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「人間にしかできない動作」を学習して再現するロボットって?筑波大学准教授の境野翔さんと語ってみた【コモさんの「ロボっていいとも!」第18回】


こんにちは、コモリでございます。

おひるやすみはロボロボウォッチング、ロボティクス業界のキーパーソンの友達の輪を広げるインタビューコーナー「ロボっていいとも!」のお時間となりました。

前回のゲスト、特定国立研究開発法人理化学研究所の吉野幸一郎さんには、人間らしさを司る心と言語の関係や、心の謎を解くアプローチとして自然言語処理がどのように役立つか、AIが人と「対話」をするには何が必要なのか……といった興味深いお話をたくさん聞かせていただきました。

今回のゲストは、人間支援ロボットに関する制御の分野がご専門で、吉野さんより「それまでの常識を覆すような研究に取り組んでいる」と、心躍るご推薦をいただいております。

それでは早速お呼びしましょう。本日のゲストは吉野幸一郎さんからのご紹介、筑波大学准教授・モーションコントロール研究室の境野翔さんです!

“力み”の解放を求めたパワフルな思春期

コモ:まずは、幼少期のお話から聞かせてください。昔からロボットは好きでしたか。

境野:いえ、そこまで興味はなかったです。小さい頃から宇宙への憧れが強くて、宇宙飛行士か天文学者になりたいなと思っていました。あとは、野球選手ですかね。

コモ:ロボットよりロケット派だったんですね。ということは、メカニックな世界に抵抗はなかったと?

境野:はい、バリバリの理系でした。偏差値でいうと、文理で30近く差が出るレベルには(笑)

コモ:なんと極端な!(笑) ロボットに興味を持ったきっかけは、いつ頃だったか覚えていらっしゃいますか。

境野:よく覚えています。高校3年生で、ASIMOを初めてテレビCMで見たときです。工業的な用途ではない、二足歩行のロボットが実現していることに衝撃を受けました。マンガでよく見てきた「人とロボットが共生する世界」が、いよいよ現実のものになってくるのかと、ワクワクしましたね。

コモ:本田技研さんのASIMO、発表された時には私も心躍りました。境野さん、マンガはよく読まれるのですか?

境野:めっちゃ好きです! 子どもの頃からよく読んでいました。

コモ:特に思い入れのある作品は?

境野:『ドラゴンボール』シリーズは自分のバイブルですね。あとは『グラップラー刃牙』などの筋肉モリモリなバトル系のマンガも愛読していました。中高生の頃は影響を受けすぎて「力こそパワー」的な思想に染まっていたので、大学受験の前までは筋トレばかりやっていましたね(笑)

コモ:今のアカデミックなイメージとはだいぶ離れてますねぇ。

境野:そう見えるかもしれませんが、筋トレと研究って案外通じているのではないかと。どちらも地道にやっていけば、確実にレベルアップしていける道なんですよね。どちらも日々の積み重ねが裏切らないところが、性に合っているなと感じています。

研究者への道のり、その過程には大切な出会いが

コモ:大学は慶應義塾大学の理工学部に進学されていますが、この頃には「ロボットに携わりたい」という思いがすでにあったりしましたか?

境野:入学前はそこまでなくて。宇宙旅行士になることは諦めていたのですが、宇宙への憧れはまだ根強く、ロケットのエンジニアなどもいいなあと夢想していました。

ただ、入学した後にいろんな授業を取ってみて、ロボット関連の技術がものすごいスピードで進歩していることを知って。いま飛び込むならこの領域のほうが楽しそうだと感じて、少しずつロボットの世界に引き込まれていきました。

コモ:現在、境野さんは制御の分野をご専門とされていますが、そこに至ったきっかけは?

