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余寒の怪談手帖 リライト集

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怪談手帖が大好きすぎて〈未満〉も含め、色々な方のリライトをまとめてしまいました。 原作者・余寒様の制作された書籍、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」…
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#怪談手帖

禍話リライト 怪談手帖『うわん』

会社員のAさんの話である。 「……『ワッ!』っておどかすやつが苦手、って言うとさあ。 『わかります。ホラー動画とかのそういう演出、嫌ですよね〜』 なんて返されるんだよ。 まあ、合ってるんだけど……、ちょっと違うんだよねえ。 う〜ん、言い方が下手だから仕方ないのかなあ。 自分がおどかされるのは全然いいの。他人がおどかされるところを見るのが、無理なんだよ。 いやまあ、無理になっちゃったっていうか。そのきっかけの話なんだけど……」 彼が大学生だった、ある夏。 サークルの部室で、

禍話リライト「青い胸像」【怪談手帖】

Bさんが学生時代に見たものの話。 夏の盛り、叔父の経営する養鶏場へ手伝いに行くこととなり、(この暑い中で…養鶏場……)とボヤキつつ、父の運転する軽トラで向かっていた。 容赦のない陽光を降らせる空は腹立たしいほど青く澄み、入道雲がその中央を占領して、下半分には深い森と山々の緑がずっと続いている。 窓を開け、燦々たる日差しに目を細めながら、そんな夏の画を眺めていた彼は、やがてふと気が付いた。 景色の一角に奇妙な物がある。 緑の帯の上、キャンバスの端に近い場所。 それは胸から上の

禍話リライト「とんぼ玉」【怪談手帖】

数十年前の夏の夜のこと。 当時小学生だったDさん達は、友達同士で連れ立って近所の墓地で「人魂狩り」を行ったのだという。 墓地といっても家のご先祖様が入るようなものではなく、所謂無縁仏を弔ったような所だった。 そこに、夜ごと人魂の群れが色とりどりの火で迷い出る。 いつのまにか、そんな噂が立つようになっていた。 たまたま近くを通って肝を冷やしたという酒屋のおやじの話を盗み聞くや、Dさんを含めた悪童達は次の日の晩には作戦を決行した。 家を抜け出した彼らは、手に手に虫取り網を持ち、

禍話リライト【怪談手帖「花氷」】

懐かしい夏の風物詩として、花氷を挙げる人はそれなりに多いようだ。 様々な花を中に入れて凍らせた、円筒形や長方形の氷の塊のことである。 昭和から平成にかけては、主に百貨店やレストラン、レジャー施設などで見られ、見た目に美しいだけでなく、冷房設備の不在を補う幾ばくかの涼をも提供していた。 ボクは子供の頃に、遊園地の片隅に並んでいたのを眺めた記憶がある。 今でも夏になればイベントなどで見られるようだが、昔ほどその機会は多くないらしい。 Cさんのその夏の記憶も、未だ昭和の薫りの濃い平

禍話リライト「猫仙人」【怪談手帖】

つい先ごろまで、高齢者の見守りや支援の仕事に携わっていたというBさんは、いろいろと奇妙な体験をしている。 その中でもとりわけ特異で、できれば思い出したくない一件があるという。 近隣の住民からの相談で、とある男性の一人住まいが俎上に載せられた。 「俗にいう『猫屋敷』ですね、ご本人も軽度の認知症を患っていて、管理できているとは言えない状況だったようです」 少なく見積もっても、30匹程度の猫が出入りしているとのことで、鳴き声や糞尿への苦情が上がっていた。 「高齢化社会の流れ

【禍話リライト】『怪談手帖』より「魑(すだま)」

「ホントは私の頭がおかしかったということにしてしまえばいいんです」 投資家だという50代の男性Bさんは、そのように切り出した。 それを見たことを証明出来るものが、自分以外にいないのだからと。 「もう随分昔、息子がまだ小学校に通っていた頃。妻が趣味の登山中に亡くなりまして」 余りに突然のことで虚脱感、無力感もひとかたならず、更には詳細は伏せるが、非常に無為なことで妻の側の親族と揉め、絶縁したこともあって、鬱に近い状態になってしまった。 Bさん自身母子家庭で、老母は長年の無理

禍話リライト 怪談手帖『とっくに……』

以前、とある集まりで怖い話が話題となったことがある。 突発的だったこともあってタネはすぐに尽き、いわゆるブラック企業の怖い話が主役となってしまった。 僕(怪談手帖の収集者、余寒さん)は聞き役に徹していたのだが、座の終わり頃になってお鉢が回ってきた。 結局、自分の知るその系統での怖い話。『つ』というひらがな一文字にまつわる怖い話を語ってみたものの、そこは語り慣れない素人の悲しさ。怖がってもらうどころか話の要点すら上手く伝わらず、何とも今一つな反応で終わってしまった。 (※禍話

