VTuberの歴史②にじさんじ革命
2017年以前にデビューして人気となった四天王は、以下の5名であった。
2016.11.29 キズナアイ(Activ8株式会社がサポート)
2017.8.12 電脳少女シロ(株式会社アップランドが運営)
2017.10.27 ミライアカリ(株式会社DUOが運営)
2017.11.8 ねこます(個人勢)
2017.12.4 輝夜月(個人勢/サークル)
詳しくは前回の記事をご覧ください。↓
2018年には、後のVTuber業界に多大な影響をもたらす様々な事務所、グループ、エージェンシーが誕生している。
2018.2.7 にじさんじ(いちから株式会社)
2018.3.6 ゲーム部プロジェクト(株式会社バーチャルユーチューバー)
2018.4.9 ENTUM(株式会社DUO→ミライアカリ運営)
2018.5.4 .LIVEアイドル部(株式会社アップランド→電脳少女シロ運営)
2018.5.13 ホロライブ(カバー株式会社)
2018.5.31 upd8(Activ8株式会社→キズナアイをサポート)
2018.5.31 有閑喫茶あにまーれ(ラボット株式会社)
2018.7.11 ハニーストラップ(ラボット株式会社)
2018年の業界3強は、以下のようであった。
①キズナアイ擁するupd8(Activ8株式会社)
②電脳少女シロ擁する.LIVE(株式会社アップランド)
③ミライアカリ擁するENTUM(株式会社DUO)
加えて、この時期さまざまなVTuber配信プラットフォームが誕生した。
ブームに際して真に成功するのは、活動者ではなく活動場所の提供者だというのはよく語られている。
それに基づき、多くの企業がプラットフォームづくりに邁進した。
2018.8.1 REALITY(REALITY株式会社→グリー株式会社の子会社)
2018.10.3 カスタムキャスト(株式会社ドワンゴ、S-court株式会社)
2018.10.4 IRIAM(株式会社DUO→ミライアカリ・ENTUM運営)
2018.10.23 トピア(株式会社アンビリアル)
また、以前から配信サービスを提供していた企業も動き出す。
SHOWROOM(SHOWROOM株式会社→DeNA関連会社)
Mirrativ(株式会社ミラティブ→社長が元DeNA役員)
ニコニコ動画・ニコニコ生放送(株式会社ドワンゴ)
にじさんじとホロライブも当初はプラットフォームアプリであったが、途中で断念し事務所運営へと移行した。
※ホロライブ擁するカバーは現在もプラットフォーム開発を行っている
2022.12.26. ホロアースβ版リリース(カバー株式会社)
このように、2018年頃はVTuber活動、事務所運営、プラットフォーム運営の3者すべてにおいて群雄割拠が発生した。
その中で、特に資金面で影響力を持った2つの大手企業が存在した。
①株式会社gumi
・2007年設立のゲーム関連企業(東証プライム上場)
・キズナアイおよびupd8擁するActiv8株式会社を支援
・ゲーム部プロジェクト擁する株式会社バーチャルユーチューバーを支援
・後にホロライブ擁するカバー株式会社を支援
②グリー株式会社
・2004年設立のゲーム関連企業(東証プライム上場)
・REALITY株式会社を子会社に持つ
・ゲーム部プロジェクト擁する株式会社バーチャルユーチューバーを支援
・後にホロライブ擁するカバー株式会社を支援
この激動の時代を区分するにあたり、月ノ美兎がデビューした2018年2月7日を起点とし、とある事件が起こる前日の2019年5月24日までを「にじさんじ革命」とする。
この時代の特徴は、リスナー側から絶大な人気を誇ったにじさんじが、業界(=他事務所および他企業)から嫌われていること。
※嫌われているという言葉は良くないが、つまりは商売敵ということである
阪神と巨人の仲が悪いみたいなものである
にじさんじは顧客に人気があるために客寄せパンダとして歓迎されるが、企業に嫌われているため業界の主導権は奪われ続ける。
VTuber業界になぜそのようなブラックな事情が生まれたのか。
それは、バーチャルYouTuberの定義の対立による。
にじさんじ革命【2018.2.7~2019.5.24】
アイドル部(.LIVEの内部グループ)
電脳少女シロを運営する株式会社アップランドは、2018年3月に「世界初ユーザー参加型バーチャルアイドル声優オーディションexit」を実施した。
合格メンバー12人が同年2018年5月4日に、.LIVE内のグループ「アイドル部」としてデビューする。
オーディション名からも読み取れる通り、当時のバーチャルYouTuberはキャラクターを指す言葉であった。
そのため、声優としての募集であり、活動内容や動画内容は運営の強いプロデュースのもと決定されていた。
