見出し画像

MOAIの妖精が「本?」をくれた レター2

2020年4月23日16:21 さっきまでぱらぱらと雨☔が降っていたが、今はどんよりとした雲が過ぎ去って、黄色がかった陽🌅が差し込んでいる。

「こ、これを、U、UMEBOSHIに。B、BOOKだ」

MOAIがくれたのは「本」らしきものだった。A4の茶色く薄汚れたコピー用紙📜の束で、右上を黒いクリップ📎で挟んでいるだけだ。

「なあ、MOAI。これ読めばいいの?」

なぜこれをくれたのか、MOAIは聞いても答えてくれない。娘たちとの遊びに夢中だ。

「だ、だれが、い、いちばん、こ、こわいかお、で、できるかや、やろう」

画像1

                      なんじゃこれ( ;∀;)

      ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★**

MOAIがくれた「本」?について

  タイトル 【才能と情熱を開花させる】 
 私には原点とも呼べることが2つある。一つは、半年遅れで入社した同僚のSさんに「あなたは管理職になってこんなことがおこらないようなことをしてくれ」、といわれたことだ。2007年の秋ごろだったと思う。正確な日にちは忘れた。でも私はその場面を鮮明に覚えている。中野の居酒屋で飲んでいたのだ。同僚はもう退職を決意していた。
   自分の与えられた役割を評価してもらえずに、非難されたことに失望していた。彼は私の接客していたお客様のお子様の面倒を見ていたため、営業活動の時間がなくなった。結果として、私は契約をあげ、彼は上司に叱責された。お前はどうするんだ、と。    
 中野の居酒屋で彼は私に投げかけた。「チームってなんですかね」。私は答えられなかった。数日後、彼は退職して私は残った。ココロに滓のように残ったのは『チームとはなにか』だった。    
 もう一つは、尊敬する人から、「一人で環境をかえることができれば、可能性がひろがるとおもわないか」と言われたことだ。私はその未来に共感した。自分ができるとか、できないとかではない。そんな未来があれば自分はその場にいたい。自分がそうなれればなんと素晴らしいことなのだろうか。そう思った。私が管理職を経験する前の話だ。     
 それから私は、どうすれば、一人で事態を好転させることができるかを考え、求め続けた。本を読み漁り、実施し、自らの行動をかえていった。最初は自分の数字を追い求め続けることが答えなのだ、と思っていた。数字さえ上がれば自分のしたいことが成し遂げられると考えていた。今振り返ると愚かだ。    
 個人数字を上げ、一部上場企業でトップセールスマンになった。自然とプロジェクトを任せられる立場になった。そして、私のかかわったプロジェクトは見事なほどことごとく失敗した。同僚たちからは、とっつきにくい人間だと敬遠され、嫌悪された。それでもまだ自分を信じた。自分が数字をあげればプロジェクトはおのずと成功する。同僚は言うことをきく。もちろんそんなことはない。馬鹿げた考えだ。でも当時は周りが見えなくなっていたのだ。    
 そうやって私は人の可能性を潰し続けた。「もう一緒にやっていけません」と言われたこともある。当時の同僚たちからは人を潰すね、と軽蔑された。  
 今の自分ならなぜそうなったのかわかる。彼への悪意はなかった。むしろ善意で指導していると信じていた。ただやり方が間違っていた。彼のココロを知ろうともしなかった。彼のなぜ、にこたえることも共感することもなかった。  
 そんな私を救ったのはある年下の上司だった。年下の上司は失敗したプロジェクトを引き継ぎ、事態を好転させ続けた。嫌悪されている私を非難することなく、仲間として平等に扱った。プライドにまみれ、「我」が強い愚かな私でも、目の前で事態が好転するのを目の当たりにすると、認めざるえなかった。私のやり方、考えたかは間違っているのだと。年齢は関係ない。ただ純粋な敗北感を味わった。    
