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【禍話リライト】きになるひとの話(仮)

 毎回、このリライトを書くときには、禍話wiki(下記)に上げられたタイトルを使わせていただくのだが、今回の話はタイトルが付けられていなかったので、仮タイトルだ。これは、もしや「リライトするな」というメッセージなのかとも思いつつ、正式タイトルが発表されたら、それに差し替えたいと思う。
 さて、日常で不思議な事というの起こるものだが、それが複数重なると立派な怪談になる。あなたの周りにもないだろうか。

【きになるひとの話(仮)】

 昨年(2023年)の話だという。
 Aさんが会社帰り、ぼんやりと電車の外を見ていた。いつもは、スマホを見て時間を潰しているのだが、その日はバッテリーの残りが少なかったため普段目にしない外の景色に目をやっていたのだという。
 そんなに長い時間ではないので、席には座らず、運転席に近い窓際に立っていた。窓越しに駅のホームが近づき、扉が開き、人が乗降していく。駅によって違う人の数に新鮮な驚きを覚えていたら、乗って4駅目で凄く気になる人がいたという。
 特に目立つ格好をしているわけではない。メガネをかけたスーツ姿のサラリーマンなのだが、なぜか目に留まった。普段なら、数分で忘れてしまうようないでたちだ。もちろん知り合いでもないし、おかしいところはない。
 先頭車両に乗っているので、彼が乗ってくるのは少し後ろの車両だ。少し首をのばして、ホームを見るに姿が見えないので、この列車に乗ったのだろうーーそんなことを思っているうちに、2駅過ぎ、自分の降りるB駅に着いたので、いつも通り降りた。ホームを移動している時に、後ろから来た人の中に件のサラリーマンがいた。
『同じ駅だったんだ』
 そんなことを思ったが、後ろからついてこられるのは少しだけ気味が悪かったので、身づくろいをするふりをしてやり過ごしその乗客の中では一番最後になった。
 この駅のホームは、改札へ行くのに一度高架を越えていく必要があった。だから、階段かエスカレーターかエレベーターに乗らなくてはならない。当然、多くはエスカレーターに乗る。しかし、抜いて行ったサラリーマンは、エレベーターの方へ向かった。
 ぱっと見た目はそれほどの年齢でもないし、大きな荷物を持っていたようにも思えない。足の運びも普通だったので、少しだけ気になったのだが、他に誰も使う様子もなかったので、特に問題はない。しかし、何となく気になる。
 そんな様子を傍目に、Aさんは階段でのんびり向かうことにした。
 改札に向かいながら、ふと気づく。この駅のエレベーターは、階に着くと「ポーン」とかなり大きな音が鳴る。老人や体の不自由な方が使っていた場合駅員に解るようにそういう設定になっているのだろう。しかし、Aさんが改札に来るまでその音が鳴らなかったのだ。
『あれ、聞こえないな』
 そう思いながら、高架を上がって、定期で改札を出る。
『まさかとは思うけど、エレベーターに入って行先ボタンを押さなかったなんてことはないだろうな』
 気になったので、改札を出てすぐのところにある自販機でコーヒーを買って、少しだけ時間を潰してみた。もちろん、単に好奇心を満たすためだ。しかし、ゆっくり一服していても、来る様子はない。もちろん、合理的に考えるなら、エレベーターに乗ったもののやっぱりやめて出て、トイレにでもこもった……酷く疲れていて、ボタンを押すのを忘れていたなどと説明はできる。なので、そのままやり過ごして自宅に帰った。ただ、のどに刺さった魚の骨のように、小さなしこりとして記憶に残った。
 ただ、何で気になるのかは分からないままだ。それぞれの出来事は取るに足らない小さなことだが、重なると気持ち悪く思えてくる。

 2日ほどした平日、翌日の仕事に備えて、早めに床に就いたのだが、23時過ぎに目が覚めた。やたらといちご大福が食べたい。それも、コンビニのレジ横に100円で置いてあるようなものを体が欲している。
 仕方がないので、小銭入れを持って、すぐ近くのコンビニまで向かった。着くと、レジ横に甘めにアレンジしたいちご大福が置いてあった。それを手に取って会計を済ます。
『何でこんなモノ食べたくなったんだろう?』
 疑問に思いながら、自宅マンション前の歩行者用信号を待っていると、後ろから人影が来た。すこし脇によけると、先日のB駅のサラリーマンだった。少し驚いたものの、生活圏が同じならこういうこともあるだろう。同じようなスーツ姿だったので、遅い目の会社帰りだと推察された。
 ただ、並んで歩くのは嫌だったので、少し歩調を遅らせて先に行かせることにした。すると、自分が住んでいるマンションに入っていく。『同じ住民だったのか!』と驚いた。
 サラリーマンが、エレベーターに乗り込んだのを確認して、一緒に乗るのは真っ平ごめんだったので、階段で上がることにした。Aさんの部屋は、4階だったので、本当は登りたくはなかったものの背は腹には代えられない。息を切らして、階段を登りながら先日と同じことに気が付いた。
 エレベーターが動く音がしない。
 それなりに年季が入ったマンションなので、部屋の中からでもモーター音や扉の開閉音がうっすら聞こえたりするのだが、エレベーターに近い階段を上がっていても全く音がしない。
 確かに、サラリーマン姿の男がエレベーターに入ったのは見た。
 自分の住む階に着いて、エレベーターの表示部に目をやると、1階に停まったままだ。
『気持ち悪いな、何で動かないんだろう』
 階段を4階まで上がるのに数分はかかっただろう。その間、エレベーターが上がらないことに気が付かないことなどあるだろうか。
「おかしいだろ」
 思わず口にしたとたん、「ウィーン」とエレベーターが動き始めた。慌てて、自室へ向かう。それでも、耳を澄ませているとどうやらエレベーターが止まったのは4階ではないようだった。
『怖いけど、変な風に考えがちなのかな、仕事で疲れているんだろうか』
 そんなことを考えながら台所へ向かって、買ってきた大福を立ったまま頬張った。
 Aさんの記憶があるのは、この一口目までだ。

