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彼の牢獄

彼の牢獄
 彼は罪を犯した。その罪に対する刑は重く、懲役15年であった。その牢獄に、投獄されている間は、外出は禁じられており、食事だけ3度、運ばれてくるのである。生活に必要な物は、その中に用意してあった。看守は、幾度か外の魅力を囁き、彼の更生に対する熱意を引き出そうとしていた。その一連をくり返している内に、月日も過ぎていった。

 そもそも彼は”ひき逃げ”で捕まっていたのだ。それ故、道路、車、に対するコンプレックスは、彼の内で、拭い去ることができなかった。14年目の春、彼は最後の年を、牢獄で過ごしていた。その時になっても彼の心からは、道路と車のコンプレックスは、出所できる喜びとは別に残っていた。看守は、あと1年という僅かな刑期に至るまで、彼が尽力したその過去にも配慮をして、また彼にくり返し、”外の魅力”について囁いていた。彼を「まとも」にすることでその看守は、ポイントがひとつ上がることになっていたのだ。

 そして15年目の春、彼は外に出た。17歳の時に犯罪を犯した彼は、32歳になっていた。彼の両親はまだ元気で、彼をあたたかく迎えた。彼は涙を流し、その牢獄に入っていた間に来てくれた時のことも、深く感謝した。そして、家へ帰り、家族でご飯を食べた。笑顔で話す彼を見て両親は、安心していた。一人っ子なので、両親は、今後あんなことがないように、と案じていた。そして彼は、食事を済ませ、自分の部屋へ行った。部屋には、昔自分が使っていた机や、ベッドがそのまま置いてあった。彼は両親に感謝し、ベッドで横になっていた。

 しばらくして、散歩でもしてこようと、部屋を出て、玄関まで行った。”散歩行ってくる”と言い残し、ドアを開けた。すると、ガレージに父親の乗っている車が在るのを見付けた。途端に、彼は、15年前の妄想が頭を過り、道路に立っているのが怖くなってきた。”そう、もうあんなことをしてしまってはいけない..”と心に誓い、その妄想を両親に悟られないまま、素早く自分の部屋に上がった。それから、彼は精神不安定になり、その家から一歩も外へ出なくなってしまった。親は彼を気遣い、それはそれで、と大事に育て、彼もそれに甘えた。近所の人達は、その彼の家を”彼の牢獄”と呼んでいる。

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