禍話リライト「ボウコ」【怪談手帖】

20代のAさんが、社会人になってから何年かぶりで実家に帰省した時の話。 「仕事でいろいろあって…ちょっとだけ逃げたくなったんです……」 両親との会話もほどほどに、シャワーだけを済ませ自分の部屋のベッドへと倒れこんだ。 ずっと拭えない全身の倦怠感と、頭に纏わりつくモヤモヤとした感覚。 「体力には自信あったんですけどね、ずっと運動部だったし」 社会で必要なのは、体力だけではなかった。 同僚や上司とのちょっとした衝突や行き違いの会話が、いつまでも頭の中をぐるぐると巡る。

禍話リライト「川案山子」【怪談手帖】

諸事情で実家との縁を切って久しいというDさんは、ほんの数年前までひどく捨て鉢な生活をしていた。 そんな時代の彼が、安さだけが取り柄のような、とある川沿いの集合住宅に住んでいた頃のことだ。 深夜に起きた仲間内の厄介事からようやくの思いで抜け出した彼は、隣の区から歩きとおして夜明け前に家へ帰ってきた。 心身ともに擦り切れて、道路横の欄干に肘を掛ける。 帰宅前に一息つきながら、彼はその川を眺めていた。 普段ろくに見やることのない、名前も憶えていないような川だった。 なにかそれなり

【禍話リライト】『怪談手帖』より「星泥棒」

「余寒さんの集めたお話って、片親の話がかなり多いですよね?」 聞き取りの席で、F君はいきなりそう言った。 面食らったが、言われてみればその通りである。 僕自身(怪談手帖の筆者 余寒氏)、母子家庭で育ったから、知らず共感して採用が多くなってしまうものか。 或いは、怪異の出現に心理的な不安状態が関係しているとすれば、ある程度は必然的な傾向であるかもしれない。 そんなことを小難しく並び立てていると、F君が苦笑しながら、 「かく言う僕もそうなんですよ。余寒さんと違って一人っ子で

禍話リライト「朧猿(おぼろざる)」【怪談手帖】

「少年自然の家」ではなかったはずだという。 当時Eさんの所属していた子ども会では、前年度まで合宿で使用していた施設が老朽化による建て直しのため借りられなくなったため、その年からの新たな宿泊先を検討していた。 その時に、会員の一人が人伝に探してきてくれたのが、”K”という施設だった。 あまり新しくはないものの、去年までの場所に比べると非常に安価で利用できる、という点が決め手だったそうだ。 「その時点でちょっと怪しいでしょ?今ならもう少しちゃんと調べると思うんだけど…私たちの

禍話リライト「犬古(いぬひね)」【怪談手帖】

Bさんという男性の方から頂いた体験談である。 彼は10代のころ、家族や教師と折り合いが悪く、事あるごとに学校をサボったり家を飛び出したりしていた。 そんな時によく逃げ込んでいたのが、隣町の低い山の中ほどにある、父方の親戚の家だったのだという。 「〇〇(地名)の叔父さん、叔母さん」と呼んではいたが、父の兄弟という訳ではなく、どちらかといえば祖父母に歳の近い遠縁の老夫婦だった。 彼らは所謂”本家”とはあまり関係が良くなかったようで、親戚の集まりなどにも顔を出すことなく、隠遁じみ

【禍話リライト】『怪談手帖』より「きつねの宴席」

職場の先輩で今は定年退職されたAさんが故郷で聞いた話。 彼が生まれた町には、かつてやんごとない御方も逗留したという、由緒正しい旅館があり、そこの女将さんというのが彼の母方の叔母だった。 この叔母さんが話していたのが、きつねに化かされた話だという。 ある時その旅館は新聞社からの紹介で、作家や画家を含めた集団のお客を迎えた。 お得意様からの紹介ということで一階と二階、それぞれで一番いい部屋を開けておき、客に選んでもらう形にしたのだが、一階の間に着いて「以前やんごとのない御一行

禍話リライト「大首の家」【怪談手帖】

「今でもまだ怖いんだよ、ずっと。考える度にドツボに嵌る気がして…本当は考えない方がいいんだろうけど……」 話者であるAさんは、今の職業や年齢については明示しないで欲しいと言ってこの話を切り出した。 彼が大学生の頃、曰くつきの家で目撃してしまったモノの話。 それは地元では有名な、とある事件の舞台となった一戸建てだった。 報道ではぼかされていたものの、被害者である女性が異様な状態で見つかったというのが半ば公然となっており、それでいてどういう状態だったのかについてはてんでばらば