【アドラー心理学】劣等感を抱える人へ
皆様こんにちは
幼い頃から「何もできないヤツ」の烙印を押されてきました
モミでございます(´・ω・`)
お恥ずかしい話ですが、私は幼い頃から「どんくさい」「何をやらせてもダメ」と言われ続けて育ちました。今でも言われていますが…
私以外の読者の皆様の中にも、そんな劣等感に悩む人はいらっしゃるのではないでしょうか?
「なんで俺じゃなくあいつなんだ」
「わたしってどうして何もできないの?」
そんな風に悩む方々にうってつけのお話となっております
アドラー心理学の「劣等」
近年のアドラー心理学ブームにより、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ここではわたしなりにアドラー心理学でいう「劣等」について考察させていただきます
まず、アドラー心理学では、劣等には3つの種類があります
それは、「劣等性」と「劣等感」と「劣等コンプレックス」の3つです。これら3つはそれぞれ別の概念となっております
まず、劣等性とは客観的に見て何らかの点で劣っている事を言います
皆様がよく聞く劣等感とは、主観的に見て自分を劣等であると感じている事です
劣等コンプレックスとは、劣等感を対人関係上の道具として他者に対して誇示することをいいます
アドラー心理学では、この3つの内「劣等感」について特に強調しています
アドラー曰く、「他者と自分を比較して、自分より劣等であると判断して持つ感情」というより「自分についての理想(誇大感、万能感)と現状評価との間のギャップ・分裂」を劣等感としてとらえているそうです
他人と比べる
我々が抱く劣等感のイメージは、「自分はあいつに比べてできないやつなんだ」という感情が主です。しかし、アドラー心理学では、それは「劣等性」であり「劣等感」ではないようです
これ、すごく大切です
我々は毎日のように誰かと比べ合い競い合っています。受験・就職・業績・恋愛と、挙げればきりがありません。その競争の中で、我々は評価を受けますね。
この評価は他者と比べた「結果」に過ぎないのですが、我々は「他者と比べた結果、自分がどう思うか」という主観に基づいて評価されることを捉えがちです
つまり、本来「劣等性」であるものを「劣等感」にしてしまうのです
劣等感は自分を責めることになります。そんな「できない自分」であっても、社会で生きる以上どうしても人間関係の中で生きなくてはなりません
アドラー心理学のキーワードの1つは対人関係です。我々はつい他人に合わせるために他人と自分を比べ、できない自分を認識して自分を責めます
出来なくたっていいのではないでしょうか?
「何かができない」というのはあなたの個性です。決してあなたや誰かの意見や感想ではない
何かができないという感覚、劣等感を対人関係に持っていくと、今度は「劣等コンプレックス」を抱きやすくなるのです
対人競争
現代の競争社会では、他者と比べていい気分になったり落ち込んだりします
そして、自分よりも結果を出せている他者をみて思うのです
「自分もいつかああなりたい」
しかし、今のあなたではそこまで手は届かない。
そんなあなたは、なりたい自分・理想の自分になるために努力します
こういうのを目標追求性といい、自分の現状を見て理想の自分とそこまでできない自分とが共存しているのです
たいていの場合、理想の自分とは他人と比べてできている自分が理想自己になりがちです
競争社会であれば仕方ないかもしれません
ですが、そんな風に他者と比べた自分にばかり意識が向くと、「自分は何がしたかったのか」を見失いかねません
どうして私にはこんなことが出来ないんだと責める前に、「それは自分の真にやりたい事なのか?」と自問自答してみましょう
競争社会から抜け出した、柔軟な考え方ができるようになるでしょう
人生の主役はあなた
心理学を専攻している事を他人に話すと「じゃあ他人のことを操れるのか!すごい!」なんていう方がいらっしゃいます
そもそも、自分を変えられるのは自分のみであり、他人を変える手段などないのです
言い換えれば、あなたの人生はあなたのものであり、決して他人を変えることが出来ないという事になります
他人と比べて自分を作り上げようとしても、その間に他者は変わってしまいます。そのとき、その場には他人に合わせて自分を見失ったあなたがいるだけです
ならば、あなたが劣等感から解放され、あなた自身があなたらしく変わっていくほかありません
自分の言動が変われば、後で他人もきっと変わります
他者からの評価で自分を見失うのではなく、自分がいまできる事から自分を変えていくことが大切というのがアドラー心理学の教えでもあります
私も他者と比べてできないヤツです。なので、とりあえずこうして「今できる事」を精一杯やっています
一緒に頑張りましょう!
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