「大丈夫ですか、風邪ひきますよ」
 気が付くと、目の前には酔っぱらったカップルがいて、Aさんに声をかけていた。大学生ぐらいの若者だ。
「おじさん、大丈夫ですか? 裸足で。風邪ひいちゃいますよ」
「おい、失礼だろ。ごめんなさいね。大丈夫ですか。俺たちも酔ってるけどおじさんも酔ってますよね。気を付けてくださいね」
 寒さに気が付いた。足は裸足で、冷えたアスファルトを感じる。
 状況を鑑みるに、いったん家まで帰って大福を口にして、再度外に出てきているようだ。体は芯から冷えている。
「じゃぁねー」
 改めて周りを見回してみると、いつも自分が降りている自宅最寄りのB駅だった。深夜になっているので、駅舎自体は閉まっている。
「怖い怖い怖い。記憶が飛んでる。お酒も飲んでないのに」
 コンビニのいちご大福に何か仕込まれていたのだろうかと変なことを考えながら、とぼとぼと自宅マンションへと足を向けた。
『明日、仕事休んで病院行った方がいいかな』
 何しろ記憶が飛んだことなどないので、不安になる。
 ようやくマンションについて、エレベーターのボタンを押す。違う階に行っていたらしく、大げさな音がして、1階に降りてくる。その時、すぐ横にある掲示板に何気なく目をやると、ポスターの文字が変な風に読めた。
「のっとり」
 一瞬驚いたが、落ち着いて見直すと違う字だったので安心したものの、今度は変な考えが頭を占めた。
『あのサラリーマンに乗っ取られる?』
 そのまま、曰くのあるエレベーターに乗るのがものすごく怖くなった。
 ポケットの中には、携帯もない。だから、朝が遅い仕事で、いつも宵っ張りの近所の友人のアパートに押し掛けた。チャイムを押すと、「誰だよ!」と出てきてくれた。
「何してんだよ、どうした?」
「ちょっと疲れてるから、一人でいたくない」
「気持ち悪いな」
「上げてくれ、乗っ取られる!」
「何言ってんの!?」
 やり取りはおかしかったが、家には上げてくれた。部屋に入ると、宵っ張りの原因であるパソコンがつけっぱなしになっている。
「借金か何かあんのか?」
「ないけど」
 その時に、Aさんは自身の体がガタガタ震えていることに気付いた。
「とりあえず、シャワー入れ」
 深夜も深夜だったが、風呂を借りて、ようやく人心地ついた。
 出てくると、これまでの経緯を友人に話してみた。
「変なことが積み重なったとしても、いくらなんでも行動をトレースしたからって乗っ取られないだろ。思考がちょっとおかしいぞ、お前疲れてるんじゃないか。有給取った方がいいよ」
「そうだな」
「あと、デジタル断捨離って言うのがある。最近変なサイトとか見てないか。PCやスマホの情報消すだけでもちょっと楽になるらしいぞ。あと、そういうものは、最低限の仕事以外は見ないほうがいい」
 明け方までその家で仮眠をとらせてもらって、翌日、会社には出社した。
 もちろんそんな翌日だから、目の下の隈などはひどく、上司に恐る恐る「すみませんが、有休を……」と申し出ると間髪を入れず、
「取れ! 顔色も悪いぞ」と諭された。
 繁忙期も過ぎていたこともあり、数日の休みが取れた。その間に友人のアドバイスの通りデジタル断捨離をしてみた。
 やってみると、結構効果がある。落ち着いてくると、それまでのことが何か気のせいだったように思えてきた。そうしながら、仕事にはLINEを使っていなかったので、整理がてら見てみた。
 すると、消しても何度も送られてくる迷惑LINEがあった。普通こういうのは株がどうとか、遺産を受け取ってくださいなど馬鹿馬鹿しいものが多いが、その中で、よくわからない申し出のものがあったそうだ。
 この一連の出来事が起こる1年前くらいから送られてきているものだ。意味の分からないことを何度も告げていたので、来るたびに消していたが、それが、パニックになって、友人のところに押しかけた日、押しかけたその時間にも1通来ていた。
「吉崎さんメッチャ悔しがってましたよ(笑)」
 また関連付けて怖くなってしまった。
 だから、完全に使わないLINEなどのSNSは消してしまったという。

 一つひとつはそれほど不思議なことではないが、何度も積み重なるとかなり気持ちの悪い事になる。ゆめゆめ、気になる人がいても相手になどしないことだ。
                          〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第四十夜(2024年4月20日配信)
43:00〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいていま……

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