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南アフリカ総選挙、ANCは支持を減らしたのか

今週は南アフリカで総選挙が実施されました。南アフリカはアフリカを代表する国であり、BRICSの1国であり、グローバルサウスの雄であり、現地通貨ランドはグローバル通貨のひとつです。結果は世界でも日本でも注目されていました。

5月31日現在で95.5%の開票が完了し、ほぼ結果が判明しました。ANCが42%、DAが22%、MKが13%という結果です。
(その後99%の調査結果が発表されましたので、最後尾に追記として最終結果を記載しています)

選管発表の95.57%開票結果
https://results.elections.org.za/dashboards/npe/#

今回の選挙では、30年前にアパルトヘイトを終焉させて以来、ずっと第一党だったANC(アフリカ民族会議)の得票率が過半数を超えるかどうかが焦点でした。南アフリカは日本と同様、議会が大統領を選出します。また、困難な局面を迎えている南アフリカはシビアな政策を実行させていくことが必要であり、議席がないと大胆な改革はやりづらくなるためです。

ANCは現時点で42%と、事前の予測どおり過半数を割ることとなりました。DA(民主同盟)は親ビジネスで、主として白人の人たちが多いケープタウンや都市部で支持が高い野党第一党です。3番目のMK(民族の槍)というのは、今回の選挙直前にANCから分裂した党で、前大統領であるズマ氏を顔とする政党です。

よって、ANCとMKというのはもともと支持者が同じ。2つを合計すると54.3%の得票でした。前回2019年のANCの得票率が57.5%なので、実はそれほど減らしておらず、今回の過半数割れは、ANCへの不支持というよりも、MKの分裂によるものといえます。DAは前回20.8%だったところ今回は22.3%と票を増やしましたが、本来ならANCの分裂に乗じてもっと票を取り込んでもいいところ、いうほど伸びなかった印象です。

総じていうと、ANCは過半数を割ったとはいえ、人々の支持政党は前回とあまり変わらなかったといえます。マンデラさんの頃が62.5%ですから、この30年でANCへの支持率は8ポイントしか下がっていない。むしろ、いまだ強しANCというのが今回の結果でもあるかと思います。

なぜこんなにANCの支持が強いのか。もちろん、アパルトヘイトを終焉させたのがANCだからです。南アフリカの人口の80%は黒人の人たちで、彼らは自分たちの側にいる政党がANCであることを理解しています。心情的には、いまでも南アフリカの黒人層はANCの支持者です。

御年82歳のズマ氏は、大統領を務めた10年間で、南ア経済を大きく失墜させ、蓄財や横領を行い政治への不信を高めた張本人です。ズマ氏を引きずり下ろしたことから党内で権力争いが起こり、今回の分裂につながりました。

それなのになぜMKそれなりの票が入ったかというと、ズマ氏も、そして現大統領のラマポーザ氏も、ネルソン・マンデラ氏とともに戦ったアパルトヘイトの活動家なのです。とくにズマ氏は、学歴がなく貧しい家庭に生まれ、活動家として頭角を現し、マンデラ氏と同様ロベン島にも投獄されました。こういう政治家は、どこの国でも根強い人気があります。

ズマ氏は、クワズルナタール州という、南ア最大の港でありトヨタなどの自動車や主要な産業が工場を構えるダーバンがある州に地盤があります。結果をみてみると、今回MKは13%弱を得票したというものの、地域的には非常に偏りがあり、ほぼクワズルナタール州でしか支持されていません。下図のピンクがMKが勝った地域です。

選管発表の選挙結果をもとにABP作成

こういった、古いタイプの政治家、80歳を超えたアパルトヘイトの闘士たちが論功行賞であるかのように、いまだ権力を握っているというのが、ANCの最大の問題なのです。若い世代を代弁するような政治家が登場しておらず、いつまでも年寄りが牛耳っている。

たとえ政治に不正があっても、経済が成長し、未来を描くことができて、政治が自分たちとともに変化していると感じられれば、人々は不満をためません。アパルトヘイトの功績に頼り、同じことを30年言い続けている、あの頃から国家のあり方にも自分の暮らしにも変化が起こらない状況に、人々は不満をもっているのです。

