私)が記載したものです
小野さんと出会うまで
小野さんと私をつなげてくれた人物がいる。
1億5,000万人の信者がいるインド仏教界のトップが日本人であることは皆さんご存知であろうか。その人物とは佐々井秀嶺さんであるが、岡山から約50年前にインドに単身で渡り、貧困や差別に苦しむインドの人々に寄り添い、約10万人だった仏教徒を1億5,000万人まで増やした規格外れの人物だ。
私自身は、宗教心は全くないのだが、佐々井さんの活動を密着取材した書籍を読む機会があり、その破天荒な人生に魅了されたのがつい先月である。
佐々井さんの人生に興味をもち、色々調べていると、佐々井さんに感銘を受け、今をときめく「17LIVE (イチナナ)」のCEOを辞任されて、出家したという小野さんの記事に出会った。
即座にお話を伺ってみたいと思って、TwitterでDMで連絡させて頂くと快諾していただけたのがこの対談の経緯である。
まずは、”小野裕史”と前世の名前でGoogle検索をかけてみると、下記のアカウントにたどり着いた。3月末を目処に捨てます!?、なかなか聞かないワードだ、、。前世時代のアカウントであるため、閉鎖するようだ(おそらくこの記事の公開時には、成仏されていることだろう)。
その後、生まれ変わった龍光さんのアカウントにたどり着いた。ただのさまようボウズ!?
”お役にたつなら何なりとご奉仕させて頂きます”、とプロフィールに記載があったので、お言葉に甘えさせて頂いて、メッセージを恐る恐る送ってみた。
すると数時間後にすぐに返信が。こちらがお願いさせて頂いているのに、とても謙虚な文面でお返事が。こうして、お話しさせていただく時間を作ってくださいました。
普段、都内ではできる限り徒歩で歩かれているということで、オレンジの袈裟(けさ)と、擦り切った雪駄(せった)という装いでお現れになりました。
「大変楽しみにしておりました、よろしくお願い致します!」
前世について
- もし差し支えなければ、出家前は何をされていたか簡単に教えてください
小野 私の前世は、欲にまみれた人生を送っておりました。特にこれといって語れるようなものはございません。
(心の中の声)おっと、、聞いた自分が間違いであった。。。気を取り直して、次へ。
欲にまみれた人生と出家の理由
- 一般的には成功と思われる人生を歩まれてきた中で、出家されたきっかけは何だったのでしょうか
小野 きっかけとして一番大きかったのは、去年10月です。インドに行ったのですが、インド仏教界のトップにおられる佐々井さんに、現地で偶然出会うことができたということが非常に大きかったです。
そもそも宗教全般に関して、正直言うとそれまでは否定的で、「心が強くない人間が頼るもの」というぐらいに思っていました。哲学として、旧約聖書を読んでみるなど、勉強したりしてましたが、信じるものでは全くなく。ですので、出家もそれまでは考えておりませんでした。
- なるほど、出家は全く考えていなかったと。
小野 はい、インドに行くまでは全く。ただ、出家に至るのに影響した”前世”での出来事を振り返ってみると、一つ大きくあるのは、十数年前にベンチャーキャピタルを設立し、「投資家」という仕事を始めたあたりから、お金でお金を増やすということに、非常に違和感を感じていたということです。
もちろん投資家の役割は、スタートアップを育てる、新しい事業を育てる。これはもちろんなんですが、突き詰めていくと求められていることは、お金をいかに早く増やすか。そういう世界に身を置く中で違和感を感じていました。
- どういった違和感だったのでしょうか?