すなわち、キズナアイも含めて、運営側は担当声優の自我を抑制しており、まさに「YouTuberになったアニメキャラ」を理想としていた。
にじさんじ
一方、アイドル部オーディションの実施から遡ること1ヵ月、とある事務所が活動を開始した。
いちから株式会社(現:ANYCOLOR株式会社)によって運営される事務所、「にじさんじ」である。
「にじさんじ」はこの時点では、事務所名ではなく、アプリ名であった。
いちから株式会社は2018年1月11日に、スマートフォンアプリ「にじさんじ」の、公式配信声優の募集を開始した。
アプリ「にじさんじ」とは、顔認識システムで自身の表情をキャラクターに投影し、動画配信を行うサービスである。
このアプリは「Live2D」と呼ばれる、2Dアニメーション技術によって、誰でも美少女バーチャルYouTuberになれると銘打った。
このアプリ「にじさんじ」は元々は一般リリースを想定しており、月ノ美兎などのLive2Dモデルはサンプルモデルのキャラクターであった。
そのため、アプリ「にじさんじ」の声優はアプリの広報担当(テスター)としての役割を担っていたが、アプリ審査の難航による開発長期化のうちに、VTuberブームが到来した。
いちから株式会社は業界の流行を掴み、「にじさんじ」をVTuber事務所としての名称へと切り替え、デビューさせた声優をVTuberとしてサポートすることに始めたのである。
四天王の運営をはじめとした先駆者たちは「バーチャルYouTuber」を「3Dモデルを用いたアニメ風動画投稿者」だと捉えていた。
それに対し、にじさんじの活動者は「2Dモデルを用いて、ライブ配信を積極的に行う配信者」であった。
いちから株式会社はにじさんじの活動者を「バーチャルYouTuber」として定義したが、四天王ら先駆者の運営や、そのリスナーの一部はそれを受け入れなかった。
にじさんじの活動者は「ニコニコ生放送での配信者」的であり、俗人的な存在であった。
対する四天王は「生きたアニメキャラ」という非日常の存在である。
既存の「バーチャルYouTuber」業界は、高尚な理想化された存在を求める。
よって、にじさんじはVTuber業界において、邪道とされた。
「ニコ生主がバーチャルYouTberを名乗るな」
「絵(Live2D)がバーチャルYouTuberを名乗るな」
このような批判が、にじさんじを攻撃し続けた。
しかし、JK組をはじめとする活動者は新たな視聴者層から人気を集め、一定の影響力を持つようになっていった。
JK組とは、にじさんじ所属の3名、
月ノ美兎(つきのみと)、静凛(しずかりん)、樋口楓(ひぐちかえで)
のコラボユニットの通称である。
彼女らは、にじさんじにおいて長らくチャンネル登録者数上位3名であり続けたため、事実上の「にじさんじの顔」として広く認知されている。
にじさんじの人気は、ニコ生主のような配信能力の高さ、運営の放任主義による何が起こるか分からないという面白さ(治安の悪さ)が大きかった。
この「治安の悪さ」とは、炎上商法という意味ではない。
声優がキャラクター設定を逸脱することで起こる「キャラ崩壊」である。
月ノ美兎は清楚な委員長というキャラクター設定があるにもかかわらず、運営の放任主義のために化けの皮が剥がれることをネタとして演出することで話題を呼んだ。
それまでVTuberを「アニメの亜種」だと認識していたリスナーに、「キャラ崩壊」というインパクトを与えることで、「アニメの裏側が見える面白さ」が発生したのだ。
そして、リスナーが「キャラ崩壊」を容認する空気観がにじさんじ内に定着していき、配信の自由度が増したことで、更なる人気の高まりを生んだ。
※ほんひまや笹木、ギバラなどは次回扱いたいと思っていますのでご安心を
IPビジネス(キャラクタービジネス)の視点で考えれば、キャラクター設定を破ることは禁忌である。
夢の国でミッキーの中に人がいることを指摘してはならない。
そのため、当時のVTuber運営は、キャラクター設定を遵守することを声優に義務付けた。
月ノ美兎が行ったことは、そのビジネススタイルの否定であった。
ここから、「キャラクターVTuber」としての既存勢力と、「配信者VTuber」としての新規勢力によるせめぎ合いが始まった。
にじさんじとアイドル部
ここでVTuber業界を二分する出来事が起こる。
先ほど述べた、株式会社アップランドによるアイドル部オーディションの開催である。
株式会社アップランドにとって不運なことに、アイドル部の始動よりも前に、にじさんじは一定のファンの獲得に成功していた。
これはつまり、VTuber事務所のあり方のスタンダードを先に作られてしまい、にじさんじの比較対象にされてしまったことを意味する。
にじさんじのファンは、アイドル部のオーディションの「声優」という言葉に違和感を覚える。
このとき既に、にじさんじは声優の自我が容認されており、活動者が強い裁量権を持っていたからである。
