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金の麦、銀の月(13)

第十二話 白い狐

次の土曜日、本を入手すべく、私は同期のみんなと図書館へ向かった。

色あせたベージュの建物はいかにも公営の図書館と言った感じではあるが、この辺りでは一番の蔵書数を誇っている。土曜日ということもあり、児童書コーナーは子供連れの家族でかなりの賑わいを見せていた。私も小さい頃からこの図書館に絵本や小説をよく借りに来ていた。

堀がフロアマップを見つけて指さした。

「たぶん、『理科・科学』の所にあるんじゃないかな。」

頷きながら指の先を見ると、今いる場所から歩いてつきあたりにあるようだった。踵を返して、歩き始めたところでみんなはあることに気づいた。阿部くんが居ないのだ。頭をめぐらせて辺りを伺うと、入口の新刊コーナーに釘付けになっている阿部くんを見つけた。

春日部さんもそれに気づいて笑みを零した。

「あの様子だと…。私たちで先に本みつけようか。」

だね。と半ば呆れたように肩を竦めた堀は、フロアマップの横に置いてあったバスケットをひょいと持ち上げた。

「どのくらい借りるか分からないけど、最低5冊は借りるだろうからカゴは持っとこう。」

そう言ってスタスタと先を歩いて行く堀を追いかけるようにして私たち慌てて歩き始めた。

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両手に本を抱えた阿部くんが私たちを見つけた頃には、女子分の本は選び終わっていた。阿部くんはというと、一通り読んだことがあるからと、最新刊だけ借りることにしたようだ。

阿部くんは七冊、他のみんなは一人三冊ずつ借りたものだから、カゴはいっぱいになった。受付に持っていくと一人の名義で十冊までしか借りれないと言われ、代表で堀と阿部くんが借りてくれることになった。

受付もかなり混みあっていたため、残りのメンバーは児童書コーナーの出入り口付近で待機することになった。その対面には一般書コーナーの出入り口があり、子供らの声で騒がしい児童書コーナーとは打って変わって静かな空気が流れている。

春日部さんと松下さんがお手洗いに行っている間、私は壁に寄りかかり、一般書コーナーの様子をぼんやりと眺めていた。

ポーン

と斜め後ろから音がして、エレベーターがこの階に止まった。私は何とはなしにそちらに顔を向け、降りてきた人物を見てあっと声が出かかった。

佐野先輩だった。

先輩、と声をかけようと右手を伸ばしかけたが、その次の言葉が出てこなかった。

楽しそうに笑う先輩のすぐ後から、一人の女の人が降りてきたからだった。

空を切った右手の指先が少し冷たくて、私は左手でそっと包んだ。とくとくと耳の中で鳴る心臓の音もとても虚しく聞こえる。

───先輩の後について、本棚の向こうに消えていったその女性は私がよく知る人だった。どこか白い狐を思わせる静かな美しさを纏った、映画館の常連客。

名前すらもはっきりと覚えているその人は、雪のように静かに私の心に舞い込んできた。



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◈主人公◈

中原美月(なかはら・みづき) 
26歳 会社員・作家
ペンネーム 月野つき
大学時代のサークル 文芸サークル

佐野穂高(さの・ほだか)
27歳 作家・ライター
ペンネーム 穂高麦人
大学時代のサークル 演劇サークル

◈登場人物◈


18歳(当時)
工学部
所属サークル 文芸サークル
趣味 ゲーム

春日部さん
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

松下さん
18歳(当時)
文学部
所属サークル 文芸サークル

阿部くん
18歳(当時)
理学部
所属サークル 文芸サークル

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