短編小説「解雇の達人」

普段使わない応接室のような部屋に呼び出しをくらう理由は一つしかない。

「〜よって君は懲戒解雇となります。」

ふぅ〜!気持ちいい〜!!!この瞬間が堪らないのだ。
俺が仕事をクビになることに快楽を覚える精神異常者であることは言わずもがなだが、解雇のされ方にもこだわりがある「解雇の達人」なのだ。

今回は仕事中にずっとハンドスピナーを回しながら水タバコを吸っていたことが解雇の原因となったようだ。再三の注意にも耳を傾けることなく回して吸い続けた。

前回はデスクに魔法陣を書いて悪魔崇拝組織のモノマネをしたことが原因で解雇。

前々回はネクタイを蝶ネクタイに変えてステッキを持ちながらデスクの上で踊り続けたことが原因で解雇。

さて次はどんな形で解雇になろうかと模索していた。
経歴詐称済みの履歴書で三流企業の内定なんてお茶の子さいさいやねん。

今回は史上最速での解雇を目指すために俺は計画を練りに練った。その結果一つの答えに辿り着いた。

「社長のデスクの上で脱糞する」

これを実行することだ。簡単なこと。
決行日は入社初日の朝礼だ。

パリッとしたスーツを着こなし、腕には80万の貯金をはたいたロレックスを巻いて颯爽と社内に入る。

新しい環境、知らない人間。ゾクゾクする刺激だ。
人生において刺激とは欠かせないものである。

解雇という刺激は同時に「自由」も手に入る。
「自由」とは新たな刺激を求めるためには欠かせないのだ。

「おはよう、あなたが中途採用の新人ね。まぁ対人ストレスとかなんとか甘えたこと言って3ヶ月保つかわからないけどね。」

お局らしき世話役のババアが唐突に放つ嫌味は俺を最高に苛立たせた。この瞬間より俺の標的は社長からこのババアに変わった。

「それじゃあ今から朝礼だから挨拶してちょうだい」

オフィスの中央に立たされた。周りは騒ついている。中途採用の新人に興味津々な様子で近くの人間とペチャクチャ話している奴がほとんどだ。

俺は満面の笑みを披露しながら20秒間の沈黙を貫いた。
すると騒ついていた連中は徐々にこちらに注目し始め、ついにオフィスは静まり返った。このチャンスを見逃さなかった。

「うぁぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおああああぅうぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」

大声で喚き散らしながら猛ダッシュでお局のデスクの上にジャンプし着地したと思うと、すかさずパンティをおろし大声を出しながら脱糞をした。

決まった。これで解雇間違いなし。世界最速だ。
泣き喚く若いOLに逃げ惑う老害社員、そしてあまりの臭さに泡を吹きながら失禁しながら失神しているお局。
ざまぁねぇぜべらぼうめ。

俺はあまりの快感に恍惚とした表情でデスクの上に立ち尽くしていた。

すると遠くからサイレンの音が鳴ったかと思うとオフィスのドアが蹴破られた。数人の警官がピストルを構え、俺を包囲した。そしてついには手錠をかけられたのだ。
税金泥棒の分際で納税者であるこの俺をパトカーに投げ込んだんですよ!?
走り出すパトカーの中で俺は自分のなにがいけなかったのか考えたが、ついにはわからなかった。

違う、違う。俺は解雇されたかっただけだ。クビになる快感を味わいたかっただけなんだ。こんなのって違う。
俺は解雇の達人なんだよ。

「逮捕の達人」なんかじゃない。


ー完ー



脳溶け夫


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?