見出し画像

自分と世界の接点を探る。(Professional Communication) #268

パーソンズ美術大学のTransdisciplinary Designでデザインを学んでいます。この記事では、二年生秋学期の必修科目である「Professional Communication」という授業の学びをまとめてみます。

授業の構成

この授業では主に卒業後の進路に備えるために、自分の活動を他人にどうやって伝えるのかを考えていきます。 特にTransdisciplinary Designは多様なプロジェクトに取り組むため、卒業後に「UXデザイナー」のような特定の職種に就職することが確約されているわけではありません。なので、自分の就きたい仕事に合わせて自分の学んできたことをどうアピールするかを考える授業は必須と言えます。

といっても、ひたすら履歴書やポートフォリオを改善して見栄えをよくするための実践的なコツを教わるというよりも、もっと長期的なスケールで自分のことを説明できるようになろうというコンセプトです。PracticalとVisionという言葉で対比されていました。

学期全体のスケジュールとしては大きく「Voice」「Audience」「Platform」という3つのフェイズに分かれていました。「Voice」では自分がやりたいことを見つめ直し、「Audience」では社会が求めていることを分析、「Platform」でこの二つを結びつける手段を決めるといった流れです(ただし、今学期はストライキにより「Platform」の部分は授業内で扱いませんでした)。


Voice

まずは仕事という枠組みを一旦忘れて、自分のやりたいことや自分らしさ(英語ではAuthenticityと呼ぶみたい)を考えることから始まりました。

たとえば、「自分が一番インスピレーションを受けた作品を振り返る」という課題では小林賢太郎の「TOWER」を選び、彼のミニマルな演出や既存のコントや演劇の枠組みに囚われない面白さに憧れていることを自覚しました。

また、「スペキュラティブ・デザインで使われるFuture Coneで自分の5年後を考えてみる」という課題では、デザインリサーチャーやライターとして働きながらTransdisciplinary Designを日本に広める未来を思い描きました。

自分らしいデザインとは何かを考えていくことで見えてきたのは、"How to stay sane in an insane world(狂った世界で正気で生きるには)"という命題に対してデザインを通して向き合いたいということでした。特に「資本主義&注意経済の世界の中で、自分の考え方や生き方をどう変えていけばいいのか?」に興味があるみたいです。

このような課題を通して自分の興味・関心(Curiosity, Interest, Preference)を自覚しておくことで、実際に仕事探しをする際に自分軸を忘れずに済むようになります。


Audience

自分の心の声に耳を傾けた後は、社会で求められている仕事を調べていきます。授業の課題としては「Informational Interview」や「実際に応募してみる」などがありました。

インタビュー

デザインを仕事にするとはどういうことなのかを知るために、Informational Interviewを行いました。これはOB・OG訪問と似ていて、自分の興味のある業種・業界で仕事をしている人に話を聞いてみようというものです。

私の場合、「アメリカでデザイナーとして働くとは?」を知るためにパーソンズ美術大学の先輩にあたる岩渕正樹さんとお話させていただいたり、「デザインリサーチとは?」を知るためにANKR DESIGNの木浦幹夫さんとお話させていただいたりしました。お二方にはこの場を借りてお礼申し上げます。

実際にデザインを仕事にされている方とお話することで、学校で学んでいることとビジネスの現場との共通点や相違点も見えてきました。「本当は○○な仕事をしたいけれど、××な仕事を求められている」など、VoiceとAudienceのバランスを取ろうとされている話も伺えました。

こうしたインタビューを通して少しずつ業界の有名人との顔見知りになるのは大事なのでしょう。学校やnoteでの繋がりを通してならばお願いしやすいですし、お相手の方も「話してもいいかな」と思っていただきやすいのではないかと思います。

実際に応募してみる

次に、どんな仕事があるのかを求人情報サイトで調べていきました。私はアメリカの企業はLinkedInを、日本の企業はIndeedを中心に使って調べています。デザインリサーチャー、デザインストラテジスト、UXデザイナー、サービスデザイナー、プロダクトデザイナーなどとTransdisciplinary Designでの学びが活かせそうな肩書で検索していきました。