したがって、にじさんじファンは運営主導で作られたアイドル部に不信感があり、アイドル部ファンは放任主義で俗っぽいにじさんじを嫌う傾向にあった。
アイドル部はにじさんじの人気を受けて、ライブ配信を主軸に置く方針を取るも、両事務所が全面的に友好関係になることはなかった。
「Live2D×ライブ配信」を嫌っていたファンや業界は、同様の施策を選択したアイドル部には甘かった。
それは、アイドル部の親玉が四天王の一角、電脳少女シロだからであり、反にじさんじの旗頭となり得るVTuberだったからである。
※人間関係的な仲が悪いという意味では一切ない。企業同士の市場競争での話である。
ゲーム部プロジェクト
そして、この時代のVTuber業界を席巻するグループが2018年3月6日にデビューすることになる。
株式会社バーチャルユーチューバー(現:株式会社Brave group)が主導する「ゲーム部プロジェクト」というVTuberグループである。
メンバーは、
夢咲楓(ゆめさき かえで)
・真ん中の茶髪の女子
・ゲーム部の部長にして創設者
道明寺晴翔(どうみょうじ はると)
・奥の黒髪の男子
・投稿する動画のサムネイルや動画編集などを担当
・同じくVTuberとして活動する妹・道明寺ここあがいる
風見涼(かざみ りょう)
・左の銀髪の男子
桜樹みりあ(さくらぎ みりあ)
・右のピンク髪の女子
というように、高校生としての完成されたキャラクター設定を持つ。
「キャラクターVTuber」の代表格である。
視聴者は彼らが高校生であることに疑問を持たない。
※ドラえもんがロボットであることに疑問を持たないのと同じように
運営や企画、編集を全て4人で完結させている設定であり、一切のボロを外に出さない。
キャラクター自身が、自分が登場するアニメ動画を制作し投稿する。
それはさながら「本当に生きたアニメ」であった。
ゲーム部は3Dモデルを用いたショートアニメーションを手掛けて人気を博し、瞬く間にVTuber業界の流行の中心となった。
ゲーム部の総再生回数がキズナアイに次いで、VTuber業界で2番目になったことが話題となるほどであった。
その実態、彼らの「声優」は高校生ではない。
脚本は声優ではなく運営が担当しており、声優はただの演者であった。
そしてこれは、業界の「反にじさんじ派」が考える理想であった。
株式会社gumiやグリー株式会社はここに積極的に投資を行い、運営主導型「キャラクターVTuber」の旗頭として扱った。
活動開始を時系列順に並べると、
にじさんじ(2月頃)→ゲーム部(3月)→アイドル部(5月)
となっている。
ENTUM
2018年4月9日、ミライアカリを運営する株式会社DUOが、VTuber事務所「ENTUM」を立ち上げた。
ENTUMには自社のミライアカリや、業界最前線の猫宮ひなたが所属した。
また株式会社DUOは、同年2018年10月4日にはVTuber配信プラットフォーム「IRIAM」をリリースし、VTuber業界の主役の1つとしての立場を確立した。
ホロライブ
2018年5月13日、カバー株式会社がVTuber事務所「ホロライブ」を立ち上げた。
ホロライブとは、当初は事務所名ではなく、AR(拡張現実)投影用のスマホアプリの名称だった。
2018年4月5日にLive2Dを用いるVTuber配信用アプリとしてリニューアルが実施され、自社アプリを利用するVTuberがデビューした。
カバー株式会社は自社アプリを用いてデビューしたメンバーを「ホロライブ1期生」と呼称したことで、「ホロライブ」が事務所名として使用されることとなった。
なお、カバーは1期生以前にときのそらとロボ子さんの2名を既にデビューさせている。
ホロライブが目を覚ますのは、まだ先のことである。
upd8
2018年5月31日、キズナアイのサポート業務を行うActiv8株式会社が、VTuberエージェンシー「upd8」を立ち上げた。
事務所やグループのように自社VTuberではなく、他者VTuberや個人勢のサポートを中心に行う事業を「VTuberエージェンシー」と呼ぶ。
キズナアイは勿論のこと、おめがシスターズ、YuNi、織田信姫など、多くの影響力のあるVTberが参加し、まさしく業界の花形であった。
あにまーれとハニスト
2018年5月31日、ラボット株式会社(現:774inc.)がVTuber事務所「有閑喫茶あにまーれ」を立ち上げた。
いちから株式会社が運営に協力をしていたため、「にじさんじの妹分」というキャッチコピーがあった。
2018年7月11日、ラボット株式会社(現:774inc.)がVtuber事務所「ハニーストラップ」を立ち上げた。
「有閑喫茶あにまーれ」のライバル事務所として位置づけられた。
あにまーれは因幡はねる(中央の茶髪)が事務所の顔となり、
