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心の中の荷物

「成育環境に問題がある」
そういったのは心療内科の医師だった。初診ではなく、何回めかの診察のときだったと思う。
そういわれてもぴんとこなかった。
両親は自営業の共働き、兄弟もいて、なんだかんだとてんやわんやしてはいたけど、お金に困ったこともないしとくに取りたてて問題があるような家庭ではなかった。

と、思っていた。
だから医師にそういわれても「ふーん」と受け流してしまっていた。

うつ病を発症したのはもう6年か7年か、それくらい前のことだったと思う。
思う、というのは、当初は自分でそれが「うつ」の症状だとは気づかなかったからだ。いまになって思い返せば、歴然と異常な精神状態だったのに。
だいたいにおいて私は自分の身体のサインに疎い。いい歳をした大人なのにみっともない。いや、大人にすらなりきれてない。

あれが始まりだったな、と思い当たるのは、仕事が異様に忙しくなったのに、それまでしていたボランティア活動を辞めようとせず、近くに住む兄弟の家に子どもが生まれて定期的に手伝いに通い、その上に習い事までしていたときだった。

悲しくもないのに、いきなり涙が溢れてきて号泣してしまう。
感情のコントロールが利かず、自分でも思ってもいないことを口にしたり、やったりしてしまって、「あれっ?なんでこんなことしたんだろう」ということが、飛び飛びに何度か起きた。

ほんとうはそのときに気づくべきだった。
でもそのサインを、なぜか私は見過ごした。
過去に同じことがあったにもかかわらず。

私がうつ病になったのはこれが初めてではない。
かなり以前にかかったことがあった。同じような症状が出て、自分ではどうしようもなくて、仕事や社会との関わりからドロップアウトして、ひとりでぼんやりしていた。
回復にはそれなりの時間がかかったが、「自分は自分から逃げられないんだから、とりあえず現状の自分を受け入れてうまくつきあっていくしかない」という結論に折り合いをつけることで、どうにかこうにか社会復帰した。

でも今回はそう簡単にはいかなかった。

主治医に「成育環境に問題がある」といわれた少し後に、カウンセラーたちにも同じことをいわれた。
専門家がいうからにはそうなのかもしれない。
そして私の病の原因はそれだけでなく、もっと複雑なファクターが関わりあっていた。

そんなあれやこれやを心の中にしまっておかないで、どんな形でもいいから外に吐き出しなさい、と指導された。とはいえ、己のごく私的な過去を吐き出すのには勇気がいる。とくに身近な人にとっては却って重荷を背負わせることになる。
私は昔からやたら重い修羅場に巻きこまれやすくて、かつ私を巻きこんだ張本人はことが終わればフェイドアウトしていく、という出来事を何度も経験している。
その苦さを知りながら、自分で同じ轍は踏みたくない。

そういうわけで、誰に読ませるでもないけど、心の中の無駄な荷物を少しずつ、ここに記していこうと思う。


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