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ニューヨークの中心で、未来を演じる #222


204X年、ニューヨークのマンハッタンはラットたちの戦場と化していた。特にタイムズスクエアを舞台に、北部に生息するラットと南部に生息するラットはその遺伝子的な違いを理由とする争いが絶えない状況なのだ。

2021年頃からその兆候は現れていた。というのも、ニューヨーク市の北部と南部でラットに遺伝子的な違いがあることは判明していた。ラットの数自体の増加も確認されていたが、ニューヨーク市はこの事実を問題視せず、十分な対策を講じることはなかったのだ。

しかし、ラットの世代交代は予想以上に早く、たった20年ほどで北部ラットと南部ラットの遺伝子的な違いは決定的なものとなっていた。その結果、204X年のニューヨークでは北部と南部のラット同士の勢力争いが激化し、その衝突が最も激しいエリアがタイムズスクエアだった。ラットたちは地下鉄の線路を通ってお互いの領地拡大を目指すらしく、その影響による地下鉄の遅延が常態化するようになっていた。

「ラット同士の争いにつき、地下鉄が遅れます」
ポスターを撮影する人
『ラット大移動につき、地下鉄改修中』

これを問題視したニューヨーク市はラット対策に力を入れるようになった。条例によりラット同士の争いもニューヨーク市警の管轄の対象となり、タイムズスクエアではラットが引き起こした「事件」を捜査する様子が見られるようになった。

調査中の事件現場
証拠品のキャンディを調べている様子

今回の事件はどうやらキャンディを巡ったラット同士の争いが起き、被害者(被害ラット?)が亡くなってしまったようだ。ラット同士の「南北戦争」が収まらないニューヨークで、ラットと人類は共存していけるのだろうか?

ラットを駆除するスプレーが必要?

これは私が留学中のパーソンズ美術大学・Transdisciplinary Designの「Speculative Studio」という授業の最終展示会で、私たちのグループがタイムズスクエアで行ったパフォーマンスの内容です。授業のテーマはスペキュラティブ・デザイン。聞き馴染みのない単語だと思うので、まずはその意味から見ていきましょう。

スペキュラティブ・デザインとは?

デザインには、見た目を美しくするデザイン(クラシカルデザイン、狭義のデザイン)と、問題解決方法を考えるデザイン(デザイン思考、広義のデザイン)があります。デザインを大きくこの二つに分けた時、スペキュラティブ・デザインは後者の問題解決型のデザインに分類されます。

スペキュラティブ・デザインを簡単に言うと、未来の世界のデザインです。未来に起こりうる世界を想像しその未来を現代に出現させるという方法論と、問題解決ではなく問題提起を重視する姿勢が特徴的です。つまり、問題提起によって社会的な議論を巻き起こすことで、将来起こりうる問題を予め解決してしまうことを目指します。

私のお気に入りの作品の一つに、Simon Weckertによる「99台のスマートフォンでGoogle Maps上に架空の交通渋滞を引き起こした」という作品があります。一人がスマートフォンをたくさん持ち歩くだけで、世界的大企業のサービスが乱されることを実証してみせた作品です。

この作品はスマートフォンで私たちの位置情報が監視されていることなどを浮き彫りにします。これによって具体的な問題が解決されたわけではないかもしれませんが、スマートフォンの位置情報に関するサービスについて考えるきっかけを与えてくれます。


タイムズスクエアで未来の人を演じるまで

さて、スペキュラティブ・デザインについてザックリと理解できたところで、私がタイムズスクエアで未来の人を演じるまでにどのような準備をしたのか、そのメイキングについて書いてみます。

「タイムズスクエアでスペキュラティブ・デザインを」

学期の前半ではスペキュラティブ・デザインの方法論を学びながら、タイムズスクエアの歴史を学びました。ちなみに、タイムズスクエアの「タイムズ」の由来は、新聞社のニューヨーク・タイムズの本社があったことから名付けられたのだそう。

学期の後半からはいよいよ最終課題に取り組むことに。その課題とは「タイムズスクエアで40分間のパフォーマンスを行うこと」でした。それ以外の指定は一切なく、そのパフォーマンスにどんなメッセージ性を込めるのか、どんなパフォーマンスを行うのかなどは全て自由です。

課題は3~5人からなるグループで取り組みます。ちなみに、アメリカ(少なくとも私が通っている学校)ではグループ編成を先生が決めることは基本的にありません。同じような興味がある人たち同士で自主的にチームをつくるケースが多いです。

私はグループ決めの段階で興味のあるテーマが特になかったので、同じように「テーマ未定」の人同士で5人組のグループを作ることになりました。出身はそれぞれ、インド、プエルトリコ、中国、アメリカ、日本というバリエーション豊かなメンバーでした。


テーマ設定からシナリオ作成まで

まずは、グループで扱いたいテーマを話し合うことから始まりました。実際にタイムズスクエアに行って現場を観察する機会も設けて、様々なアイデアを出し合いました。しかし、同じ興味で集まったわけではないし出身地もみんな違うので、中々アイデアが一つにまとまらず苦労しました。

最終的には、ニューヨークでよく見かけるラット(大きめのネズミ)に注目することで意見が一致。その後ニューヨークのラットに関するニュースなどを調べていると、「ニューヨーク市の南北でラットの遺伝子が違ってきている」ことが分かりました。

こうした情報をもとに、「ラットは寿命が短いから遺伝子の変異が早く、あっという間に全く別のラットになるのではないか?」「もし異なる遺伝子のラットが同じ場所に生息したら、争いが起こるのではないか?」「もしラット同士が争うようになったら、人間にどんな影響が起こるのか?」といった問題を考えていき、冒頭にご紹介したような未来のシナリオをグループ全員で紡いでいきました。


