ショート)本当の世界は波打ち際に



 ダッシュボードからティッシュの箱を取り出し
そのまま真奈ちゃんに渡す

 私は真奈ちゃんを駅まで迎えに行って
車に乗せた
 乗り込んだ真奈ちゃんは
泣きじゃくり、一言も話さない

(またホストに騙されちゃった…)
私は口から吐けない溜め息を唇を噛んで飲み込む
「真奈ちゃん、行きたいとこある?」
嗚咽する真奈ちゃんは返事をしない 

嘘などついてはいない
貴方が幸せなら
それでいいじゃないか

 真奈ちゃんはホストに散々お金を絞り取られ
挙句、捨てゼリフを投げられたそう

本当の事などわからない
全てが真実の世界など
いったい何処にあるんだ

 昨夜「確かにね…この世なんてさ
タヌキとキツネの化かし合いよ」
思わずホストの言葉に同調した私

・:*+.:+

「真奈ちゃん、着いたよ
少し歩こうか」

 梅雨明けの空は、夕方でも日差しが痛く
日傘を持って来なかったのを後悔した
 真奈ちゃんは私の後ろを老婆のように
身を屈めて、狭い歩幅でついてくる

 7月
海水浴客がいてもおかしくないのに
貸し切りのような、人が見えない浜辺
 サンダルで砂地を歩くのに慣れないせいか
砂に食い込む足が重く
真奈ちゃんの心境を足元から体感するようだ 

 後ろから派手な鼻を噛む濁音がして
「うめこっち、私、生きづらい
もう死にたい
生きてたって何にも良いことないじゃん」

「そうだね、生きづらいね
良いことってなんだろうね」

私がいて貴方がいる
この世界は誰のものでもないし
誰のものでもある

「真奈ちゃん、せっかく海に来たんだし
海、めっちゃ綺麗やん」

波打ち際は水色の透明感と白い泡のような飛沫が
平らな粒子の砂を不規則に
私たちに迫っては、逃げてゆく

夕日が美しかったり
悲しかったり
太陽が心地良かったり
暑過ぎたり

「ねぇ、うちら
海に来たのは何年振り? 湘南が最後?」
いつの間にか真奈ちゃんは泣き止み
割れたガラスが散らばるような海面を
目を細めて眺めている

「ねぇ、うめこっち
やっぱ海は癒されるわ」

それが全てだよ
幸せだと感じるなら
それを疑わなくてもいい
それが嘘だとしても

「真奈ちゃん、落ち着いた?
なんか美味しいものでも食べようか」

真奈ちゃんは「うん、うん」と小刻みに頷く
さっきまで泣いてたのにね

「ちょっと待って! インスタとTikTokに
アップするやつ撮っていい?」
真奈ちゃんは握りしめた携帯を海上に向ける
私はぼんやり遠くを見てた

(…そっか、生きづらいか)


ここは、本当の世界だから

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