うたは井之頭恩寵公園でつくられる。大地は今も揺れ続けている。後編 レター8
2020年4月26日日曜日 10:20
途中、大きな石碑の前に立ち寄った。MOAIがあれはなんだ?というので、近くまできたのだ。MOAIが読んでくれ、と何度もせがむため、僕は仕方なく石碑の横の案内板を読み上げることにした。内容は、千代田区の小学校の生徒が遠足でこの公園までやってきたのだが、残念なことに玉川上水に溺れてしまった。それを助けるために松本さんという指導員が川に飛び込んだものの、川に流され殉職された、という内容だった。
僕が読み上げている間、MAOIは「へ~」とか「えっ」とか「そうなんだ」と大きな返答を繰り返していた。読み終えたとき、MOAIは少し待ってくれ、と言って、大きな葉を一枚持ってきた。MOAIはその葉で石碑を磨いた。石碑は出来上がったばかりのような美しさになった。
「な、なあ、生徒はた、助かったのか?」とMOAIが言う。僕はわからない、と答える。MOAIは「か、川ってこの川のことか?」と言って、石碑の裏の川を指さす。玉川上水はほとんど水もなく、僕にはここでおぼれることが想像がつかなかった。きっと過去には水が豊富にあったんだと思う、と答えるとMOAIは、そっか、と言い、子供を守ったんだな、とごちた。僕はそうなるのかな、と答える。「愛がある人だ」とMOAIが言ったので僕はそうだね、と相槌をした。それからMOAIは「先に行こうか」と僕を促した。
10:45 井之頭池の周りにはマスクをした人達でにぎわっていた。そのため、マスクをしていない人は指名手配犯かのように顔を手で覆い、こそこそと道の端を歩いていた。マスクをしている僕は、池の脇の噴水がよく見える特別なベンチに腰を掛けて野鳥やら、池の波紋やら、木々が風で揺らめくのを眺めながら、気分を変えようと思った。
MOAIはベンチの裏にある石碑を眺め、それから僕へせがむ目をする。
「それは小さい秋のモニュメント。よく知らないけど歌がつくられたことを記念してる。それは僕でも知ってる」
「ウ、ウタか。U,UMEBOAHI歌ってみろよ」
僕は伸びをして、首を回した。それからやだね、と答えた。
しばらくしてMOAIが、「PARKSみ、みたか?」と聞いてくる。「パ・ア・ク・ス」。僕は眉を寄せてそれななだ?という表情をみせる。「い、井之頭公園のえ、映画さ。う、ウタをつくる映画さ」それから「元、ふ、不動産屋なのに」と言う。
「映画関係ない。元はいらん」
「よ、40代だから」
「年齢も関係ないやろ。まだ40代ちゃう」
「モ、モアイに似てるから?」
「いじり方がわからん」
「な、永野・は、橋本・そ、染谷みんなでてる」
「みんなの基準はなんや」
「お、置いてかれなよ」
「なんに」
「時にさ」
「そこはどもらんのか!」
https://twitter.com/umebosh16309229/status/1254344178672132096?s=20
MOAIと話している間に、左隣のベンチに座ったのは、マスクをした小さい女の子を連れた家族だった。小さな女の子は井之頭池を眺めると、突然、水面に跳ねた鯉に驚いて、泣いてしまった。
「な、なあ、U、UMEBOSHIはう、ウタを歌えるのか?」
「歌? 童謡のことか。小さい秋は歌えるさ。たぶん」
「う、歌ってくれ」MOAIは慌てている。
「やだよ」
「う、歌ってくれよ」MOAIは帽子をとってもじもじしている。
「いやだっていってんだろ」
「な、泣いてるだろ」MOAIは僕へ哀願する。
女の子が振り向く。何かを期待している顔だ。よくわかる。娘がそうだった。僕は「ちいさなさなあき♪ちいさなあき♪……」と歌を歌いはじめる。すぐに女の子は両親のもとに駆け寄り、早く行こう、とぐずる。両親は僕を見て、頭をペコっと下げると女の子を抱え、その場から離れていった。途中、遠くのほうで女の子が僕のことを見て、目が合うとすぐに顔をマスクで隠した。
MOAIは大丈夫だ、と僕へ声をかけ、肩に手を置いてくる。僕は手を振り払うように肩を回す。突然、MOAIは僕の足元にかがみ込んだかと思うと、ベンチに腰掛けて言う。「だ、大丈夫だ。U,UMEBOSHIは悪くない」それから良かった、と小さくつぶやく。
僕は憮然とする。顔がやけに熱い。僕はマスクを少し目元まで引き上げる。MOAIは「ち、小さな愛はみ、みつけた」と言ってクスクス、声を殺して笑う。僕はMOAIめがけて手の甲をスイングするが、わずかのところでかわされてしまう。
「だ、誰かを救おうとしたんだ。そ、それにまだい、生きている。ち、チャンスはある」
それだけを言い残しMOAIは池の向こう側に飛んで行ってしまった。池の向こう側からカエルの歌が聞こえてきた。MOAIだけでない。ガチョウやアヒルたちも一緒になって歌っている。僕はビデオに収める。ひどい歌だと思わないか
途中、MOAIが戻ってきて、カメラ止めたか? と聞いたので、ばっちし映したからな、世に流してやると言ってやった。MOAIはそんなことは歓迎だという風にほほ笑むと、手の平を差し出した。ぶよぶよとした白い幼虫だった。ハラワタのようなものを出し、幼虫は死んでいた。
「な、悩んだんだ」僕は何を?と言う。「ほ、ほんとにな、悩んだ」僕はだからなんだんだ、と言う。「じ、自分ではみ、みえないものな」とほんとに小さな声で呟き、実は、と前置きしてから「U、UMEBOSHIのあ、頭にずっとあった。ふ、拭いたほうがいい」と言って僕の頭を指さす。
僕はのけぞって驚いたはずみでベンチから滑り落ちる。頭を両手ではたき、慌ててポケットからハンカチをだして、石碑の横にある公衆トイレへ走った。
後ろから「と、鳥さんのなんだ。か、返してくるよ!」と聞こえてきた。とても陽気で明るい声だったのがとても印象的だった。 12:00。
よろしくお願いします!