小野 投資家として、実際に様々なスタートアップ投資やサポートができたつもりでもありますし、自らも事業を立ち上げて、今でも自分で使ってるようなサービスを作ることもできました。
一方で”数字”(売上やKPI)を第一主義とした世の中のあり方、しかもその中で”効率化”がパワーワードとして崇められていて、”数字”をいかに速く増やすことを求めるがゆえに、効率化すればするほど、「忙しく働いてる俺かっこいい」みたいなことを思い、今振り返るとあの当時は心を失っていました。
- 分かります。仕事は人生の一部に過ぎないのに対して、何が大切かという価値観が、働いていると、資本主義寄りに引っ張られてしまいますよね
小野 忙しいことをかっこいいと思い、心を失っていることにさえ気づけない自分がいました。ただ、心の深いところでは「何か違うな、何か苦しい」というもどかしさが、10年以上ずっとあり、その違和感が、自身のキャパを超えたといいますか、もう器から水がいっぱいになって溢れ出してくるというような状態になりました。そしてついに思い切って、去年8月に資本主義から離れることを自ら決めました。
- 苦しさというのは具体的にはどのようなものだったのでしょうか?
小野 具体的に言うと、自分が必ずしも信じきれてないのに、売上やKPIなど成長を求めなければならないということを、投資先、社員やお客さんに対して語り続けるという苦心です。
必ずしも信じていないことを語り続けている感覚で、自分に対して殺してしまいたいかのような憎しみを感じたことがあります。もっとうまく自分の本音と建前をうまく使い分けてやり過ごすこともできたかもしれないんですが、残念ながら自分はそういった心を持ち合わせておらず、自分の心のキャパを超えるっていうタイミングを何度か体験しました。
- 最後は「17LIVE (イチナナ)」の社長をされていたかと思いますが、辞任されて、それでインドに行こうと思われたのですか?
小野 いえ、辞めた時は、資本主義から離れることだけを決めていて、インドに行くことは考えておりませんでした。世界を旅したいという友人がいて、たまたまインドに行くことになりました。
ただ面白そうだなと思って訪れたインドで、人様に対して何か役に立つ行いをされている佐々井さんと出会いました。そこで気がついたことは、今まで自分は純粋にやりたかったことは、資本主義での成功ではなく、「人様のために何かする」ということでした。
恥ずかしながら、前世の自分は、褒めてもらうために良い結果および数字を追いかけ、数字を追いかけることによって忙しさで心を失い、人様のためにならないような言葉を吐いていたり、周りの人様に対して必ずしも優しくないようなこともしていたりしていたこともありました。
インドに行ったことで、資本主義が生み出す数字の魔力が自分の悩みの根源であったことに気がつきました。売り上げとか数字なんか全く関係ないところで、たくさんの人を救い、役に立っている佐々井さんの活動に感銘を受け、吹っ切ることができました。
出家したあとは、移住してマインドフルネスな生活を
- インドで出家されて、現在は居住を東京からオーストラリアに移されましたよね
小野 そうですね、オーストラリアのゴールドコーストに移住しました。日本から離れて暮らしてみたいという思いもあり、惹かれたのがゴールドコーストでした。
自然が非常に豊かであること、そして人々も非常に穏やかでフレンドリー。心に余裕を持っている方が多いっていうのは、過去に何度か訪れた中で実感したことでもありました。
- オーストラリアに移住されてみて、実際いかがですか?
小野 毎日がものすごく美しいですね。日の出前に真っ暗なビーチに行って、瞑想しながら、ただただ朝日が上がるのを待っている時が、非常に心地よい時間です。もちろん雨が降ったり、太陽が見えなかったりする日もありますけれども、なんて自然はありがたいんだっていう、極めて当たり前の事実をものすごく実感できます。気がつくと涙を流しているぐらいに感動的な朝日に出会う時もあります。しかもこれが無料です。
小野 あとは、意外に思われるかもしれませんが、生活にあまりお金がかかりません。スーパーで売っている食材は、大体がオーストラリアで取れるものなので、非常に安いです、自然の恵みに感謝です。
東京にいたときは、今食べているご飯がどのように生まれてくるかというような想像をする機会もなかったです。出てきたご飯が何かちょっと思ってるのと違う、ちょっとクオリティが悪いパッケージに文句すら感じる自分がいました。
裏では誰かが努力して、一生懸命生き物と対峙して殺めて(あやめて)くれているおかげで、私たちが日々、生き物をいただけているにも関わらず、そういった当たり前の事実を忘れてしまいます。
オーストラリアは自然が豊かで、食の生産地と消費地が近いゆえに、こうした感謝を非常に実感できるタイミングが多いように感じます。
- そういった感覚は、いまこの瞬間に意識を向けるというマインドフルネスにも通ずるところがありますね
小野 はい、そうだと思います。ゴールドコーストはマインドフルネスが実践しやすい環境ですね。もちろん都会においてもマインドフルネスは実践できるとは思うんですが、雑音が多いという感じでしょうか。仏教用語で言うと”煩悩”を刺激するものがあまりにも多いと感じます。東京では、マインドフルネスを意識しても周りからの刺激ですぐに上書きされてしまう感覚です。
- 小野さんの現在の一日のスケジュールを教えていただけますか?