1991年の写真。左から現大統領のラマポーザ氏、ネルソン・マンデラ氏、今回ANCの対立政党となったMKのズマ氏。アパルトヘイトを闘った仲間だった。©Walter Dhlandia/AFP
2016年頃のラマポーザ氏(左)とズマ氏(右)ネルソン・マンデラ氏は2013年に逝去
©Mike Hutchings/Reuters


今回の選挙では、ANC以外に投票することを考えた人たちが多くいました。選挙前に、弊社オフィスがあるヨハネスブルグやケープタウンで、黒人の人たちに誰に投票するつもりかと聞きましたが、ある人はMKに入れてみるといい、ある人はDAにいれるといいました。

DAは「白人の党」というイメージが強いですが、かつて黒人の党首もいましたし、今回黒人の人でDAに入れること検討した人も少なくはないです。ただそれは、ANCにお灸を据えたいからであり、このままだと支持できないという声を届けたいからだという意味あいが強く、DAの意外と伸びなかった票やMKのクワズルナタール以外での不調をみると、悩んだすえに結局ANCに入れた人が多かったのだと思います。

ANC以外の選択肢がないというのも、また不満の源です。黒人の人たちにとって、ANCの代わりに積極的に選べる政党が、この30年登場しないままなのです。

ANCは、その出発点がアパルトヘイトを終焉させる闘いだったことから、2つの課題を抱えています。ひとつは、黒人の人たちへの補償的な政治から抜け出せないことです。アパルトヘイトはあまりにもひどい政策で、黒人の人たちに圧倒的な不利を生み出したため、スタート地点に立つためにまず優先的な扱いをしたり福祉的な援助が必要でした。そういった政治手法というのは、必要がなくなったとしても、途中でやめられないものです。

もう一つの課題は、アパルトヘイトを終わらせたことから、絶大な心理的な支持を得てしまったことです。ANCの政治に納得がいかなくとも、老政治家が不正を行っても、そうはいってもロベン島に投獄されながらも闘ってくれたのは、ANCなのです。

南アフリカにはBEEという制度があり、企業は南アフリカ国籍の黒人の人に株を渡したり、取締役に迎えないと、そのスコアが下がり、入札で不利になります。資源国で農業国の南アフリカでは、株や資産といったものの平等が民族間の不平等を解決するものと捉えられていたのだと思います。BEEはBlack Economic Empowerment Actの略で、黒人の経済力を強化する政策という意味ですが、結果として強化されたのは、株や資産を得たごく一部の黒人の人でした。

本来なら、人口の80%を占める普通の人たちが全員、工場で働いたり、起業したり、小さく経済に関わることができるような政策であるべきだったのではないかと思います。資産を一部の人にわけるような政策は普通の人たちを包摂せず、南アフリカの失業率はいまも高いままです。

南アフリカはいまでも、主たる輸出産業や製造業、流通・小売は白人の人たちが担っています。エンジニアや農業の専門家も白人の人たちが多い。本来は、ここに少し下駄を履いた競争を導入し、黒人の人たちが白人の人たちを凌ぐ優秀な技術者や専門家、労働力になるように後押しする政策であるべきだったと思います。BEEが行っている落下傘的なお飾りの取締役でなく、黒人の人たちが技術や経験を積み、たくさんの人が社内で現場から出世して偉くなっていくのが、経済力強化ではないかと思います。

また、こういった補償的な政策をしていると、どうしても不正や利権が生まれやすくなります。ANCに汚職や不正が多いのは、党の教義や成り立ちがもたらしているものも多いように思います。

南アフリカがどんな国かは、こちらから御覧ください。

過半数を得られなかったANCは、今後連立政権を立てることになります。選挙で対立したMKとはすぐには組まないでしょうが、もとは同じ仲間ですから、いずれなし崩し的に融合するかもしれません。EFFのような他の黒人政党との連立も視野のうちです。

ただ、MKもEFFもANCの劣化版のような政党なので、これらと組む限り、ANCはいまの課題を解決できぬまま、ただ延命してくだけでしょう。本来は、第二政党であり支持層も強みも違うDAと組むべきだと思います。60%以上を確保できますし、いまこそ補償的な政治をやめ、経済に強い支持者を持つDAと一体となって国の競争力を高めるような改革を行うべきです。

