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【小説】弥勒奇譚 第九話

翌朝、不動に連れられ仕事場に向かった。龍穴社を出て川沿いに上って行くと道の右側の少し高くなった場所にその家はあった。
敷地の道側に家が建っていて奥には広くは無いが庭があった。
庭に出て左手に水場があり水場から山側に向かって山櫻が数本植わっていた。
空き家だと言っていたが良く手入れされていた。
一歩入ると広い土間になっていてすぐの右手には
炊事場があった。左手の手前には広い部屋があり作業場として使えそうである。
左手奥は小上がりの座敷になっていて寝泊りはここで十分であった。
「いかがかな、里の衆が顔を出すので用事は言いつけてくだされ。
私も顔は出すが」
「ありがとうございますここならば十二分に腕が揮えそうです。
一人暮らしは慣れておりますのでお心遣いはご無用に願います」
家の庭に出て水場を確認し何気なく龍穴社の方を振り返った。
快晴の冬空に稜線が際立っている。
弥勒は思わず驚きの声を上げた「これだ。ここだったのだ」
そこには夢と寸分違わぬ景色が広がっていた。
弥勒はめまいを感じその場に座り込んでしまった。
「弥勒殿どうされた」
不動が心配そうにのぞきこんでいるが返事をしようにもうまく言葉が出ない。ようやく気を取り直して立ち上がり不動に夢の話をした。
「それはまた不思議な話じゃな。この家には私のところで禰宜をしておった男とその妻と若い娘が住んでおったのだがその娘が事故で亡くなってな。落胆したんじゃろう、夫婦は間もなく行方知れずになってしもうた」
「事故とはどのような」
「もう十年も前になるか、龍穴社で雨乞いの祭礼をとり行っている最中に突然落雷があり、その折に雷に打たれて亡くなったのじゃ。
雷に打たれたと言うのに傷一つ無くまるで生きているかのような様子であった」
「里の衆は龍神様に招かれたのだと噂しておったがな」
「夢に出てきた少女なのだろうか。でもなぜ私の夢に出てくるのだろう。一つ謎が解けたと思ったのだがまた謎が増えてしまった」

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