あなたの心に触れさせて


わたしは深い対人関係を築くのがヘタクソだ。
だから情緒的な交流ができたときに、とてつもなく感動する。




ずっと仲良くなってみたいと思う女性の先輩がいた。
一回だけ話したことがあった。
たしかあれは「水張りのやり方を教えてください」と言われたときだったと思う。
そのときになんだか同じ匂いがして、わたしが珍しく人に興味を持ったのだった。

少し時間が経って、わたしが誰もいない大学の共有スペースでレポートを執筆していたとき。
偶然その先輩が共有スペースに入ってきた。いまこの空間には私たちだけだ。思い切って手を振ってみよう。
そうしたら、なんということだろう、先輩がこちらに来てくれたじゃないか。
それから私たちはいろいろな話をした。
共通点の多いふたりだった。
かと思えばわたしの何千歩も先の考えをしている部分も多くて、話を聴いたり、聴いてもらったりするのがとても面白かった。

そのあと先輩をうちに誘った。夜まで話し込んだ。先輩は漫画家を目指していて、作品を少し見せてもらった。
わたしも美術学生のはしくれだったから、一緒に絵を描いたりした。色で遊んだりもした。さらには先輩はわたしを題材に可愛らしい四コマ漫画を描いてくれた。

もはや言葉ではなかった。
ああでもないこうでもないと言い合ってふたりは絵を描いていたけれど。
でも、わたしたちの間には、非言語的な、見えない地下で繋がっている感覚がたしかにあったのだ。

そんな時間を過ごしたあと、一緒にコンビニへ行った。雨が降っていた。
小さな雨粒が、ゆっくりキラキラしてみえて、雨なのに空気が新鮮だった。







一方的に好きな人がいた。
わたしが好きでたまらなくて、わたしから告白して付き合った。
最初向こうは乗り気じゃなかったと思う。
それでもわたしを知ろうとしてくれたことが嬉しかった。

あるときわたしの家で映画を観た。
観終わって、なんだかいい雰囲気になった。
ハグをして、匂いを嗅ぎ合って、顔を撫であった。
わたしが彼の眉上のキズを撫で、「どうしたの」という顔をした。
彼は幼い頃父親から虐待を受けていたらしく、その時のキズだと打ち明けてくれた。
わたしは少し驚いた。けれど彼にいった。
「わたしはあなたの味方だよ」
そのとき初めて彼の口から
「あなたのことが好きだ」
という言葉を聴いた。

そのときセックスはしなかった。
でも確かにあのときお互いがお互いに、心の粘膜を触り合っていたかと思う。
プラトニックセックスだ、と思った。
もうその彼とは付き合ってはいないけれど、愛し愛されるよろこびを教えてくれたのは、紛れもない彼だ。
愛とはお互いの心を大切に取り扱うことなのかもしれない。





わたしは一見、対人関係において器用に見られる。
実際に器用なのかもしれない。
初対面の人には当たり障りなく、笑顔を絶やさず、話をしたり聴いたり。
知り合いもそこそこ多い方だ。

でもわたしは深い関係を築くのが大の苦手だった。
最初の印象こそいいので、何ヶ月かはそこそこ話すが、それを過ぎると素の部分があらわになってしまう。それも悪い部分が。
そうしてわたしの元に残る人というのは、本当に限られている。



だから、誰かが心に触れさせてくれたときに、わたしの心は嬉し泣きをしてしまう。










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