境野:一番のきっかけは、学部生から博士課程まで指導教員だった大西公平先生との出会いですね。大西先生に制御の基礎やハプティクス(*)の面白さ、この技術の進歩がもたらす社会的な意義などを教えてもらったことが、現在の研究でも土台になっています。

(*ハプティクス:利用者に力、振動、動きなどを与えることで皮膚感覚フィードバックを得るテクノロジーのこと)

コモ:恩師と呼べる方との出会い、素敵ですねぇ。

境野:あと、私が学部生の時に、大西研究室に所属していた先輩、辻俊明先生の存在も大きかったなと。触覚信号処理やロボットの自律動作生成などを専門としていて、お好み焼きをひっくり返すロボットなど、革新的でユニークなロボットを作られています。

コモ:これはアプローチ的にも、どことなくアールティさんの「からあげロボット」に似た雰囲気を感じますね……!

境野:辻先生とはアプローチしている分野が近しいこともあって、今でも共同研究をしているんですよ。「うるさい、うっとうしい」とかよく言われていますが(笑)、感情論を切り離した話ができる先輩で、研究者としてリスペクトしています。

初見の消しゴムを難なく使う──ロボットにとっての大きな壁を超えるための研究

コモ:2011年に博士課程を修了された後は、埼玉大学の理工学研究科の助教に着任されていましたね。

境野:はい。埼大には8年間在籍して、主に油圧モータの共振抑制制御などの研究に打ち込んでいました。

コモ:そして、2019年から筑波大学に移られたと。今はどんな研究に注力されているのでしょうか。

境野:分かりやすく言うと「ロボットが人間社会で、人間と同様の動きができるようになるため」の研究をしています。

コモ:ロボットが人間と同様に動けるようになるには、どんな壁があるのですか?

境野:人工知能がものすごく発達して、身の回りの環境をうまく認識できるようになったとしても、それだけではロボットってうまく動けないんですよ。なぜなら、現実の世界があまりに多様かつ微妙な変化に富んでいて、「システムをモデル化して制御系を設計する」といった従来の手法が通用しないからなんです。

コモ:「多様かつ微妙な変化」というのは、場所によって温度や湿度が違ったり、風が吹いていたりといった、環境の影響などのことでしょうか。

境野:それもあります。あとは、たとえば「消しゴムを使う」といった動作ひとつとっても、現実の世界にはさまざまな種類の消しゴムがあって、それぞれ大きさや固さなどが全然違いますよね。しかも、使用者が立っているのか、座っているのかでも、力の入れ方は変わってきます。

人間なら初めて見た消しゴムであっても、立っていようが座っていようが、なんとなく掴んで固さを把握しながら適切に使うことができます。けれども、それはロボットにとっては非常に難しいことなんです。

コモ:線形に設計しようとすると、あらゆる消しゴムの形状や、あらゆる体勢での力のかけ具合などをすべてデータ化して覚えさせなくちゃいけない。たしかにそれは不可能に近そうです……。人間が無意識に行なっている動作の中にこそ、ロボットがなかなか超えられない壁があるのですね。

境野:逆に言うと、「人間が無意識で行なっている動作」の勘所を掴んで制御系に組み込むことができれば、ロボットが汎用性の高い動作を獲得できて、SFで描かれてきたような「体を持ったロボットが人間と共生する世界」の実現にグッと近づけると考えています。

バイラテラル制御×ディープラーニングで実現する「人間らしい動作」のトレース

境野:ロボットに汎用性の高い動作を学習させるために、私たちの研究室ではバイラテラル制御を活用しています。

コモ:バイラテラル制御、とは?

境野:ロボットの遠隔操作手法のひとつで、2つの装置間で動きをシンクロさせる技術です。この技術とディープラーニングをかけ合わせて、人間の柔軟な動作をロボットに学習させて再現する実験をしています。こちらの動画を見ていただくと、わかりやすいかなと。

コモ:双腕のアームで豆腐を掴んで運ぶこともできるのですね!

