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創作にドラマあり 厳選記事集

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2020年12月4日~2021年1月8日にかけて、noteとUnity Japanで実施したお題企画「#創作にドラマあり」において、選者であるUnity Japanが厳選した記事…
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#エッセイ

100日間マンガを描いたら、キャラクターがこちらに語りかけてきた

水島新司は、原稿を描き終えるまで、そのストーリーに出てくる試合がどんな結果になるのかわからないらしい。 浦沢直樹は、自分のマンガのキャラクターがいつも勝手な行動を取るので困ってしまうそうだ。 「左ききのエレン」のかっぴーさんはインタビューで、「脳内にいるキャラクター達が会話しているのを聞いてセリフに書いているだけ」と言っていた。 いや、さすがに無理あるでしょ 正直そう思ってました。物語やキャラクターは作者の頭の中から生み出されるものなのだから、キャラクターの発する言葉はお

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姉ちゃんの夢を勝手に追いかけたらいつの間にか一人で歩き続けてた

ロボットコンテストで見た息子の成長

 息子が小学5年生の頃。夫が審査員を務める、地域のロボットコンテスト(通称:ロボコン)に好奇心を抱き、参加したがった。  2人一組が基本で、小学生は親子で参加する子も多かったけど、息子は同級生と参加することにした。  与えられた最低限の道具に、条件内でならプラスしても良いけど、息子の友達も息子も、なかなか特別なアイディアが浮かばないようだった。  日々、ウチで待ち合わせては、二人で作る。  でも元々、学校から帰ったら一人で遊ぶか、私と遊ぶかを選ぶタイプの息子。仲が良い友達とも

売れない漫画家である私が30年漫画家を続けてこれたワケ

あんまり大きな声では言えないけど、実は私… 漫画家としてデビューして30年も経ってしまいました。 普通の作家さんなら「30周年おめでとう」とか労いの言葉を受け取れるのかもしれないけれど、「おめでとう」なんて言葉、絶対受け取れない。 だって、なんてったって、私はずっと「売れない漫画家」なのですから。 「売れない」ということは漫画家として…社会人として…人間として恥ずべきことであり、いつまでたっても何も成し遂げていない中途半端な人生を歩んでいるのでは…と、いつでも不安でした

息子がお菓子づくりが好きになったきっかけはジブリとチョコレート

今回は創作にドラマをということで クリスマスにぴったりな1品を 作った時のドラマをご紹介! 我が家の息子はおかし作りが嫌いだった。 何が嫌いって コンビニで売っているお菓子は どれも美味しく買えばすぐに食べられる。 なのにわざわざお菓子を作るのが 時間がもったいないと思っていたのだ。 ちなみに我が家の息子は6歳だ。 6歳でなんでこんな考え方になったんだ。 そこには普段のお菓子に囲まれる生活にあった。 息子はお菓子がだいすきで 妻の知らぬ間におばあちゃんが買ってくる

娘の作った物語が私の心を強くした

「私、今生きてるなぁ。」 思わず呟いてしまった今日この頃です。 数ヶ月前、病状が酷く 「これ以上生きていても家族に迷惑かけるから死んだ方がいい」 きっぱり、迷いなく思っておりました。 NHKで放送された 安楽死の番組を家族で拝見し 「私もこの人と同じ気持ちなんだよね…」 真面目に言いました。 本当に死に向かって一直線でした。 (筋痛性脳脊髄炎の患者さんは 自殺者が多いと後から知りました) 365日24時間 痛みやだるさ、考えがまとまらない しっかり診てくださる病院はない

【#1-1】ロケの手ごたえゼロだった「水曜どうでしょう」の新作は、なぜ、おもしろかったのか

嬉野珈琲店へようこそ。 マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。本日は、「水曜どうでしょう」でおなじみの人たちとのお話です。 2年間も編集を放置していた「水曜どうでしょう」の新作さて、気がつけば今年も師走の風が吹き、はや12月、2020年は、まもなく終わろうとしていますね。

noteで出来た仲間と一緒に何かを作る「ドラマ」と一人じゃ出なかった「アイデア」の話

おとといから始まった「 #創作にドラマあり 」というタグ。私のためにあると思った。2カ月ちょっとの間にたくさんの方と共作させて頂いて、そこには一つ一つのドラマがあったのだから。そして、決して一人では出ることのなかった新しいアイデアもあった。 描ききれてない方、書ききれていない方 たくさんいらっしゃいます。本当にゴメンなさい あと上の絵は自分だなと思ったら きっとあなたです。 ❋ ❋ ❋ 通常の記事であれば、結論が先。でもこの記事ではそれは私の意にそぐわないのです。その前

ずっと伝えることがこわかったけれど、裸のこころで書いてみた。(#読書の秋2020ポプラ社こどもの本編集部賞 受賞しました)

今年の5月頃って、ほんとうになんかわけがわからないほど、 くさくさしていて。 身近な人にやさしくできないでいて。 語調だって、無意識に乱暴だったと思う。 非常事態宣言が解けて、止まっていたものが 動き始めますっていう時期だったから。 じぶんでも、戸惑っていたし。 またなにかを1から築き上げたりするのは勘弁して ほしいって気持ちもあった。 来し方行く末っていうけれど。 ほんとうにわたしの来し方、つまり過去ってほんとうに なんだったんだっていう感情にまみれていた。 そ

マスターベーションの中のきらめきを写し取りたいだけ

文章を書く気力が萎えている。しかもけっこう長い期間。毎日毎日来る日も来る日も狂ったように何かしら言葉を紡いでいたわたしがよもやこんな気持ちになるなんて、と自分でも愕然としている。書いていないと落ち着かない、そんな気性の持ち主であったはずなのに。 小説やエッセイはまだいい。問題なのは仕事の方だ。物を書く仕事なのに書く気が起きないんじゃオハナシにならない。真っ先に疑ったのは、うつの再発だった。でも、やっぱり違うと思う。 あのときのような死の淵を漂っている感覚は、たしかにない。