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倒立を2000日続けたら人生が変わった人

うまうまい名古屋の手羽先。好きです? みなさん?
私は今、好きですね、名古屋の手羽先。味噌煮込みも? 味噌煮込みもですね、はい。
私の弟は、体操クラブに幼稚園の頃から入っていて、運動の嫌いな私とは真逆、体を動かすのが好きでした。
じゃ、実際問題、体を動かすのが嫌いだとどうなるか? わかります? わかりませんかね。
体重が増えます。
身長170ないのに、ないのに80キロ行きます。健康診断が怖くて受けられません。お医者さまの冷たい目を、ほんとはそんな冷たい目で見ないだろうに、私の中の、心の中のお医者さんは、世にも北極星のように冷たい目で、僕を見つめる。
ぶるぶるぶるぶる、ぶぶぶぶぶる、と震える僕。
そう。
わかってます、それは本物のお医者さんではない。
私の不摂生をよく知る男。
そのお医者さんの正体は、私自身の自分を責める心です。
厳しく自分を罰するための、心の裁判官です。
というわけで本日の無名人インタビューをお楽しみに!!!

今回ご参加いただいたのは 池田仁 さんです!

現在:2016年の元旦から、毎日倒立とブリッジの練習をしています。その様子を継続的にSNSにアップし続けて2500日を超えました。

toki:今、何をしていらっしゃる方ですか?

池田:「運動嫌いをなくす」ことを使命に2歳の子どもから大人に運動を指導しています。
具体的に言うと、子どもは体操教室と裸足かけっこ教室。大人向けは体を柔らかくするためのストレッチ。そして倒立。簡単に言うと逆立ちですね。倒立とブリッジを教えてます。
個人事業主として活動しています。

toki:今のお仕事を始められてどれくらい経つのですか?

池田:2011年に大学を卒業して、幼稚園や保育園に体操の先生を派遣する会社に就職しました。4年間勤めて、2015年の4月に独立したので、9年目に突入かなっていう感じです。

toki:子どもから大人まで、幅広い年代の方に運動を指導されているんですね。

池田:元々子どもの指導だけがしたいと思って独立したんですけど、子どもたちが習い事をする時間って夕方じゃないですか。幼稚園とか小・中学校が終わって、3時〜5時とか。でも当時それだけじゃ生活が成り立たなかったので、何かしなきゃなと思って模索していたら、大人のクラスも人が集まるようになってきました。

toki:運動にも色々種類があると思うのですが、子どもだったらかけっこ、大人だったら逆立ちやブリッジに着目されたのは何か理由があるのでしょうか?ちょっと珍しいなと思いまして。

池田:会社員時代は子どもたちに体操を教える仕事をやっていて、体操って言っても、鉄棒、マット、跳び箱、縄跳びみたいないわゆる学校体育レベルのものなんですけど。でも私自身、小中高野球部で、別に体操部出身とか陸上部出身ではなかったんです。
会社員時代そこそこ生徒や保護者から人気があったので、大丈夫かなと思って高括って独立したら、全然生徒が増えない。やばいなと思って。1年間、子供を教えてる時間より、居酒屋で皿洗ってる時間の方が長くなっちゃって、これはまずいなと思って体操をちゃんと勉強しようと。
ひとまず綺麗なお手本が見せられるように、倒立とブリッジぐらいは練習しようと思って、2016年の元旦に毎日倒立とブリッジの練習しようって決めて、毎日練習して写真とか動画撮って、FacebookとInstagramにアップしてたんですね。

toki:はいはい。

池田:そんなことしてたら、あるときFacebookで友人から「こんなワークショップがあるよ」って送られてきたのが、「倒立ができるための体作り」みたいなワークショップでした。
それに参加してみたら、教えてくれる先生たちが、世界でもトップレベルの、倒立とか柔軟性に関わることを教えるのが上手い先生で。その先生に教わっていくうちに、自分もどんどん倒立が上手になって体も柔らかくなってきました。先生からも許しが出たので、自分でも倒立やブリッジのクラスをやってみようということで、大人のストレッチクラス、倒立クラスっていうのを4年ぐらい前からするようになりました。
そこから今みたいに、午前中は大人のクラス、夕方は子どものクラスっていうスケジュールで生活するようになりました。

toki:なるほど。最初から倒立とブリッジを教えようと思っていたわけではないんですね。自分が勉強するために始めたことが、気づけばお仕事になっていたっていうような。

池田:そうですね、気が付けば。なんだ、そういうこともできるんだみたいな。

toki:独立した当初は全然生徒が増えなかったとのことでしたが、最近はお仕事の調子としてはいかがですか?