境野:ちょっと専門的な表現になりますが……あらゆる動作は、どんな環境下でも指令された位置にたどり着こうとする「硬い制御=位置制御」と、適切な力加減になるよう調整する「柔らかい制御=力制御」の組み合わせで表現できます。これを「位置情報」と「力情報」としてそれぞれ座標変換して制御器に入力することで、ロボットでも再現可能になります。

人間らしい自由な動きに近づけるには、後者の「力制御」のコントロールがカギとなるのですが、そこをバイラテラル制御×ディープラーニングでなんとか上手くデータ化している……といった仕組みになっています。

コモ:人間が無意識で行なっている制御を、人間のリアルな所作からロボットに学習させているのですね。

境野:今はこの仕組みを使って、ロボットが線を引くために定規を使ったり、ホワイトボードに書かれた文字を消させたりと、さまざまな道具を用いた動作にトライしてもらっています。

コモ:すごい、どんどんいろんな動作がロボットにもできるようになっているんですね! 画像認識AIや動作生成AIなども導入されていて、まさにこれまで積み重ねられてきたロボティクス技術の結晶なのだなと感じました。

境野:なかなか思うような成果が得られない時期もありましたが、バイラテラル制御を活用し始めてから、やりたかったことが少しずつ形になってきました。私もこれから先がとても楽しみです!

自由に動けるロボット、実現した先に望むのは「やらなくてもいい肉体労働のない世界」

コモ:先ほど、研究の目的については「ロボットが人間と同様に動けるように」と話していましたが、「10年後に社会がこうなっていたらいいな」といった目指したいビジョンなどは、何か描かれていますか。

境野:もっと先の未来になりますが、個人的には「世界から人間がやらなくてもいい肉体労働をなくすこと」を目標にしています。

コモ:とても壮大な計画です……!

境野:技術の進歩を鑑みると、人と時間とお金さえあれば、人のように動く汎用ロボットができると信じています。自分の研究によって、少しでもその時を早めることができればいいなと思っています。

10年後には街中で、人と協働するようなロボットが見かけられるようになっていたら素敵だなと。その段階を見越しつつ、いま吉野(幸一郎)先生とも何か一緒にできないか、と相談しているところです。

コモ:たしかに、吉野さんが研究されている「ロボットの心」と、境野さんが研究されている「ロボットの動作」が組み合わされば、SFで描かれてきた人型ロボットがいよいよ実現しそうです!

境野:あと、バイラテラル制御は「人から機械」への方向性だけでなく、「人から人」への方向性にも応用できると思っていて。人間が人間を遠隔操作することで、動作学習に役立てられるのではないかなと、いろいろと実験をしています。

コモ:なるほど。「ある動作ができる人」の体の動かし方を「できない人」がトレースすれば、それは効果的な学習になりそうですね。

境野:電気刺激で動かしているので、とくに体の不自由な方のリハビリなどには有効活用できるはずです。体の一部を動かす単純な動作だけでなく、全身を用いた複雑な動作にまで対応できるようになれば、もっと活用の幅が広がると思います。こちらも10年後には、何かしらの形で社会実装できたらいいなと。

コモ:とても興味深い技術です。もしかすると、映画『マトリックス』で描かれていたような、カンフーの体術やヘリコプターの操縦スキルがデータ化されて脳にインストールできる……なんて未来もそう遠くないのかもしれないな、と感じました。10年後がますます楽しみです!

さ〜て、次回のお友達はー?

コモ:大変名残り惜しいのですが、終わりの時間がやってきてしまいました。最後は恒例の「お友達紹介」です。境野さん、どなたをご紹介いただけますか?

境野:すでにお声かけしているのですが、早稲田大学次世代ロボット研究機構主任研究員の森裕紀先生にぜひバトンをお渡しできたらと。バイラテラル制御とディープラーニングを組み合わせる発想は森先生らの研究から得ています。大学での研究だけでなくロボットの社会実装を目指してさまざまなチャレンジをしている姿に、いつも刺激をもらっています。

コモ:森さんに何か伝言があればぜひ!

境野:自分で農地を持って農業ロボットの開発をしているのは本当にすごいと思います。いつかそこで収穫できたトマトを食べさせてください!

コモ:本日のゲストは境野翔さんでした。どうもありがとうございました!

皆様、次回もお楽しみに 😎
※これまでの「ロボっていいとも!」は、こちらからお読みいただけます!

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