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じいちゃんと僕の遊び

「今日は、じいちゃんと遊んでおいで。」

そう言われて、じいちゃんがまともに遊んでくれた記憶はない。

じいちゃんは、僕と2人になると、決まって同じ場所へ連れて行った。

*****

じいちゃんの家を出て、ゆるい坂を上った先に踏切が見える。

その真っ直ぐな坂をじいちゃんは僕のあゆみに合わせて歩く。

たまに電車が通るときがある。

遮断機が下りるのが見えたとき、じいちゃんは「電車が来るぞ!」と喜んで僕の手を引く。

踏切を渡って、そのまま少しだけ歩くと、焼き鳥屋さんに着く。

*****

焼き鳥屋さんの入口には、大きな赤提灯があって、縄のれんが掛かっていた。

僕は縄のれんには手が届いたけれど、提灯には届かなかった。

ガラガラと引き戸を開ける。

「いらっしゃい!」と、大将さんがじいちゃんと僕の名前を呼ぶ。

お店の中は焼き鳥のけむりでいっぱいだった。カウンターの席がお店の奥の方まで続いていて、お客さんは大将さんを囲むように座っていた。

僕とじいちゃんも、カウンターの席に並んで座る。頼むメニューはいつも決まっていた。

僕は、瓶のオレンジジュースで、じいちゃんは、瓶のビールを頼む。

*****

大将さんは僕にいろいろなものを食べさせてくれた。僕が1番気に入った料理のことを大将さんは「それは『煮込み』と言うんだ。」と教えてくれた。

じいちゃんは、僕が隣にいても、知らない人とよくおしゃべりをしていた。
でも、僕にも、知らない人がたくさんおしゃべりをしてくれた。

ここでは、とにかくみんなが笑っていた。
大人たちが声を出して笑っていた。

じいちゃんとの遊びは楽しかった。

*****

夕暮れになり、提灯の明かりがともるころ、僕とじいちゃんは店を出る。

カウンターの上にいくつも散らばった王冠のうち、きれいなものを選んで僕はポケットに入れる。

僕は王冠をひそかに集めていた。キラキラした王冠は僕の宝物だった。

*****

「またおいでね!」

引き戸を開けると、大将さんとお客さんみんなが、僕とじいちゃんに手を振ってくれる。

僕はみんなに「バイバイ」をしながら、踏切が赤く点滅するのが見えると、「電車が来るよ!」と、じいちゃんをおいてけぼりにして走り出す。

そんな帰り道。遠く後ろから、僕を見つめてゆっくりと歩くじいちゃんの顔が、忘れられない。






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