池田:最近はすごくいいですね。ここ2年ぐらいでようやく他のアルバイトとかしなくてよくなった。
前は飲食店とか、家庭教師とか、そういうのをしながら生計を立てていたんですけど、今はもう自分のやりたい運動指導だけで、贅沢ではないですけど、ちゃんとした暮らしが送れているので、順調というか、良い波乗ってるなと思っています。

toki:そうなんですね。ちなみに、プライベートや趣味の面で、何か好きなものとか、特に時間を使っていることって何かありますか?

池田:基本的にプライベートも体動かしています。自分の倒立がうまくなるようにストレッチしたりトレーニングしたり。ここ2年くらいは初動負荷トレーニングと言って、野球のイチローさんが取り組んでいるトレーニングに取り組んでいます。ジムが近所にあるので、暇があれば毎日のようにそこに通ってます。なのでプライベートもほとんどトレーニングですかね。

トレーニング以外なら最近はお笑い芸人にすごい興味関心があります。自分がなりたいとかじゃないんですけど、お喋り一つでいろんな人を笑わせたり幸せにしたりするのってすごい素敵だなと思って。お笑いの人がやってるラジオを聞いたり、TVerとかでバラエティー番組をみたり。あとは芸人の方が書いた本読んだり、そういう時間が最近は増えてきたかなと思ってます。

toki:仁さんは何をしてる時間が一番楽しいですか?

池田:子どもたちのクラス指導をしてると、子どもってすっごいふざけたこと言うんですよ。ふざけたというか、突拍子もないような。「なんでこのタイミングでそんな言葉が出てくるの?」とか、「なんで君たちはこのタイミングでそんな行動ができるんだ?」みたいなのがあるんですね。そういうのに触れてるとめちゃくちゃ面白いなと思いますね。

そういうことをいろいろやり取りして、それこそ漫才のボケとツッコミみたいに、「何でそんなことするの」みたいな話を振って、どんどん話を引き出したり、それをあとで保護者に「こんなことがあって…」って話したり。保護者もたまにすげーボケたこと言ったりするんで、なんかやっぱ、人を見てるのが、最近楽しいかな。
自分の仕事とか趣味に関わらず、いろんな人を見て、「あ、面白いなこの感じ」って瞬間と出会えるのが楽しいですね。

toki:逆に嫌いなものやことは何かありますか?

池田:面白い質問ですね。まず一つは「外野のくせにうるせえな」みたいな。
SNSの時代なんで、SNSとかで僕自身がやってることとか、投稿している内容とか、そういうのにああだこうだ言ってくる人たちはうるさいなと思います。
あとは全く関係ない、それこそ芸能人とかスポーツ選手の不祥事とかに対して、その人には全く関係ないことなのに、偉そうにああだこうだか語ってる人見ると、汚い言葉で言うと「クソだな」って思っちゃいます。
人のやってることにわーわー言うなら、もうちょっと自分が楽しくなるために時間と労力を使えばいいのになって思います。

toki:よく分かりました。ありがとうございます。
ところで、仁さんは周りの方からはどんな人と言われることが多いですか?

池田:最近よく言われるのは「ふざけた人だね」って。あとはその真逆で「真面目な人ですね」って、どちらかを言われることが多いですね。
分析すると、大体僕、子どものクラスでも大人のクラスでも、レッスン中は大抵ふざけてるんです。くだらない冗談言ったり。
昨日も大人のクラスで「僕、実は昔かるた部だったんだよ」みたいな話をしたんですけど、生徒が信じちゃって。いや、どう見たって僕、体育会系の人間なんで、かるた部には見えねえだろうと思うんですけど。信じてくれる人がいるんで、ついついふざけちゃうんですよね。そういうことばっかり言ってると、「またふざけてこの人」みたいなことも言われて怒られたりするんですけど。

その一方で、今でも毎日、倒立とかブリッジとか、ストレッチやトレーニングをする様子を、SNSにアップしてるんです。そういうのを見て、ふざけたこと言ってるけど、とはいえちゃんと真面目なところありますよね、みたいなことも言われます。
なので真面目にふざけてます。真面目に一生懸命ふざけてる人だなと思います。

toki:その「ふざける」っていうのは、仁さんとしては何かの意図をもってやられているんですか?

