第27夜 おとうさん
もし亡くなった人が目の前に現れても、見た人の心持次第で恐怖にも恋しい気持ちにもなる。もちろん、どちらも怪談のカテゴリの中にある。
お正月に、親族から初めて聞いた話。仮にAさんとするが、彼とその祖母の話だという。
【おとうさん】
Aさんは、京都の私大に市内の祖母の家から通っていた。彼女の夫、つまりAさんの祖父は、太平洋戦争で亡くなったのだという。
祖母の口癖は、「おとうさんは亡くなった後、一度も私の夢に出てきてくれていない」というものだった。彼女は、配偶者のことを夫といわずに「おとうさん」と呼んでいた。
Aさんがまだ大学生だった20年前、祖父が駐屯し、命を落としたミャンマー南部のメルギー(現メェイク)の軍港を旅行した。現地は当時、観光地ではなく、日本人は随分珍しかったという。日本兵を弔った寺院に建てられた慰霊碑を尋ねると、墓守の老人が訛りのきつい英語でいろいろと教えてくれたという。曰く、「この地はそれほど激しい戦闘は行われなかった」「日本兵がこの地にいたことを多くの人が忘れかけている」等。祖父は、戦中にイギリス軍の捕虜となり、この地で病没した。
何もないかの地へは、バンコク経由で赴いた。学友が帰っていたためだ。日本に留学へ来るくらいなので、裕福な家庭に育っており、行きも帰りも一泊ずつさせてもらったのだという。帰りに寄らせてもらった晩に、こんな夢を見た。
メルギーで参ったお寺の縁側に座っていると、小僧といってもいいような若い仏教僧が水を張った水鉢を大切そうに持って立っており、そこに蓮の花が浮いていた。僧は、笑顔で何かつぶやいたが、現地の言葉だったため意味は分からなかった。しかし、祖父が蓮の花を見たいといっていると伝えたがっているのだと感じた。
朝起きて、友人にその話をすると、蓮の花の蕾を一つくれた。大事に京都に持ち帰り、下宿している祖母の家の仏壇の前に鉢を置き、水を張って供えた。祖母に夢も含めて事の顛末を話すと、熱心に聞いてくれたのだという。
翌日、祖母が朝食の時、「昨晩、出てきてくれたの」という。
聞くと、夢の中で祖母は仏間に立っていた。仏壇の前に男性が背を向けて胡坐をかいて座っている。肩越しに蓮が浮いている水鉢をもった手が見えた。すぐに祖父だとわかった。
「それがうれしくてね、つい『おとうさん』と声をかけたの」
その声に気付き、祖父がこちらを向こうとしたところで目が覚めたという。
Aさんの家では、今でも終戦記念日近くには蓮の花を供えるそうだ。
その祖母も、2019年の12月に卒寿を越えた天命を全うした。そんなこともあってこのエピソードを思い出したのかもしれない。
幽霊の話といっても、この話のようにようやく会えた(厳密には夢だが)というようなものもある。東日本大震災の後には、こうした話が多く流布した。真面目に研究として集めた本がいくつも編まれている。人間の心の機能だと言えなくもないが、これも怪談のいいところだと思う。
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