 本気で変わりたいと思った。自分の無力さを嘆いた。そんな自分を支えたのが、「チームってなんですか」と言う、Sさんの投げかけだった。     私が自らの行動を変え続けたことで、同僚達から受け入れられるようになったころ、私がなぜ変わったのか、と話題になったことがある。  
 ある人は、私に子供が生まれたから変わったのだ、と言った。それもあると思う。子供は自分の思いを語ることができない分、泣くことで知らせる。こちらのタイミングなどお構いなしだ。それでも子供の眠る顔をみると心が安らいだ。自分への全幅の信頼感。そこには雑念がない。子育てをしながら人間的に変化がうまれたことは否定できない。  
 ある人は私が歳を重ねたからだという。確かにそれもあると思う。歳を重ねるとこれまで見えなかったものが見えはじめる。経験を積むことで落ち着いて物事を見ることができるようになる。でもそれも私が変わったことの本質ではないと思っている。  
 私は、知りたかったのだ。何が正しいのか、正しくないのか、を知りたかった。どうすればチームをつくれるのか。上司とはどうあるべきか。どうやってプロジェクトを進めるべきか。後輩たちへどのように指導するべきなのか。仕事とはどういうものなのか。何も知らなかった。だから知りたかった。知りたいという欲求が私自身を突き動かしていた。  
 自分には学歴がなく、高度な知識を得ていないため、何も知らないのだと本気で信じていた。だから解決策として私は「本」に答えを求めた。「本」を読むと試したくなった。実践して経験を積んでいった。それでも何かが違っている気がして、多くの後輩や同僚たちにも話を聞いた。私もまっすぐに仕事について話した。そうやって人に教えを請い、こちらはまっすぐに語る。また本を読んで実践をして、試す。人の考えを聞いて、というのを繰り返し続けた。  結果、周りからいつしかこう思われるようになった。「あいつは真剣なだけだ。あいつはそれほど悪い奴ではない」と。  
 知りたいことを一つ一つ確信に変えていったとき、私はチームをつくることに恐れもなくなった。そしていつもこう思うようになった。「このメンバーとならやり遂げられる」。「私ならこのメンバーを理解することができる」。「このメンバーの未来を信じることができる」と。  
 随分と長い時間がかかった。かれこれ約17年。私が未熟すぎたから時間を要した。私がこの「本」を書く理由は一つだ。「明日をつくること」をしたいからだ。  
 自信のない人たちが世に増えている。私は悲しみを覚える。もっと自分ができることはないだろうか。繰り返すが、「できる」とか「できない」とかではない。そうなりたいのだ。手段はそれぞれの持ち場でそれぞれがやるしかないのだ。私は私の持ち場で明日をつくりたい。  
 「人を活かす」にはココロとカラダが重要だ。「活」という漢字は、汗と千の口だ。身体を動かし、語り続けることを示唆していると思っている。それは誰でも行うことができ、お金は必要ない。  
 ただ、あなたが、あなた自身を知らなければならない。自分を知り、そして相手を知ることが重要だ。  
 一人一人がわずかでも、よりよい明日へ、思い思いに動き出せばいい。私はココロからそう願ってやまない。その助けに少しでもなればと、この「本」を書いた。  
 そして、Sさんの投げかけた「チームとはなにか」をここでこたえようと思う。彼が、何者でもない私を信じ、私に託してくれた想いだからだ。 「なあ、S。これがチームってことだと俺は思うよ」

ここまで、読み終わった僕は、MOAIを見た。

MOAIと娘たちはマリオブラザーズ3?をしている。あっ…( `ー´)ノ

かめルイ―ジ


 MOAIは明らかに不機嫌だ。いまは声をかけるのをやめよう。

2020年4月23日木曜日 17:45 TVでは小池東京都知事が買い物を3日1回程度に控えてください、と呼び掛けている。小池さんのマスクはなんだかおしゃれだな、なんて思った。

コロナは収束するのだろうか。それともこのままずっと…。よし、とにかく夜ご飯をつくろう。今日はハヤシカレーだ。

MOAI。機嫌直せよ…('Д')

画像3




よろしくお願いします!