紀 杏
夏、最中にいると永遠に終わらないような気がしてくるけどやっぱり少しずつ終わっていって、グラスに入った氷が立てるカランコロンという音も道ばたに転がっているセミの死骸も、今年みた花火の残骸も、風に飛ばされて夢にならなかった。夏祭りの翌日、赤い金魚が陽の光を浴びながら死んでいた。昨日のことが嘘みたいな静寂と透明さと可哀想な死だけが空の下で真実味を帯びていた。金魚の目があらぬ方を向いて苦しそうだったので、持っていたペットボトルの水をかけてあげると、一緒にいた子が 生き返りそうに死んで
好きなだけ本を読んだり、好きなところに行ったりした 最近は毎日映画を2、3本観ていて (学生の特権だ!) 、わくわくどきどきしている 特に『レディ・バード』、『僕たちは希望という名の列車に乗った』がとても心に残った 夜派 猫派 冬派 甘党寄り ケーキを選ぶときは、ザッハトルテとショートケーキと季節のケーキでいつも悩んでいる このあいだの土曜日は、紫いものケーキを食べた
新幹線の窓からみえる景色は澄んでいて、午後5時のひかりが山裾に降りかかっていた 帰省していたとき、しばらく会っていなかった幼なじみから、ごはんいこうよと連絡がきて、うれしかったなあ もうすぐ夏がおわる
おまじないをもらった
眠れない日が続くと誰かに話を聞いてほしくなるのに話し方も頼り方も分からない、話を聞いてくれそうな人を探すためにLINEの友だち欄を開くけど迷惑をかけたくなくてスマホを閉じた。そもそも、わたしはいまの自分について話すのが得意ではない。こういうとき、誰かがそばにいてくれたらちがうのかもしれないという漠然とした考えが浮かんで、いとこのお姉ちゃんのことを考える。このあいだいとこに会ったとき、「わたしにいま同棲してる彼氏がいなかったら、のあちゃんと一緒に暮らしてたよ」と言われて、ほんと
ぬるい風と夜中に降り出す雨に何度も励まされた気がする
なつのひかりはやわらかくて、ふゆのひかりは刺してくるように鋭くて、なつは、お祭りとか海水浴とか風鈴の音とか、涼やかでたのしそうなものが多くて、いろんな人が「恋がしたい」と笑い合っていて、ふゆは、クリスマスとかイルミネーションとか、人工的なひかりに溢れていて、その下で、いろんな人が「恋がしたい」と笑い合っていて、にんげんってほんとうに恋が好きなんだなと思う。冷房が効いた電車のなかで、女子高生ふたりが軽やかに「明日テストだ死にそう」と言っていて、わたしたちが簡単に「死にそう」と言
わたしたちは生まれる前、天国では誰かと背中がくっついていて、つまり、ふたりでひとつになっていて、神さまはわたしたちを地上に落とすときにその背中を引き剥がすらしいんだけど、その人が、背中をくっつけ合っていた人が運命の人なんだって、わたしたちは、その人を探すために恋をしているらしいよ、という話を教えてもらった、気怠い日が続いていた、中学生の夏。 「運命とか、信じますか」って聞かれたから、わたしは「あんまり信じてないけど、信じてみたいからそう思える偶然に遭遇したい」って答えた、運
むかし、包丁で指を切ったときにガーゼを貼ってくれたことがあって、わたしはそれがとても好きだった。からだにガーゼを貼ったり目に眼帯をしていると、どうしたの、とか、大丈夫か、って聞いてくれる。それが少しうれしくて怪我なんてしていないのにガーゼや眼帯をしたがったけれど、それだとおかしいから、わざと怪我をしたことがあった。 幼少期、父が骨折で入院していた時期があった。わたしはそのお見舞いに行く道中、くるまの窓から、お気に入りのアニメのカードを持った手を少しだけ出して風に当たっていた