ハニストは周防パトラ(左の赤眼)が事務所の顔となり活躍した。
その他のVtuber
他にも、HIMEHINAやヨメミなどのVTuberが人気を増しており、VTuber市場は拡大を続けていた。
にじさんじの人気拡大によりLive2D文化が浸透し、新規参入のしやすい状況が形成されたのも大きい。
人気爆発の「にじさんじ」と主導権確保の「四天王」
「にじさんじ革命」2018.2.7~2019.5.24の情勢をグラフで見よう。
2018年2月、業界TOPはダントツでキズナアイだ。
2位にもキズナアイ(ゲーム)と圧倒的。
3位~6位を綺麗に四天王が固めており、次を猫宮ひなたとヨメミが続く。
2019年5月、上位を四天王勢が独占しているのはあまり変化がない。
6位の猫宮ひなたはミライアカリと同じENTUMに所属。
7位の急成長したヒメヒナは当時個人勢、8位はゲーム部である。
にじさんじ勢は10位に月ノ美兎、13位に静凜が見えるのみである。
しかし、にじさんじの凄いところはその物量だ。
これは、2019年4月30日時点での、にじさんじのチャンネル登録者数ランキングである。
見ての通り、登録者数10万人超えが13人と、事務所としての総合的な人気は凄まじいものになっていたことが分かるだろう。
にじさんじという「箱」で考えれば、upd8や.LIVE、ENTUMと遜色ないどころか、むしろ凌駕するほどの影響力だったのだ。
当時のVTuber業界において、「四天王が率いる箱」と「四天王のいない箱」には大きな違いがあった。
四天王はVTuber業界全体の発展を支えた功労者であり、当時から既にレジェンドであった。
そのため、「四天王が率いる箱」が業界の主導権を握るのは当然だった。
新人は大御所に配慮するものである。
一方で、にじさんじは「四天王のいない箱」である。
しかも、「Live2D×ライブ配信」は邪道と見なされ、敵対視を受けることも多くあった。
「にじさんじはVTuber業界に貢献せず、むしろ邪道であるのに、
それで人気が出たからといって、四天王から主導権を奪うのか」
「たとえ売れっ子の新人だとしても、大御所を尊重しろよ」
「そもそもニコ生主が皮を被って"バーチャル"を名乗るな、バーチャルYouTuberの文化を破壊するな」
つまりはこういうことである。
このような業界不満を後ろめたく感じてしまい、にじさんじ側には次のような価値観が根付いていく。
「私たちはVTuber業界に貢献しなければならない」
「業界に貢献することで、TOPとして認められる」
「業界から嫌われたくない、好かれたい」
自分たちが利益を独占してはいけない、VTuber界隈が1つの仲間として大きくならねばという「利他的」な考え方がにじさんじには生まれた。
これにより、にじさんじはクリーンで宥和的な事務所に成長していく。
箱の外部のVTuberとも、積極的に関わる方針を取る。
そしてその考え方が、のちに最大の商売敵を自ら育ててしまうのだが、それはまた別のお話…
当面の間、VTuber業界は次の3すくみになると想定されていた
①四天王の事務所(.LIVE、ENTUM)
②非四天王の事務所(ゲーム部、にじさんじ、あにまーれ等)
③非事務所(キズナアイ、upd8、ヒメヒナ等)
※upd8は事務所ではなくエージェンシーであることに注意
また、.LIVE、ENTUM、udp8所属VTuberには3D動画勢が多く、ゲーム部も3Dを主軸としていた。
.LIVEアイドル部は2Dライブ配信をしていたが、直ぐに3D化する方針だったこと、電脳少女シロが率いていることから、にじさんじとは事情が大きく異なっていた。
したがって、この時期のにじさんじは人気はあるものの旗色が悪く、不利な情勢であったのだ。
そんな中、とある事件を皮切りに「キャラクターVTuber」という一大ブームが崩壊を始める。
それは、VTuberの定義が「3Dアニメ」から「2D配信者」へと移り変わる、時代の変わり目だった。
次回、
「キズナアイ分裂騒動」
「ゲーム部騒動」
「アイドル部騒動」
おまけ:VTuberとは何なのか(前編)
以下、VTuberの定義関連について触れられた場面のピックアップ。
あなたにとって、VTuberの声優交代は許せますか?
あなたが運営だとして、声優がキャラクター設定を崩壊させることをどこまで許容できますか?
キャラ崩壊や炎上のリスクを常に抱えながら、ライブ配信をすることを声優に認めることはできますか?
VTuberの中の人が「声優」という交換可能な存在から、「タレント」という価値を持った存在へと移り変わった時代。
全ては、四天王がバーチャルYouTuberの定義を語らなかったことから始まった、混迷の時代。
それが、2019年5月25日に訪れることになる…
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