とはいえ、アパルトヘイトの闘士たちが権力を握る党で白人政党と組むのは難しく、ANCのレゾンデートルを考えるとハードルが高い。DAは連立の条件としてラマポーザ現大統領の辞任を条件に挙げており、では誰が大統領になるのかというと候補もいないところです。アパルトヘイト終焉から30年経ったといっても、30年という年月はその時代を実際に経験をした国民がまだ多くいるということで、白人の支持者が多い政党との連立は拒否感があるかもしれません。アパルトヘイトのような極端な悪は、こうやって何年たっても影響を及ぼすのだとつくづく思います。

サムネイルに使ったのは、ネルソン・マンデラ氏が2013年に逝去したときのテレビ画面です。この日、南アフリカで朝起きてニュースを見てびっくりして撮影したもの。ネルソン・マンデラ氏はいまでも南アフリカでもっとも尊敬されている人物でしょう。その尊敬と熱狂が、ANCが変化することを難しくし、延命させているのは皮肉なことです。


追記(2024年6月2日)
開票が終わりました(99.9%)。最終結果は、ANCがさらに得票率を落として40.19%、MKが14.58%となりました。事前の各種調査と比較すると、42%程度は得票するのではないかとされていたANCが予想より低く、逆にMKは予想より健闘した形となりました。

選管発表 https://results.elections.org.za/dashboards/npe/#

以下は前回2019年の結果。野党の結果を前回と比べると、DAは1ポイント、IFPは0.5ポイントほど伸ばし、EFFは1ポイント減らしました。各政党にとっては不本意な結果でしょう。ビジネス寄りでDAと近い支持層を持つPAが2ポイントほど伸ばし第6政党に上昇しました。前回2.4%を得票したVF Plusは1ポイント落とし第7政党に転落しています。

ANCは2019年と比べて17.3ポイントほど減らしたわけですが、そのうち14.6ポイントはMKにもっていかれ、残りの3ポイントをDAとPAという黒人以外を支持基盤とする政党が得たという構図です。地図をみると、今回MKがとったエリアは、前回はANCの支持地域だったことがわかります。

MKの分裂によりANCが過半数を割ることとなり、南アフリカの政治統治はより難しくなりました。MK分裂の発端は、5年前の前大統領の不正や蓄財による追放であり、その影響が尾を引いています。なお選挙結果を受けてMKは、ANCと連立を組むことも条件次第では可能と発言しており、分裂は党内での権力獲得の手段でもあったことがわかります。

選管発表 https://results.elections.org.za/dashboards/npe/#

投票率は事前の予想よりかなり低く、なんと58%でした。前回2019年が66%だったので、8ポイント落としています。「どうぜ変わらない」と選挙にいかなかったのでしょうか。これが一番、南アフリカの有権者の思いをあらわした数値かもしれません。黒人の人たちがはじめて投票できるようになった選挙、マンデラ氏がANC党首だった頃の投票率が87%でした。政治への求心力や希望は減少しているといわざるを得ないでしょう。


さらに追記(2024年6月14日):
6月14日、ANCとDA、そしてインカタとPAの4党が連立に合意し、ラマポーザ大統領が再任されました。ANCとDAの連立は、アパルトヘイト終焉以降もっとも大きな政権の変更といえるでしょう。ANCから分裂したMKとEFFは連立から外れました。

連立を受けて政権は親経済、中道寄りとなることが見込まれ、経済界、金融業界、西側諸国の外交筋からするとベストな選択となりました。連立成立を受けて、株価と現地通貨ランドは上昇を見せています。DAはBEEの撤廃を掲げており、日本企業の進出や、すでに進出している企業の経営がやりやすくなる可能性があります。

異なる政策や支持者を持つ政党の連立により、政権運営は難しくなるとは思いますが、これまでANC内部の対立により進まなかった改革は、どちらかというと逆に進みやすくなると予想されています。ANCがアパルトヘイトの闘士による権力闘争政党から、南アフリカの将来を担う政党に脱皮するきっかけになればと思います。また、少しドリーミイーなことをいうと、アパルトヘイトから30年が経って、やっと黒人と白人がともに政権を担うことになるのです。大きな被害と不利からここまでこれたことは、南アフリカにとって誇ってよいことではないかと思います。


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