また、これらの求人で求められている経歴やスキルも確認します。たとえば日本の求人を調べていると、中途採用(キャリア採用)枠は実務経験3年以上を求められる場合が多い、UXデザイナー系で探すとFigmaなどのデジタルツールのスキルを求められる、デザインリサーチでは人類学の学歴が歓迎される、英語力は必須ではないが歓迎に書かれていることが多いなどが分かってきます。早めに調べておけば就きたい仕事から逆算して経歴やスキルを培うこともできるでしょう。

さて、自分の経歴やスキルに合いそうな求人を見つけたら、実際に応募してみます。応募方法は大きく分けて転職サイト経由か直接応募の二つがあるようです。たとえば、パナソニックのインサイトリサーチャーなどは基本的に転職サイトからの応募しかできないようでした。とりあえず何社かの転職サイトに登録して応募してみましたが、もれなく「あなたを紹介することはできません」という返事が返ってきました。残念。

そこで、転職サイト経由の応募は諦めて、ホームページに求人情報が掲載されている企業に狙いを変えることにしました。この作戦変更が功を奏したのか、とある企業の書類選考を通過し一次面接へ案内していただけました。最近では「カジュアル面談」という書類選考前に気軽に企業の方とお話できる機会もあるので、こちらも活用すると良さそう。

インタビューをお願いしたり仕事に応募したりというのは、内向的な私にとってかなり勇気のいることです。断られたら少なからず落ち込みます。でも、自らの応募書類・ポートフォリオをプロトタイプと思って実際の企業の採用プロセスからのフィードバックを受けていく方が、頭であれこれ思い悩むよりも学びは多いと思いました。


Platform

最後に、VoiceとAudienceの両者を上手く結びつけるポートフォリオをつくります。でも、そもそもポートフォリオってなぜ必要なのでしょう?

アメリカは新卒一括採用でもなければ、終身雇用でもありません。なので、誰もがキャリア採用に応募するといった形式のため、ポートフォリオを作成して自分の業績やスキルをアピールできる資料を用意しなければなりません。自分の労働力の価値を証明するセルフブランディングが不可欠なのです。

この授業では、ポートフォリオにどんな内容を載せるべきか、どんな見た目にするべきかといった実践的な知識を得られたのも為になりましたが、これからの日本社会が向かうであろう流動的な労働市場において「自分の労働力としての価値は自分で培っていく」という姿勢の重要性を学べたことが何よりの収穫でした。

個人的にはポートフォリオをつくる時に「自分の過去の栄光をアピールするのは気乗りしないなぁ」という感覚を覚えるのですが、それもキャリア形成のためには仕方がない。エピソードトークのネタを仕込んでいるくらいの気持ちでポートフォリオを更新するようにしています。


自分と世界の接点を探る

結局のところ、この授業での学びは何だったのでしょうか? 一言にまとめるとすればそれは「自分と世界の接点を探る」でしょうか。この授業にはVoiceとAudienceという別々のフェイズがあったように、自分のやりたいことと社会で求められている仕事は必ずしも一致しません。そのため、自分のやりたいことと実際の仕事をすり合わせることになります。

これがなかなか痛みを伴うのです。本音を見せても伝わらなくて傷つくこともあります。だから、私は世界と関わるのを避けたいという願望が常にあります。それでも、この「自己と他者の弁証法運動」に身を投じることがこの世界で生きていく人の宿命です。

また、自分と世界の接点はまさに「点」でしかありません。数十年の人生をポートフォリオや面接だけで全て伝えることはできるはずがありません。それでも自分のことを「点」として伝えるしかないのです。でも、点だからこそ自分らしさが最大の圧力となって伝わるのかもしれません。


まとめ

この授業が想定する成果物であるポートフォリオをつくるには、自分を見つめ直し、就きたい仕事に実際に応募してみる必要がありました。そして、ポートフォリオを完成させて応募するための最大の障壁は「まだ完璧じゃない」という自分自身への言い訳であることに気づきました。

「もっと良い表現があるはず」と思えば、いつまで経ってもポートフォリオは完成しません。「もっと良い求人があるかも」と思っていては、いつまで経っても応募できません。どこかのタイミングで覚悟を決めて「未完成な」ポートフォリオで就活に挑むしかないようです。

時間が経てば自分も世界も変わっていく。それに合わせてポートフォリオも更新し続けなければなりません。私のポートフォリオが完成することは一生なさそうです。

この記事が参加している募集

いただいたサポートは、デザイナー&ライターとして成長するための勉強代に使わせていただきます。