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【禍話リライト】間に合わない夢

 夢は、多くの人が認める不可思議との情報交換の手段だ。
 予知夢、死者との別れなど怪談の定番と言える。どれほど怪異を否定している人も、夢を見ない人は少ないだろう。
 そして、夢はまだまだ明らかになっていない部分が大きい。
 これは、そんな❝夢❞の話。

【間に合わない夢】

希死念慮:自身の人生を終わらせる可能性について、考えたり、反芻したりすること。

 現在40代の会社員のAさんは、ある夢を見ると起き抜けに必ず希死念慮に駆られていたという。最初に見たのは、大学生に入ってすぐのころ。
 夢の中で、実家のベッドの上で起き上がってAさんは高校に行かなければいけないと焦っている。
 しかし、実際のAさんは高校時代、体調不良や雪などの外的要因以外は無遅刻・無欠席だった。
 目覚めたときに、枕元の時計は絶対に間に合わない時間を指している。それでも、学校に向かおうと試行錯誤するものの、制服の首元のカラーが見つからなかったり、生徒手帳が出てこなかったりする。こうした細々した要因により、家を出ても1時間目の授業前のHRに絶対間に合わない時間に追い込まれる。
 公共交通機関に頼ったのでは間に合わないため、自転車で向かおうと思うのだが、タイヤの空気圧が低く、思うようにスタートできない……。
 こんな状況では、とても行けない。もう学校を休もうかという思いが脳裏をよぎると、『そうやって自分はいつも学校へ行ってない』という考えが胸を満たす。そうして頭を抱えた瞬間に目が覚める。
 しかし、気持ちはそのまま引き継いでおり、希死念慮に支配されてしまうのだという。
 実際は、高校はとっくに卒業しているし、外的要因以外で学校に遅刻や休みをしたことはない。にもかかわらず、『死んでしまおうか』という気持ちが脳裏にこびりつくのだという。
 悲しい気持ちのまま、準備をして大学へ向かう。すると、1限目が始まるころには、すっかり朝見た夢など忘れてしまっているのだ。
 少し思い出したとしても、『何であんな夢を見て、凹んだのだろう』ぐらいにしか思っていなかった。
 これを定期的に、ずっと見ていたのだという。

 あるとき、夢の中で間に合ったことがあった。
 絶望的な思いで自転車を飛ばしたら、存外スムーズに進み、一時間目のチャイムが鳴る前に到着できた。
 見覚えのある門をくぐって、自転車置き場に停め、高校に入ると、そこは見たことのないつくりだった。外観は実際にAさんが通っていた学校なのだが、中身は下駄箱も置いておらず、クラス分けの概念も実際は1組、2組と続くのに、アルファベットの順になっている。
 それでも、自身の感覚を信じ、足の赴くままに進んで、あるクラスに入ると、皆が「おはよう」「今日はぎりぎりだな」などと迎えてくれる。
 しかし、誰一人として知った顔がない。タレントや俳優でもなく、ごくごく普通の人ばかりだ。他愛もない会話を重ね、自分は周りを知らないが、周りは自分のことをよく知っているように話しかけてくるので、だんだん慣れてきた。教科書は手になじみのある、覚えのあるものだ。
 誰かから、
「ノート写させてくれよ、昨日約束したろう」
と言われて、そんなこともあったかなと、何気ない会話を交わす。
「今日、小テストだから、その範囲だけでも。今日当てられるんじゃないか」などと、夢の世界に染まっていく。
 授業が始まるころに目が覚め、ベッドの上で起き上がると、いつものあの希死念慮は訪れなかった。
 それ以来、この学校に間に合わない夢をぱったりと見なくなった。

 夢にまつわる不思議なエピソードだが、話はここで終わらない。
 夢を見なくなって1年ほどがたち、大学3年になった頃、サークルの先輩から、
「急に塾の講師に空きができたので、アルバイトをしないか?」
と誘われたのだという。
 ただし、何の審査もなく雇えないということで形だけの簡単な面接を提案された。もちろん、先輩のお墨付きはあっても、雇う側からしたら最低限の情報は欲しいだろう。
「鼻ピアス開けたタトゥーバリバリの先生が来たら、生徒も驚きますからね」と冗談を言いつつ、承知する。
 塾は個別指導ではなく、10人前後の生徒へ向けて講義を行う指導方針のところだった。

 面接当日、先輩に教えられた場所へ赴く。
 塾の外観を見たときに嫌な予感があったという。
 扉を開けて、疑念は確信に変わった。
 塾の内装が、夢で見たあの高校の中身と全く同じなのだ。
『クラス分けがアルファベットだったら嫌だな』
ーー得てしてこういう予感は的中する。夢で見たように、案内される廊下に並ぶクラス分けは1ーA組、2-B組などアルファベットだ。
 案内された塾長室で、まだ若い塾長と、先輩と面接を行うものの、入口からここまでの風景に引っ張られて、丸っきり上の空だ。
 途中、ガラス越しに見えた教室の内観は、そっくり夢で見たままで、『あそこに座ったら夢のままだな』『教室の後ろからの風景はそっくりだな』と思いが強く、簡単な面通しだと言われた面接の内容が頭に入らない。
『もし、塾生が夢で見た同級生そのままの顔だったらどうしよう』
ーーそんな思いばかりが去来する。
 向こうはかなりにこやかに話しかけてくれるのだが、きょろきょろと辺りを見回して、ソワソワした対応になってしまう。
 形式だけの面接で雇われることがほぼ決まっているので、塾内を案内されるものの、目に入る景色すべてに見覚えがあり、ずっと上の空の態度だったという。話しかけられても「ああ」とか「ええ」などという返答しかできなかった。
 そのことは自身でも分かっており、『かなり挙動不審な人に見られているだろうな』と思っていたそうだ。
 数日後、蓋を開けて見ると、塾からの返事は不採用だった。
 先輩は、すまなさそうにこう告げた。
「全然分かんないんだけど、塾長は、『Aは悪くない、塾側の勝手な都合だ』って言うんだ」
 時給はかなり高かったが、夢との一致のこともあり、二の足を踏んでいる状態だった。
 『まぁ良かった』自身を納得させて、全然別のバイトをすることになったものの、胸の奥にわだかまりが残る結果になってしまった。

 しばらくして、大学の飲み会でバイトの話になった。
「実は〇〇先輩に塾講師のバイトを紹介してもらったんだけど、何か知らんけど雇ってもらえなくてさ」
 すると、仲間の一人がこう返した。どうやら先輩から塾の内情について聞かされているようだ。
「良かったんじゃないの。今のバイトの方が時給低いとはいえ、Aに合ってるんだろ」
「あそこの塾は、ブラックバイトだったの?」
「ブラックでも何でもないよ。あそこ、塾長をはじめ職員はいい人だし、生徒も聞き訳が良く、モンスターペアレンツみたいな保護者もいないし」
 長所ばかりを挙げる。何が良かった・・・・のか分からないまま耳を傾けていると、こう告げた。
「ただ……あそこ、講師が二人くらい自殺してんだよ」

 「もしかすると、私は危ないところだったんでしょうか?」
 Aさんは、話を締めた。
 あるいは、塾側も敏感にそうした浮ついた気配を察知して、雇わなかったのかもしれない。
                 〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第十八夜(2023年5月20日配信)

34:04〜

※しかし、は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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