シナリオを伝えるパフォーマンス

最後に、このシナリオを伝えるためのパフォーマンスを考えます。どれだけ長いシナリオを考えたとしても、パフォーマンスとして表現できるのはそのシナリオの一場面だけです。そこで、前述の未来を象徴する場面やその状況の人々の振る舞いを考えます。

ラットの遺伝子検査をするためにラットを捕獲する研究者。ラット同士の争いのせいで起きた地下鉄の遅延に困る通勤客。ラットと人間の共存を訴える活動家など。私たちが想像した未来に生きる人たちの振る舞いは無限の可能性があります。

こうしたあり得る未来の複数の場面からパフォーマンスのしやすさや伝わりやすさなどを考慮して、事件現場の捜査地下鉄の遅延のお知らせという2つの場面を2022年のタイムズスクエアに出現させることにしました。こうして冒頭の写真のようなパフォーマンスが生まれたのです。

作品の趣旨を説明するクラスメート


やってみた感想

表舞台よりも裏方が性に合う

グループの仲間から「君はどうやってそんなアイデアを思いつけるのか?」と、アイデア出しの場面で褒めてもらう機会がありました。留学1年目で英語力はまだ不十分ですが、それでも拙い英語で伝えるアイデアを聞いてくれることに毎回感動&感謝していました。

展示会当日はグループ全員でパフォーマンスをしたのですが、私は人見知り&非英語ネイティブなので、あまり話さなくていい役を演じたり写真撮影に専念していました。どうやら私は人前で言葉巧みにアピールするよりも、裏からサポートする方が向いていることにあらためて気づきました。

即興で演じるのが得意な人もいれば、アイデア出しが得意な人もいる。一人ひとりがそれぞれの得意を持ち寄ることで、一つの作品が出来上がる。そんなことを身をもって学ぶことができました。


「ウェイターではなくバーテンダーであれ」

アメリカ人はフレンドリーでドンドン話しかけてくるイメージがあるかもしれません。しかし、実際に私が1年間の生活をした限りでは、そこまで日本人とフレンドリーさは変わらない印象です。特にニューヨークは都会だからか、見ず知らずの人にむやみに話しかけることはほとんどありません。

そんな環境でもパフォーマンスに興味を持ってもらうために、"Be a bartender, not a waiter"(ウェイターではなくバーテンダーであれ)というコツを教わりました。つまり、「こちらから相手に話しかけるのではなく、相手が話しかけたくなる存在になりなさい」ということです。

こうした助言を参考にした甲斐もあってか、道行く人が気にかけてくれるようなパフォーマンスになったと思います。でも、「何の事件があったの?」と話しかけてくれる人はほとんどいませんでした。見知らぬ人に話しかけてもらうことは日本でもアメリカでも難しいようです。


社会的インパクトをデザインする難しさ

「数十年後にラットが人間社会に大きな影響を及ぼすかも」という問題提起をした今回のデザイン。しかし、今のところ社会でこうした議論が活発になっている様子は見られません。というのも、スペキュラティブ・デザインが実際に社会的インパクトをもたらすにはいくつもの壁を乗り越えなければならないからです。

たとえば、誰かに見てもらえる場所に作品(パフォーマンス)を展示したとして、そこから作品を観た人が作品に興味を持つ⇒作品のメッセージを理解する⇒提起された問題を考える⇒問題の解決策を思いつく⇒実際に行動に移す⇒行動の効果が現れる、という段階を踏まなければ実際に社会が変わることはありません。今回のパフォーマンスで言えば、「何か事件があったのかな?」と思った人が多かっただけなのかもしれません。

このようにスペキュラティブ・デザインで作品を展示して効果が現れるまでには「風が吹けば桶屋が儲かる」的な長い道のりが待っています。タイムズスクエアで実際にパフォーマンスを「やってみた」ことで、社会的な議論を巻き起こす難しさを実感しました。


最後に

「タイムズスクエアでパフォーマンスをする」というニューヨークのデザインスクールに留学したからこその経験をしました。この経験からの学びを一言でまとめると、「未知の世界に一歩踏み出して『やってみる』勇気」です。

部外者として何かを眺めて欠点を指摘するのは簡単。でも、実際にやってみるとその難しさを実感するものです。頭の中でならいくらでも思い通りになるけれど、現実ではそうはいきません。妥協に次ぐ妥協の末に、ようやく目の前に現れてくれるのが作品です。そして、自分にとっては不完全に思えるものでも、「できる限りの準備をした」と勇気を出して披露するしかないのです。

そんなことが分かると、他人の「やってみた」を見た時に、その背後にある勇気と苦労に共感できるようにもなります。タイムズスクエアで未来の人を演じなくてもいいので身近なことでも「やってみた」経験をすることは、作品を生み出す苦悩とそれを世に出す勇気を知るきっかけになるはずです。


おまけ

展示の準備をしていたら、タイムズスクエアの管理組合の人に撤収するよう注意される一幕も。管理組合から事前に許可を得ている旨を証明するメールを見せると分かってもらえたものの、いきなりの洗礼にヒヤヒヤしました。

つば広ハットの二人が本物のタイムズスクエア管理人たち

この記事を読んでスペキュラティブ・デザインをしたくなっても、許可なく公共の場で「やってみた」をしないように。「私は未来から来た人です」なんて言ったら怪しい人でしかないので。

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