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9月1日の手紙 わかったつもり


拝啓

9月になりました。
空気の温度や空の高さは変わっているのに、
人間の気持ちは
まだ足踏みしているような気がします。

夏に残っておきたいような気持ち、まだ半袖でいたいような気持ちがあるように思います。
変化を厭う気持ちというものでしょうか。

先日、チェーン展開のカフェで、
緊迫した会話をしている男女を見ました。
黒と白の花柄のワンピースをまとい、巻き髪の50代くらいの女性と
くたびれたねずみ色のTシャツとズボンに、サンダルをひっかけた、もう少し年嵩の白髪の男性の2人連れでした。

入店してすぐから、女性が苛立っている様子が語気の強さから伝わってきました。
「何にするの?」とか「この席にしよう」という
一言一言が荒く、尖っていて、聞いていて身をすくめたくなるくらいでした。
一方、男性の声はほとんど聞こえません。
頼んだ飲み物を受け取り、座席に陣取った後も、女性の苛立ちは変わらず、男性に鋭い言葉を浴びせかけています。 会話の中に、間はなく、女性は、間髪なく刺々しい呼びかけを続けています。
「ねぇ!」「ねぇ!聞いてるの?」

聞いているこちらがハラハラするような剣幕です。白髪の男性は蚊の鳴くような声で何か答えます。
全く内容は聞き取れません。

ため息。
あんな人と共にいるのは大変だなぁと思いました。
もちろん、女性のことです。
こちらの意見を聞くつもりも、情があるようにも思えません。
終わりがなく、ひどく理不尽な尋問のようにしか聞こえませんでした。

それでも、
そのループが3回ほど繰り返したあと、だんだんと違和感を感じ始めました。
その違和感を探るため、
聞くともなく聞いていた、女性の尖った言葉をつなぎ合わせたのです。

すると
「急にあなたと連絡がつかなくなり、
 確認したところ勤め先も退職していた」
「しばらくどこで何をしているかわからなかった。どこにいたんだ」
「今日、ようやく会えた。これからどうするんだ」
という経緯が浮き上がってきたのです。

白髪の男性はのらりくらりとした反応で、
いずれの質問にもはっきり答えるつもりはないようでした。

今日までいた場所についてのみ、
何度も詰問された結果、何事かを呟いていました。
女性は
「橋の下?!冗談言わないで」と声を荒げます。

ああ、何もわかっていなかった、と思いました。
雰囲気だけでわかった気になっていました。
人と人との関係は、
一眼でわかるような、そんなに簡単なものではないのでした。
経緯が一部でもわかると
「共にいるのが大変」なのはどちらかなんて、簡単に割り切れなくなります。

もちろん、この女性から、白髪の男性は逃げだしたのかもしれません。
でも、女性が本気で心配していた可能性も完全に0ではないのです。
当面の生活費をねだられたのか、
「お金をもらえると思ったんでしょう。
 渡さないからね」と叫ぶ女性の鋭い声に、
勝手に怯えるのは申し訳ないような気がしました。

結局、
「絶対家にはあげない」「でも身分証明書を渡す」といいながら
ワンピースの女性はよろめく白髪の男性を背後から支えるようにして去っていきました。

2人の間に
真実何があったのか、何が起こるのかを
今後知ることはないでしょう。

でも
判断を急いで
正しい側に回ろうとする己のために
この出来事を少しだけでも残したくて、
手紙を書きました。
わかった気になるのは
いつでもあんまりにも簡単で
それ気づくのはあんまりにも難しいですから。

日常の中で
忘れないでおこうと思ったこと、
あなたにはありますか?


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