(説明頂いたものを表で整理しました、午前3時に起床!?)
オーストラリアからでも悩みの相談に向き合う日々
- 1日のスケジュールの中で毎日2,3件相談を受けているとありましたが、どのような悩みの相談が多いのでしょうか?
小野 当初多かったのは、若い経営者からの相談です。成長していても更に成長を求めてしまい、結果として満足感がない。成長を期待される自分と一方で事業がうまくなかなか立ち上がらない時のギャップが苦しい。本来やりたいことではなく、数字を伸ばすことばかり求められることに対する違和感など。経営者としての自分のビジョンと数字に対する大変さの悩みが一番多いです。
- 経営者以外からの相談はありますか?
小野 最近はメディアで取り上げていただいたことが大きいと思うんですが、全く違うジャンルの相談も入ってきました。
中でも非常に重たい相談、死にたいという相談もあったり、家庭での心のバランスの取り方、育児と仕事のバランスの取り方、介護を行う上で親との付き合い方、鬱で休職、に悩んでいる方とさまざまです。
捨てなくていいから離れる、呼吸への意識で少しは楽になる
- 相談の悩みに対してはどのようにアドバイスをされているのですか?
小野 自分が仏教を通して学んだ学びそのものなんですが、端的に言うと自分自身に向き合うことを伝えています。おだやかな心で自身と向き合う時間をまずは作ります。仕事などの今の環境を”捨てる”というと、もちろん心の抵抗が大きいので、まずはそこから”離れてみましょう”と伝えています。
- 確かに、出家や退職とかの”捨てる”まではいかなくても、少し”離れる”というのであれば、抵抗感も少なく実践しやすいですね。離れるというのは具体的にはどうするのがよいでしょうか?
小野 具体的な手法としては、端的に呼吸を意識するということをおすすめしています。信号を渡るときも、会議で発言するときも、ご飯食べるときも、一呼吸してから心の自分と向き合ってみることです。とにかく、一呼吸でも置いて”離れてみる”ことが大切です。もしくは、やっている間は無心になれる趣味や料理、掃除なんでもいいので、仕事や家庭で悩みがあるなら、そこから離れることを伝えています。
自分にとって戻れる場所を持っておく
- ”離れてみる”意識はとても大切ですよね。そのきっかけになればと思い、今のマインドフルネスのサービスをはじめました。
小野 特に経営者に対してはそうなんですが、数字以外の、何か自分なりの信念、信じれるものを持つことをおすすめしています。
数字はあまりにもパワフルで、給与や資産、売上、成績って、世界中で共通で周りと常に比較されて残酷じゃないですか。
- 仕事でいえば売上や年収、他ではSNSのフォロワー数など、多くの人が追いかけて、自身の評価に直結する価値だと思っている数字がたくさんありますよね
小野 数字というのは永遠に比較ができるので、ある程度伸ばしても、更に上と比べて、まだ足りないと感じてしまう。永遠に満足ができないのが、数字のもつ魔力です。現代においては、数字が大きければ大きいほど勝ちであり、逆に言うと少ないもしくは伸びてないのことが悪であったり、負け組かのような形で言われてしまいうるので、数字以外に信じることがないと、やはりそこの魔力の中で苦しんでしまいます。
- そういった時に、自分にとっての価値への回帰というものが役に立つということですね
(この時、WBCでのダルビッシュ選手の次の発言を思い出しました。「人生のほうが大事ですから。そんな野球ぐらいで落ち込む必要はないと思う。」)
- 小野さんは、前世では、どのように離れる時間を意識していましたか?
