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【小説】弥勒奇譚 第十五話

その日はひどく疲れて早く床に着いてはみたものの、会うことも無いであろう兄や姪の事を考えるとますます眼は冴えるのだった。ようやくうとうとと少しばかり眠れたのは朝方になってからだった。ほとんど寝ていないにも関わらず不思議と爽快な気分で、気力も復活して来るのを感じた。
食事も早々に済ませお顔の仕上げに取り掛かった。
鑿の刃先、槌の一振りも全く迷いが無く数日前までの不調が嘘のように進んで行く。眼、鼻、口と見る間にお顔の表情が現れてきた。今までにこれほど思い通りに彫れた経験は無いと言ってもよかった。
仕事を面白いと思ったことはそれほど無かったが
今度ばかりは一時でも長くこの仏像を彫っていたい
ような感覚にとらわれた。しかし思いとは裏腹に見る見るお顔が仕上がって行くのだった。
驚くべき早さでお顔を彫り上げた弥勒はじっくりと
お顔を見直した。
「これを私が彫ったのか」
まさに思い通りに彫りあげられたその出来栄えに弥勒は我ながら驚くのだった。手直しが必要と思われるところは無かった。
彫りの作業の最後は背繰りである。
材の乾燥に伴う干割れを防ぐために背中から大きくえぐり取って空洞を作り蓋をするのである。今回は内繰りも丁寧に彫りたいと思い時間をかけて綺麗に仕上げた。
そして取ってあった別の材で蓋を作り隙間なくはめ込んだ。
翌日からは表面の仕上げに取り掛かった。削り残しや細かな凸凹を小さな刀で整えて行く。弥勒はいつもその上に木賊の乾燥したもので表面を削ることにしていた。


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