陽だまり
おかわりに「いただきます」を言う人が、可愛くて好きだ。
目の前に座る人はそのうちのひとりだった。運ばれてきたおかわりをひと口、美味しそうに頬張る姿を見て、おそらく、その店にいた誰よりも心が清潔になった。彼は、周りに誰もいない時ですら「いただきます」と律儀に手を合わせている。その光景をたまたま見かけてから、わたしは彼のことを好きになりっぱなしだ。「美味しそうに食べるね」と言うと、「うん、超うまいよ」と笑っていて、一生幸せになってくれと思った。
信号待ちをしている時に点字ブロックを踏まない人が好きだ。
前を、少し派手目なお兄さんが歩いていた。袖まくりをした腕には赤い蝶が舞っていて、きれいだった。信号が赤になって、お兄さんは一度踏んだ点字ブロックを、それが点字ブロックだと気付いて避けて止まった。寒い冬に、桜が咲くような心地だった。
スマホを見ずに待っている人を、とてもいいなと思う。
友人を待つため駅のベンチに座っていたら、向かいの柱に男性がやって来た。誰かを待っている様子で、年はわたしと同じくらいの学生に見えた。彼はたまにスマホをポケットから取り出してはすぐに仕舞うだけで、それ以外は行き交う人を眺めていた。周りにいた大半の人がスマホを見ながら立っていたからか、彼の存在は目を引いた。数分後、「お待たせ」と彼に駆け寄ってくる女性がいて、恋人だと分かった。彼女を見つけるとすぐに柱から体を離し、とても、それは『とても』という言葉以上に、ほんとうに嬉しそうな顔になって「全然だよ」と微笑んでいたからだ。愛されているって、つまりこういうことなんだろうなと思いながら、手を繋いで去っていくふたりの後ろ姿を眺めていた。
「きみのことが全然分からないし、どれだけ一緒にいてもほとんど分からないままなんだろうけれど、それってすごく魅力的だよね」と言ってくれた人がいて、嬉しかった。
よく知りもしないのに「きみはこういう人だよね」と決めつける人や、『よく分からない子』とだけ判断する人とは違った。わたしというひとりの人間を知った気にならなかったし、もっと知ろうとしてくれた。それが、この人をとても好きな理由だと思った。
幸せになるべき人が、息をしやすい場所にいられたらいいと思う。
恋人のいる友人が、「あの子はね、ほんとうにどうしようもないんだ」と困ったように笑い、「プレゼントを渡したら馬鹿みたいにはしゃいでたんだよ」と嬉しさを滲ませながら話してくれた。そう話す声の線だけで、恋人の名前を呼ぶ声音だけで、彼は彼女をほんとうに好きなんだと分かった。
愛すべき存在は、陽射しのようにぬくかった。
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