池田:そうですね。結構ハードなクラスなんです、僕のクラスは。子どものクラスも大人のクラスも、体力的にもまあまあ追い込む。あとは、僕が細かい性格なので、逆上がりの上がりかた一つ、最後腕が伸びてる伸びてないとか、前転で足が開いてたりすると良くないとか、結構世間的にみたら「そこまで気にしないでいいじゃん」と思われるようなことを幼稚園児でも注意するんですよ。僕は大事だと思ってるんで。
でも、それを真面目に淡々と60分やってたら、多分僕も生徒も見てる保護者も耐えられない。だから、何とかその空気を柔らかくしようと思って、ふざけてるんじゃないかなと思いますね。

toki:なるほど。ふざけているっていうのと、真面目っていうのと、正反対のイメージが同時に抱かれるっていうのは興味深いですね。

池田:本当はあんまり真面目だと思われたくなくて。何かハードルが上がっちゃうというか。何かあったときに、あんな真面目な人だったのにみたいに言われるのも癪なんで。
ふざけてたからそんなことぐらいあるよねみたいな感じにしたいんですけど、難しいですね。

過去:「そっかやめりゃいいんだ、やめよう」

toki:小さい頃、どんなお子さんでしたか?

池田:小さい頃ですか。
僕は恥ずかしがり屋でした。幼稚園の親子遠足みたいなのに行って、「ビビデバビデブー」をみんなで踊ろうみたいなのがあったんですけど、もう恥ずかしくて。泣いてやんなかったっていうのが、数少ない幼少期の記憶に強く残っています。
あとは、小学生の頃、というか小中高か。ほとんど女子とお喋りできなかったですね、恥ずかしくて。なので、恥ずかしがり屋だったんじゃないかなと思います。

toki:ふんふん。

池田:ただ、その一方で目立ちたがり屋なところがあって。
小学校と中学校では生徒会長をやってます。中学校で応援団長もやってたし、野球部のキャプテンもやってて。別に、人の上に立ちたいとかなかったんですけど、目立ちたいっていうのはありました。
目立ちたがり屋でした、恥ずかしがり屋のくせに。

toki:目立ちたがり屋だけど恥ずかしがり屋。その相反する性質が両立していたのって、ご自身ではどうしてだと思いますか?

池田:なんでなんでしょうね。やっぱり真面目だったんで、学校の先生とか親とかがこうしなさい、こうありなさいみたいに言うのを、結構素直に聞いていて。そうしていると、周りの大人からの評価は良いわけですよ。そしたら、自然と学級委員長になって、そういうのをしていく内に、なんかちょっと注目を浴びて気持ちいいなみたいな欲が出てきて、それが高まって生徒会長とか、応援団長とか、トップでめっちゃ目立つというか、そういう感じになったんじゃないかな。ちょっとうまく説明できない、難しいですね、これ。

toki:小学生の頃、中高含めてでも構わないんですけれども、友達付き合いとか、その辺りはいかがでしたか?

池田:僕は友達はそんなに多くなくて。顔見知りは多かったんですけど。
それこそ野球部のキャプテンとか、生徒会長とかやってたんで、向こうは僕のこと知ってるし、僕も結構人のことには興味があったんで、君は○○部の××くんだねとか、何年生の△△だねとかは、知識としてはあったんですけど。
でも、友達っていう友達がいない人生かなと思っています。
例えば毎日一緒に帰るとか、休みのたびに遊ぶとか、部活がオフのときに必ず一緒にどっか行くとか、そういう友達はあんまりいなかったです。小中高、大学時代も別に、友達っちゃ友達、顔見知りみたいな人は多かったけど、こいつとつるんでいてめっちゃ楽しいみたいなのはあんまりいない気がします。

toki:それに対して、当時は何か思うところとかあったりされたんですか。

池田:中学高校のとき、教室移動とかあるじゃないですか。教室から体育館とか理科室行くとか。そういうときに結構1人ぼっちだったり、いっぱいいるグループの後方とか脇の方にこっそりついてくみたいな感じが多くて。
そのときは「もうちょっとうまくやりたいのに」みたいな気持ちは多少あったんですけど、今は別に全くないですね。そのときは気にしてたような気がしますね。

toki:ちなみに、仁さんの人生をいくつかのパートに分けるとしたら、どう分かれますか?

