丁度いいぬくもり


まだ肌寒い三月の風が、そっと私の顔をなぜる。

耳にはお笑い芸人の陽気な笑い声が聞こえている。さっきコンビニで買ったコーヒーを啜りながら夜の公園を目指す。ダイエットの一環として彼と始めた夜の散歩は、私たちの関係が終わってしまった今も続いている。左側から聞こえる彼の声の代わりに、ラジオを聴くようになった。

歩く時間は次第に増えて、今では2時間の番組を一つ聞き終えるまで歩くようになった。体重は、目標よりも少なくなった。

なのに、全くやめられない。
散歩の時間が増え、彼との思い出に浸る時間が増えた。
体重が減るたびに、減らない彼への思いが浮き彫りになる。

あぁ、私はまだこんなにも未練があるのかということを毎晩のように突きつけられる。現実では、前に前に踏み出しているはずなのに私の心は進んでいない。

目標の公園に着いたところで、少し冷めたコーヒーを飲み干す。
苦いだけのこの想いも、三寒四温のテンポの良い三月の空へと消えていけばいいのに。

ー今月のプッシュミュージック、aikoで『ばいばーーい』ですー

最近、aikoが新しいアルバムを出したせいで多くの番組で曲が流れている。
彼女の曲を聞くたびに、まだ前を向かなくても良いか、と甘い考えを持ってしまう。

再び冷たい風が吹く。
三月のうちは、まだ寒さを感じられるうちは、aikoが流れているうちは、散歩をしているうちは、、


「ばーいばーい」

と初めて聞いた曲に合わせて口ずさむ。
公園を横切る野良猫の光る目だけが寂しそうに私をみていた。


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