(心の中の声)前世という言葉に慣れてきた、、。
小野 自分の場合は一時期、マラソンにものすごいハマったことがありました。太りすぎた時期があってダイエットしなきゃっていうところから、ジョギングっていうかウォーキングを始めて、マラソンが趣味になりました。マラソンをすることで、仕事の中での数字に関わる苦しみとのバランスが取れやすくなりました。
(余談:小野さんは、ゴビ砂漠250キロ、サハラ砂漠250キロ、北極点マラソン、南極100kmマラソンなど数々の過酷なレースに出場をした経験あり。すごいハマり具合、、、)
- なるほど、ランニングされてバランスを取る方は確かに多いイメージですね
あとは、牧場に通って、一次産業(農業・林業など)のようなことをしていました。例えばチェーンソーで自分で木から薪を作ったり、自分の食べるものもとってきたり。
そういう日常と離れる機会をちゃんと設けておいて、ときには、そういった時間を少し増やしてバランスを取るみたいなことがいいんじゃないかみたいなと思います。
仕事を変えてみたり、移住して場所を変えたり、立ち位置を変えるというのは一番シンプルだと思います。転職しなくても、例えば仕事の中身を変えるとか、できる方法はたくさんあるかもしれません。
今後、小野さんが目指す境地
- 最後に、小野さんが今後目指す姿について教えてください
小野 つまらない答えになるんですけれども、ありません、”わかりません”っていうのが答えです。
未来は誰もわからないですよね。なので未来を考えても今は何も変わらない。もちろん、何か想像して備えをすることはできますけれども、”わかりません”。なので、点としての目標は一切持たないようにしていて、向かう方向だけ定めることをしています。
目標を持つことが悪いわけではありませんが、大きく目標を持ってしまうとそこにこだわり、囚われてしまう自分が生まれます。達成できなかったときは自己否定もしてしまいます。両方においてリスクがあるんですよね。
- 方向だけ決めて、あとはなるように受け入れながら進んでいくしかないということですね。
小野 当たり前ですが、全ての人が平等に死をかならず迎えますし、いつ死ぬかわからないのが人生です。なので、資本主義の中で数字を求めていた自分と違う形で、そうならないために、方向だけを決めておいています。方向だけ決めて、あとは何が起こっても、あるがままに受け入れて、ありがとうと感謝の気持ちをもつだけです。
今この瞬間に集中して、向かってる方向性が間違ってなければ、間違いは起きない。これが自分なりの考え方ですね。
「まさにマインドフルネスの本質ですね、お話いろいろと聞かせて頂き有難うございましました!」
お話を伺ったあと、その日の夜の便でゴールドコーストに戻られるという小野さん。麻布十番から羽田空港まで、徒歩で3時間かけて帰っていかれました。今後のお小遣いも76(南無)万円で暮らされるそうです。私もインタビューを終えて、自宅まで帰る道、自然と足取りが非常にゆっくりとなっていました。
”何者でもありませんが”からよくはじまる小野さんのお話。何者かに囚われることなく、それぞれの人が独自の価値観を大切にして、しあわせに生きることのできるような世の中になればいいなと、感じました。
ReHacQ(リハック)というメディアにも最近出演された小野さん。こちらも面白いですので、ぜひ視聴してみてください。
「小野さん、お話しさせていただけて楽しかったです。今後のご活動も応援しています!」
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ライター:Upmind代表取締役(箕浦 慶)
2015年に東京大学工学部を卒業、チームラボに入社。2016年までスマートフォンアプリのエンジニアとして開発業務に従事。2017年に米Bain&Company(戦略コンサルティングファーム、東京支社)に転職し、経営戦略の立案に従事。2021年にUpmind株式会社を設立。瞑想歴はゴア(インド)で体験してから10年以上。
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