池田:そうですね。人生の転機が何回かあって。
1回目が浪人したことですね。なので、1つ目のパートは生まれてから20歳ぐらいまで。大学入るまでに2年浪人して、早稲田大学に合格して。それまでは、両親が国立大学にしか行かせられないよと。そんなお金があるわけじゃないから、国立に行ってくれと。でも、ニ浪して私立も滑り止めとして受けていいよって言ってくれたんです。僕、鹿児島の田舎もんなので、そんなに知ってる大学がいっぱいあった訳ではないので早稲田大学を受けました。そしたらなんと受かっちゃって、両親が早稲田に行っていいよって言ってくれた瞬間に、一つ人生変わったなと思っています。

それまでは、筑波大学とか千葉大学とか、東京ではないところの国立大学を受験しようとしてたんですけど。早稲田大学に行けることになったことと、行ったこと。東京に出てきたことかな。東京で暮らし始めたことは人生のターニングポイントでしたね。そこがまず一つ。

toki:はい。

池田:2つ目のパートは、大学4年間過ごして会社員やったとこまでかな。そこはもう、あんまり語ることはないというか。楽しかったんですけど、今回の質問に答えるならばそこはちょっと割愛します。

で、3つ目がやっぱり今の倒立とかストレッチの先生と出会った2016年の4月から今かな。2016年の4月10日でした。そこからはまた人生が変わったなと思っています。

toki:なるほど。ありがとうございます。
浪人生時代についてちょっとお聞きしたいんですが、最初ご両親に国立しか行かせられないよと言われていたとのことで。当時は、そう言われていることについてはどう感じていらっしゃったんでしょう。

池田:元々僕の住んでた鹿児島県が、すごく国公立志向の強い地域で。それこそ高校も大学も、県立とか国立に行くのがいいもんだみたいな風潮があったんですよ。

toki:へえ〜。

池田:僕の高校は県内で上から3番目ぐらいの進学校だったんですけど、先生たちはみんな地元の鹿児島大学に行かせようとして、頑張って福岡の九州大学。そういうとこを目指す生徒にすごい手厚くしていて。
東京とか関西とか福岡の私立に行こうとすると、あんまりいい顔されないというか、情報をくれないみたいな文化があったように感じています。そういう地域性が一つありますね。
あとは経済的な面もあります。うちの両親、音楽家なんですよ。家で音楽の先生をしていて。母がピアノ、父はフルートを教えてるんですけど。そんなに大金持ちじゃないだろうという感じが、肌感としてあったので。「国立行ってね」っていうのは、「そうだよね」みたいなもんでした、大学入るまでは。

toki:結局早稲田大学に入学されて、そこが一つ人生のターニングポイントだったというお話でしたが、ご自身の中で、一番「東京に来た甲斐あったな」と思ったことはなんですか?

池田:東京に出てきて、「和敬塾」って学生寮に住んだんですね。村上春樹さんの『ノルウェイの森』に、主人公が住んでいる寮が出てくるんですけど、そこなんですよ。
村上春樹さんは大学卒業前に退塾されてます。だから、『ノルウェイの森』にはちょっと悪い感じで書かれてるけど。
和敬塾に住んで、1年生から4年生まで、いろんな地方から男子大学生が集まってくるし、留学生も一緒に暮らすんですけど、ほんといろんな人がいて。今まで鹿児島じゃ出会わなかった面白い人もいれば、すごい人もいるし、なんかめちゃくちゃ変な人もいるし。
でも、そういう全く価値観とか生活スタイルが違う人たちと一緒に暮らしていくっていうのがすごく良かったなと今思ってます。

toki:なるほど。ありがとうございます。
大学卒業されてからは、体操の先生を派遣する会社に就職されたんですよね。運動に関わりたいって思いがあったんでしょうか?