わたしを生かすのは恋人でも友人でも記憶の片隅の人たちでもないと知ったけれど、何に生かされているのかは分からず、そのことについて考えながら歩いていたら懐かしいにおいがした。このにおいは何だろうとぼんやりしていたらいつの間にか春がきて、桜が咲いて人が寄り集まって出会い、結ばれ、別れの生産的循環に介入し、日が照る下で笑い合う人が輝く夏がきて、感傷的な感情を吐露する人の才能が「いいね」に変換されて秋が眠り、満ち溢れる光と白さの狭間で生まれた多幸感とその裏にある寂しさが人を閉ざす冬が生
つまらない国語の授業でも、ページを捲って後ろの方にある本紹介のところを開けば楽しかったし、体育をしている別のクラスの人たちを窓際の席から眺めていたら時間は溶けた 退屈すぎたある日の授業中、プリントの裏に詩を書いた、それはきみを想ったものでもなければ愛をテーマにしたものでもないただの駄文だったのに、声に出して読めば素晴らしい才能あふれる文章であるように思えて満足して消し忘れた、担任に呼び出され、きみが書いたのかと聞かれ頷くと、「とてもいいね、これ」と言ってくれたそれが本音だと
小学4年生の頃に好きだった女の子は、休み時間に『化物語』を読んでいた。表紙が真っ赤で、如何わしい本だと思って見ていたら、「これ、面白いよ」と言って貸してくれた。少しだけ読んだ、わたしの記憶は、戦場ヶ原ひたぎの体重が軽すぎるというところで止まっている。 彼女は春の光のような存在で、わたしの憧れだった。小学生、中学生、高校生まで、ずっと。美人で、読書家で、賢くて、予備校に通っていた時の模試で県内1位を取るような子だった。会った時に、すごいね、と伝えたら、まぐれだよ、となんてこと
海面の光が鱗のように煌めいて、割れ、冬の訪れで空が透いたとき、壊れ、恋をした人々がお互いの好意を確かめるようにして夜に溶けて子宮で語り合い、うまれ、朝になって、すべてが死滅したにおいを嗅いだ。 愛と夢の幻想がひとつまたひとつと生まれ、同時に、誰かに対する殺意も生まれた。わたしはいつでもきみを、愛ゆえに殺せるよう、左手にナイフを握りしめている。きみの言葉ひとつでわたしは変わる、慈善家にもヒロインにも殺人者にだってなれる。普通を求めるきみは、わたしが殺人者にでもなればすぐに離れ
おかわりに「いただきます」を言う人が、可愛くて好きだ。 目の前に座る人はそのうちのひとりだった。運ばれてきたおかわりをひと口、美味しそうに頬張る姿を見て、おそらく、その店にいた誰よりも心が清潔になった。彼は、周りに誰もいない時ですら「いただきます」と律儀に手を合わせている。その光景をたまたま見かけてから、わたしは彼のことを好きになりっぱなしだ。「美味しそうに食べるね」と言うと、「うん、超うまいよ」と笑っていて、一生幸せになってくれと思った。 信号待ちをしている時に点字ブロッ
『愛することは、いのちがけだよ。甘いとは思わない』って太宰治が言っていて、「いのちがけらしいよ」って教えてあげたら、「切り立った崖をロープなしで登っているみたいなものだね」って穏やかに、ほんとうに穏やかに微笑んでいて、その瞬間、きみはこのまま死んでしまうんじゃないかって思って、繋いでいた手を強く握った。 恋ってさ、生きるか死ぬかだよねって言い合って、だけどよく考えたら、全部そうだよねってなって、ひとまず平和に笑った。これって幸せなのかなって、わたしたち何で生きて苦しんだり泣
きみを待っているあいだ、星を千個数えていようと思って、無数に散らばる星を数えていた。心の中では、百個くらいを数えたところできみは現れるだろうと信じていたのに、今ので471個目だよ。 きみはいつだってそこに居た、わたしの限りなく近いところに。儚い、という言葉からかけ離れ、居てほしいときに居てくれるような人だった。のになあ、儚さを隠していたのか隠さないといけなかったのか、それとも、ひと時の夢を見せにきた悪い天使だったのか。いや、人はみんな儚いってことを、わたしが今まで知らなかっ