blew up spirit 1
西田彩乃は就職活動時に駅の階段から転落し右足を複雑骨折した。
大事には至らなかったがその後全ての面接を松葉杖で受ける事になった。
「その右足の怪我はどうされたんですか?」
ほぼ全ての面接で聞いてくる。
「就職活動中の面接に向かう前に階段で転んでしまって…そのまま面接に行ってしまい、痛過ぎて面接どころではありませんでした」
苦笑いしながら彩乃は答えた。面接官も苦笑いした。
彼女は数社から内定を貰い、その中の一つの会社に就職した。持ち前の明るさがあり、すぐ社内で打ち解けられた。最初はみんな彼女に期待した。
「西田さん、先週頼んでおいた資料できてるかな?」
デスクの周りで何か探し物をしている彩乃に上司が尋ねる。
「すいません、もうちょっと待っていただけますか…」
入社して一年が経ち、彼女は連日残業をしながら仕事をこなしていた。
「待つのはいいけど、最近残業が多過ぎるんじゃないかな?規定時間を超えてしまうといけないから、気を付けて」
「はい、すいません…」
今月は残業が80時間に達しようとしていた。それでも彩乃の仕事は終わらなかった。
彩乃は仕事が終わるとよく一人でアルコールを摂取した。好きな酒はラムコークだが、酔えるなら何でも飲んだ。
学生の頃からの恋人がいたが、就職してからは遠距離恋愛となり連絡は少しずつ減っていった。
実家から母親が連絡して来るのが少し鬱陶しかった。
マッチングアプリで知り合った男と何人か関係を持った。その中の一人が金をせびる様になり毎月数万の金を与えていた。
残業が規定時間超過となり、帰宅後の仕事を余儀なくされた。会社から記憶媒体を持ち出し仕事をしていたが、それを紛失してしまった。
TVの画面には頭を下げる取締役と重役数人が映し出されていた。
「この度は大切なお客様の個人情報を紛失してしまい、誠に申し訳ありませんでした」
彩乃は解雇にはならなかったが異動になった。
「西田さん、左端の方持ってくれる?」
「はっ、はい」
彩乃は会社のイベントなどでテントを設営したりお茶や軽食を用意する仕事をしていた。
「そっちじゃないよ、逆逆!あ~もういいよあっち行ってて!」
「すっ、すいません」
個人情報漏洩により大きく自尊心を損なってしまった彼女は、比較的単純な作業にも支障を来す様になっていた。
(私は何のために生きているんだろう…)
帰宅してからの飲酒量は大きく増え、母親からの連絡はとらず、恋人とは別れ、金をせびる男かマッチングアプリで知り合った男を以前よりも連れ込む様になった。
ある日試しに太もも辺りをカッターで傷付けてみたところ、感じた事のない安堵感に包まれた。それ以来彼女は見えない部分を頻繁に自傷し自我を保つ事にした。