池田:大学に入る前、スポーツトレーナーになりたくて。プロの野球選手とか、オリンピック選手とかにトレーニング指導したりする人になりたいなと思って、早稲田大学のスポーツ科学部に行ったんです。
でも色々知識が入っていくうちに、まず一つは勉強がめちゃくちゃ大変で。あと先輩たちから話を聞くと、当時というか今もなんですけど、日本でスポーツトレーナーとして生計を立ててるのは大変だよと。
その理由として、日本はプロスポーツがそんなに盛んではない。野球チームも12チームしかないし、サッカーもJリーグJ1っていうと当時16チームぐらいしかないし、昔はバスケもプロチームはなかったので、結局30チームくらいしかない中で、1球団大体1人しか雇わないから、もう30人とかじゃないですか。

toki:そうですね。

池田:だから、自分でやっていこうとしても、そんなに良い生活ができないようなこと言われて。それはちょっと嫌だなと思って。スポーツトレーナーは夢として持ってたんですけど、早々にやめてしまいました。就活しようかなみたいな感じで。

とはいえ、就活もそんなに一生懸命やってなくて。周りがOB訪問だ説明会だと言ってるときも、全然やってなかったんです。
でも自分が好きなものを突き詰めていったら、やっぱりスポーツだなと。あと当時、女の子好きだったんです。女の子好きっていうとあれなんですけど、女性のスポーツと関わりたいみたいなのがあって。

toki:ほうほう。

池田:就活で受けたのはスポーツメーカーと、あとは資生堂、KOSE、カネボウ、下着のワコール。この辺はすごい、女性のスポーツをやろうとしてる会社だったんですね。それでなんか綺麗なお姉さんたちと一緒に働けたら楽しいなと思って、受けたんですけど。
でもやっぱり、そういう下心はばれるもので、全部落ちましたね。結構いいとこまで行くんですけど、ことごとく落とされました。
最終的に学生時代、家庭教師のアルバイトをしていたお宅のお母さんが紹介してくれた、幼児体育の会社を受けたらあっさり合格しました。
最初っから幼稚園の体操の先生やりたいな、子供たちに運動教えたいなって思ってた訳ではないです、流れで仕方なく。
でもそれも人生変わった瞬間でした。その時一般企業に入って、営業とか事務とかしていたら、間違いなく今の自分はいないので。一つのターニングポイントだったと思います。

toki:その会社で4年間働かれたあと、独立されたんですよね。それはどうしてだったのでしょう。

池田:まず一つは、ブラック企業だったんですね。朝8時半とかに幼稚園に行って、午前中体操を教えて、幼稚園が終わった後は、希望者からお月謝をいただいて、体操教室を5時とかまでやって、そのあと、会社に帰るんですよ。会社が代々木にあったんですけど、会社に帰るのはもう18時とか、18時半とか。普通にもう定時じゃないですか、考えたら。でもそこから事務作業だなんだして、結局帰るのは21時とか22時とか。
残業代つくのかなと思ったら、残業代は定額みたいな。定額ってどういうこと?みたいな。上司に聞いても、「いや別に法律上問題ないから」みたいなこと言い出して。完全に飼いならされていたんで、最初はそうかーと思って勤めてたんですけど、その環境が段々嫌になったのが理由の一つですね。待遇面。

toki:はい。

池田:もう一つは、指導の内容とかカリキュラムに対して、会社の方針とズレが出てきて。そういう話を上司に色々してたら、あるとき上司が半分怒った様子で「そんなに自分のやりたいことやりたいなら、やめて自分でやりゃいいじゃん」とか言い出しちゃって。ほんと最低な上司だなと、それ言っちゃ駄目でしょって思うんですけど、それ聞いて僕、プツンて何か切れちゃって。「そっかやめりゃいいんだ、やめよう」って思ったのが二つ目。

あとは単純に、僕生徒からめちゃくちゃ人気があって。調子乗ってたんですけど、人気あるから1人でやっても平気だろうというか、1人でやった方が絶対稼げるじゃんって思って、軽い気持ちでやめてみました。この三つかな。

toki:実際やめてみた後っていかかでした?そのときの心境としては。

池田:やめてみた後は、めちゃくちゃ焦りましたね。こんなに仕事ないんだ、こんなに生徒増えないんだって思って。うわーと思って焦ってはいましたし、不安もあったんですけど、ストレスはなかったですね。何とかなるだろうと。アルバイトをさせてくれてる人たちがいて、生きてはいけたから。
毎日不安でしたけど、会社員だったときほどストレスはない感じで日々過ごしてました。本当はもっと楽勝だと思ってたんですけど、なめてましたね。

