鐘楼
教会の鐘が接収され、街のうわさは人を辿るようになった。
喪を、安息を伝え赤茶色の屋根がつらなる風景に木霊していた荘厳なレガートは消え失せ、鐘塔守は街路を幾つか跨いだ小家屋で馬具装飾の仕立て屋になった。
かつて鎮座していた住民が去り、伽藍と空間がこしらえられた鐘楼で、街の依頼で吟遊詩人たちが通りすがりに楽音を奏でるようになり、吹き抜けの尖塔内部は楽音を嚥下し、階下にも遅ればせながらに響いた。
戦地近くの村で 傷つき餓死せんとする老婆のかそけきふいご その上に降る雨を
河岸にて起こった憤怒に駆られる出来事を
こまっしゃくれた讃美歌を
銀色に淡く光る弦楽のクラスターのことを
とある学派が希求した蒼い石の言い伝えを
素朴な器楽音の旋律に調子をあわせ それらの詩歌を朗じた。
その鐘楼は 物語への乾きを感づる街の人々への求心力と慰めを備え
吟遊詩人のまなざしは 愚昧さや悪霊を遠ざける遠心力を放った。
教区のはずれで ひとり 老婆が佇み 想いにふけっている。
「戦地で旅立ったあのひととの記憶は
いつだってあの鐘の音と一緒だったさね。
頬が薔薇色に染まりおりし頃
あのひとをおもう私の耳のなかで鳴り響いていた小さな鐘の音
忘却の訪れが来ることなど ありはしない
胸のうちで打ち溶けた
時には遠くから木霊した鐘楼の鐘の音
そのふたつの鐘の響き
どんな詩歌もかなうもんかね」
そういって 竈の鍋に放り込む分だけ キノコをつみ終えると
薄暗くなりはじめている その空を今は静かな響きが満たしている 普段の家路についた。
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