窓辺の夏 遠くの蝉の声

今日は七夕です。
私が住む九州の某所は、この数年のうちに水害の心配を毎年のようにする必要が出てきました。

地元の夏祭りなどを調べると、もとは大水害の復興を願って始まったそうです。
今年は数年ぶりに開催されるそうです。
水源の豊かな土地であることは恵みであり、自然の脅威と隣り合わせで暮らすことでもあるのだと毎年考えさせられます。

喘息をこじらせ、体調が安定しなかった初夏を過ぎ、季節は夏に入りました。
梅雨に入ってもほとんど雨が降らず、どんより曇りの日が続くわけでもなく、空にはギラギラの太陽。
今年の雨はどこに行ったんだろう・・・・・・と思っていると、沖縄では梅雨が明けていました。

気温の低い朝のうちを狙って、私は散歩に出かけるようにしました。
田植え間近の近所では、トンボがふわふわと飛んでいます。
ほんの5分程度の距離にある、子どもの頃から庭のような感覚で遊んでいた神社では、水辺の紫陽花がいつの間にか満開になっていました。

春に咲き誇った桜の大木。
その枝には、休憩中のトンボ。
スズメたちは元気に飛び回っていました。
ハトや名前を知らない鳥たちの憩いの場になっている神社には昔から藤棚があり、その下でほんの少し涼むところまでが散歩の前半です。

後半は川辺を通って家まで帰ります。
田舎は空を遮るような高い建物がありません。
空はどこまでもつながっていることを疑う余地はなく、川が流れ着く大きな海も、遠くに見える稜線も、幼い頃からひとつとして変わっていません。

行き来する数がへってしまい、偶然すれ違うことの方が「もしかして、今日はなにかラッキーなことがあったりして」と思える電車。
各駅停車の電車が通る鉄橋は、私が子どもの頃にはすでにずいぶん古くなっていました。

対岸にある広いグラウンド付きの公園には、子ども用の遊具がたくさんありました。
でも、私は遊んだ経験がほとんどありません。
病弱だったので遊ぶのはもっぱら自宅の庭か、少し大きくなってからは母の実家にあった日本庭園、そして近所の神社でした。

隣の家は空き家になって、どれくらいの月日が経過したのかわかりません。
去年の台風でうちとの境の塀が倒れ、倒壊の危機です。
東の都にいるという持ち主殿が印鑑をつかないといって、市の職員さんも頭を抱えているとききました。

目指せ行政代執行!の気持ちはあるのですが、住人が生きていた頃の懐かしい記憶をたどると、その目標もなんだか切なく思えてきます。

本当の孫のようにかわいがってくれたおじいさんと、最初にいた三毛猫は、庭遊びしかできない私のお守りをしてくれました。
大きな松の木の上で見張るのは、三毛猫のみーこです。
毛並みの美しい三毛猫で、とても器量よし。
賢くて、母性の強い猫でした。

みーこが亡くなったあと、おじいさんは犬をもらってきました。
コロというめす犬で、おとなしいけれど優しい性格をしていました。

コロは子犬を産みました。
生んだうち、一匹だけをお隣に残し、兄弟たちはよそにもらわれていきました。
コロが生んだ子なので、私はココロと名前をつけました。

好奇心の強い性格だったのか、私が庭の手入れをしていると、塀の隙間から鼻の頭をのぞかせてくる犬でした。
私が、さすがにその狭さにそれ以上入んないでしょうよ・・・・・・と思ってあきれていると、「くやしーーーーー!」というような声で鳴いてくる子でした。

私が高校を卒業して大学に進学する時。
大人になって上京する時。
地元に戻り、新しい生き方を選んだ時。
まだお隣の家には住人がいて、二匹になった犬たちも元気に暮らしていました。

そこから数年して、おじいさんは亡くなりました。
犬はコロが最初に生んだ子を育てていたおうちの人がもらってくれました。
おじいさんには身寄りがなく、地区でお葬式をあげました。
寒さの厳しい季節の出来事でした。
内気でおとなしく、優しさのかたまりのようだったおじいさんの死を受け入れるまで、しばらくかかりました。

住む人がいなくなった家は荒れ放題になり、定期的に地区から除草作業に入る以外は手つかずです。
我が家の内側から見えるフェンスにはおじいさんが乗っていた自転車が、最後に使ったときのまま立てかけてあります。

屋根の一部は腐って朽ちたのか、落ちている部分もあります。
それでも母屋は昔のつくりというだけあってしっかりしています。
屋根は草で覆われ、テレビアンテナを飲み込みそうです。
その草を時々大きなカラスがついばんでいます。

昨日ふと屋根の上を見ると、つがいのカラスがくちばしで草をいじっていました。
なにかに使うのかな?
近くに巣があるのでしょうか?

空き家が取り壊されるのは、安全面ではとても大事なことです。
台風のたびに戦々恐々としなければならないため、崩してもらえば安心です。
それと同時に、その風景はいつか目の前からなくなるのだと思うと、うまく表現できない寂しさのような感情もあります。

梅雨の終わりに入り、思い出したように雨が降り始めました。
今夜は大雨予報です。
警報や避難レベルの雨ではないことを祈るだけです。

毎年七夕の日に合わせて、私は風鈴を出します。
いろいろなものを試し、私の耳に一番心地よかったのは真鍮製の風鈴でした。

朝からお気に入りの風鈴を出しました。
窓辺に飾っていると、遠くから蝉の声がきこえました。
今年、最初の蝉の声です。
もうすぐ梅雨が明けるのかもしれません。