未来:何でもいいんで、一つのことをコツコツコツコツ、コツコツコツコツ続けていく。そうすると、必ず人生は良い方に転がると思う。

toki:5年後や10年後、何年後でもいいんですけど、どうなっていたいとか、どういうことをやりたいとか、未来に対してどんなイメージを持っていらっしゃいますか?

池田:それが、全くないんですよね。
これ、結構いろんな人に聞かれるんです。この先どうするんですかとか、自分のスタジオ持ったりするんですかとか言われるんですけど、全くなくて。

でもまずは、ずっと健康でいたい。今の仕事をずっと楽しくできるように、動ける体でいたいし、だらしない体になりたくないんで。ちゃんと人に見せられる体でいたい。だから健康でいたいですよね、心身ともに。それぐらいしか思いつかないです。いわゆる野望みたいなものも全くないです。
あわよくば、ちょっとテレビ出たり、新聞とかそういうメディアに出て、両親を安心させたい。田舎ではそういうの出ると影響が大きいんで。テレビや新聞にでたり、本出したりして、地元の人たちを安心させたいなとは思っています。

toki:そうですか。

池田:自分の教え子をこうしたいとか、生徒にこうなってほしいとかも特にないです。
とにかく毎日元気に過ごして、その中で僕と関わった人が元気になってもらえたらいいなと思ってます。今日、池田仁と出会えて、一緒に体動かして、いい気分になったなとか、楽しかったな、来週のレッスンまで元気にいたいなとか、そういうふうに思ってもらえる人間で日々いようと思ってます。
なので、それ以外はあまりわからない。フリーランスになったのが2015年で、それから8年経って今こうなるって全く想像してなかったので、わかんないですよね、先のことは。

toki:仕事もプライベートも全て含めた、日々の生活の満足度って、最高が100だとしたら、どれくらいになりますか?

池田:えー、満足度ですか。50じゃないですかね。満足していることが半分、もっとこうしたいああしたいも半分なんで50かな。

toki:ということは、残り50、ああしたいこうしたいっていうのはあるってことなんですね。

池田:あると思います。

toki:どんな「こうなったらいいな」がありますか? 例えばで言うと。

池田:そう言われると非常に難しいんですけど。今、毎日休みなく働いてるんですよ。朝大人のレッスンやって、夕方子どものレッスンやって、夜また大人のレッスンやって。それがもう毎日みたいな感じで。
だから、あんまり働かなくても、何か今ぐらいの水準の生活ができるようになりたいなと思ってます。

あと僕は、どっちかというと子どもの運動指導をしたくて。子どもたちに楽しく運動してほしいので、子どもたちの指導だけで生計を立てられるようにしたい。もしくは、逆に大人のクラスでちゃんと成り立たせて、子どもはすごく安価でやりたいな。

今、子どもの間でも格差がすごいんですね。両親が教育熱心だとか、お金があるかないとか、塾に行けるか行けないかで学力に差が出るっていうのは想像つきやすいと思うんですけど、それは運動も一緒なんです。運動の習い事をいっぱいやってる子と、そうじゃない子。運動経験の多い子と少ない子で、運動能力の格差がすごいんですよ。
でもそれってすごいいびつだなと思っています。運動なんて、本当はお金がなくても場所と体さえあれば楽しくできるし、別に上手い下手とか、点数付けられて評価されてっていうものではないのに、なんかそういう環境になっちゃってる。サッカーが上手いからすごいとか、かけっこが速いからいいとか、全国大会に出たからすごいとか、そういうのになっちゃってるんです、子どもの運動も。

toki:ほうほう。

池田:でも僕はそうじゃない、それは違うと思っていて。純粋に体を動かすのって楽しいんだよとか、できなかったことができるようになるって嬉しいことなんだよ、素晴らしいことなんだよっていうのをもっと感じてほしい。
なので、できればそういう子どもたちの運動格差をなくすようなことができるぐらい、余裕のある暮らしを送りたいですね。今はもう、自分が生きることでいっぱいいっぱいな感じ。人のために生きられるような生活になったら、さっき言ってた満足度は高まるんじゃないかなと思ってます。
今は自分自身を満足させることで精一杯。それがちょっとでも誰かに目を向けられるようになりたいなと思います。

toki:ありがとうございます。最初、未来へのイメージはないとおっしゃってましたけど、あるじゃないですか〜と思って聞いてました(笑)。

池田:話すと出てくるもんですね(笑)。ありがとうございます。

toki:仁さんは、小中高野球をやっていらしたり、大学時代もスポーツ科学部にいらっしゃったり、ずっと”運動”と人生を過ごされてきたわけですよね。
この”運動”というものへのこだわりや想いとかって、何かあったりされるのでしょうか?

池田:別に僕、めちゃくちゃ運動が好きっていうわけじゃないと思うんですよね。色々さかのぼると。そんなに上手くないし。
僕、野球やってたんですけど、小中高全然上手にならなかったんですよ。かといって上手になるために、必死で努力したって言うとそんなこともないんですよ、小中高までは。野球が好きじゃなかったのかな、わかんないですけど。別にめっちゃ運動好きって人間ではない。

toki:そうなんですか。

池田:だから、消去法だと思います。もう長くやってたから。惰性で続けてて、大学選ぶときも元々体育の先生になろうかなと思ってたんで。別に他に大学で勉強したいこともそんなないし。文学部とか経済学部とか分かんないなって。就職するときも商社マンとか広告とか、全然そういう自分がイメージできませんでした。だったらもう、自分が想像できる範囲の生活として、運動に関わることかなって。

今に至ってるのはスポーツにこだわりがあるっていうよりは、他に選択肢がなかったというか、当時の自分にその発想がなかった。発想というか勇気がなかったのかな。選択肢として、運動以外のものは多分あったんですよ。ただ、そこを選ぶ視野の広さとか、勇気がなかったんじゃないかな。

toki:なるほど、ありがとうございます。
無名人インタビューに応募してくださった時、「倒立を2000日続けたら人生が変わった男」とフォームに書いてくださっていたと思うのですが。倒立とブリッジは、毎日どんな思いでやられていらっしゃるんでしょうか?

池田:始めた当時は結構焦ってました。2016年の元旦か。
「2015年に独立して、1年間フリーランスやってみました。自信あったけど、ふたを開けたら全然仕事なくて生徒もいません。毎日居酒屋で皿洗ってます」みたいな状況に、すごく危機感を感じて。このままだと一生この人生だなと思って。もう藁にもすがる思いで、結果がこうなるだろうからこうしようじゃなくて、もう必死というか、とにかく何かやんなきゃって思いで毎日続けてました。
毎日続けてたら、少しずつですけど、「面白い人ですね」って言ってくる人もいたり、「もっとこうしないの」ってアドバイスしてくれる人もいたり、「倒立したいなら仁君がいいよ」って言ってくれる人も増えてきたりして。
とにかく一生懸命やってたら、今みたいに生活が少しずつ成り立ってきました。なので、倒立とブリッジで人生が変わったと思ってます。

toki:人によっては、1ヶ月、1週間でも続けるのに苦労すると思うんですけど。2000日って相当な積み重ねですよね。

池田:2022年の11月11日で2,500日だったんで、今2600日ぐらいかな。そのくらい続いてるようです。

toki:これからも続けていくんですか?

池田:多分これからもずっとやります。3000、4000日と。だから健康でいたいなと思います。

toki:ここまで仁さんのことについて色々お伺いしてきましたが、ご自身では自分のこと、どういう人間だなというふうに思います?

池田:やっぱり真面目なんじゃないかな。客観的に見ると、一つのことをこんなにずっと続けられる人って、なかなかいない。
別にそんな派手なことでもないじゃないですか。ただ倒立とブリッジやって、動画撮って毎日アップするみたいな。別に大会があるわけでもないし、そういうパフォーマーでもないのに、一つのことをずっと突き詰めて努力できるっていうのは…何かいい言葉がないかなと思うんですけど、真面目ですよね。はい。真面目なんだと思います。

ただ、その真面目なところを見られるのはやっぱ恥ずかしい。だからふざけちゃうんじゃないかな。真面目と恥ずかしがり屋。この二つは僕の性格を大きく占めている部分じゃないかなと思います。

toki:幼少期の最初の方におっしゃってたことが、大人になった今でも、仁さんの中に流れているんですね。

池田:三つ子の魂百までって言うんで、まさにそうなんだなと。

toki:毎回、皆さんにもしもの未来についてお伺いしているんですけれども。
もし倒立とブリッジを始めて、3日目でやめていたとしたら、今の人生ってどんなものになっていたと思いますか。

池田:えぇ?多分、飲食店のホールとかやってたんじゃないすかね。ずっと接客業みたいなのを、もう仕方なく。夢破れたりみたいな感じだったと思います。

toki:もし思いついたら教えていただきたいんですけど、もし倒立もブリッジもやめて、夢破れた後に、また何か新しい夢を見つけたとしたら、それってこんな夢だったんじゃないかな、みたいなものって何かありますか?

池田:それこそ飲食店やってたんじゃないかな。会社員の時から10年くらい東京の吉祥寺って町に住んでいたんです。いい飲食店が多い町で、すごくよくしてくれたんですね、いろんなお店のお兄さんたちが。楽しそうに働いてるし、僕もそこでアルバイトしたりしてて、食事とお酒とトークでいろんな人を楽しませるっていい仕事だなと思ってました。一時期、焼肉屋やりたいなとか思ってましたね。
自分の飲み屋があったら楽しそうだなと思ってたんで、そっちにいったかもしれないですね。

toki:なるほど。ありがとうございます。
インタビューもそろそろ終盤なのですが、最後に何か言い残したこと、話し足りなかったことはありますか?

池田:もし今、人生に迷ってるというか、毎日つまらないなとか、未来が見えないみたいなことで困ってる人がいたら、まずは体を動かしてほしい。
何事も体力があれば何とかなると思うんで、まずは健康的な生活をすることが一つ。
あともう一つは、何でもいいんで、一つのことをコツコツコツコツ、コツコツコツコツ続けていく。そうすると道が開けるんじゃないかな。
人生に悩んでる、何しよう、やりたいことがない、どうすりゃいいんだろうって人は、体を健康にして、一つのことを積み上げていくと、必ず人生は良い方に転がると思います。それはこのインタビューを読んだ全ての人に伝えたいです。

toki:ありがとうございます。私ごとで恐縮なんですが、ちょうど私も人生に迷っているところだったので、今の言葉、噛み締めて聞いておりました。

池田:そうなんですか。ぜひ、体鍛えてください!


toki:鍛えます!ありがとうございます。
では、これでインタビュー、終わりにさせていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?

池田:はい、大丈夫です。ありがとうございました!

あとがき

どうも、このインタビューを終えて、居ても立っても居られず、散歩に出かけた私です。
そんなことは置いておいて。

一つのことを続けるのって、得意ですか?あんまりですか?
悲しいかな、私はだんだん得意じゃなくなってきてしまいました。
2600日続けていることなんて、歯磨きくらいしかないかもしれないです。

小さい頃は熱中できたものも、大人に近づいていくにつれ、別に仕事にするわけじゃないのになとか、これ続けて何かになるのかなとか、そんな邪念に駆られてしまうようになったのです。

その点、続けた先に見える景色がわからなくても、とにかく何でもいいから一歩一歩前へ進み出すことを決めた仁さん。
身体を逆さまにし、胴を逆U字型にそらせる。
そんなシンプルな動きが、人の人生を変えちゃうんです。
「シンプル」なんて言ってしまいましたが、きっとその単純な動きの中にも、小さなこだわりや美しく見せるためのポイントがいくつも詰まっているのでしょう。
やっぱり、やることでしか人は成長できないんですね。

ああ、あれもこれも、もっと前からやっておけばよかった。
いやいや、なにかを始めるには、今日が一番早いっていいますよね。
思い立ったら吉日って。
千里の道も一歩から。

今回のインタビューが、誰かのコツコツコツコツコツコツ ライフ、のはじめの一歩を後押しするものになっていたら嬉しく思います。

最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
次回の無名人インタビューも、どうぞお楽しみに。

【インタビュー・編集・あとがき:toki】

【文字起こし:komina】

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