チコの羽
ここは鳥たちの学校。
小さくてかわいい鳥の子どもたちの学校です。
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学校は、緑の山にぐるっと囲まれています。学校の真ん中には、鏡のように美しい湖があります。湖のほとりには、色とりどりのきれいな花が咲いています。
きれいな花のまわりには、山のすそ野に向かって、草の絨毯が広がっています。
ところどころに澄んだ水が湧き出して、清らかな小川となって流れています。
さまざまな樹木が生い茂っていて、どの木にも、木の実 や 果実 がたわわに実っています。
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朝日が昇って、明るくやわらかな日差しが降り注ぐころ、かわいい鳥の子どもたちが湖のほとりに集まります。
鳥の子どもたちは、大きくなって立派な鳥になりたいと思っています。大きくなったら、緑の山を越えて、新しい世界へ羽ばたきます。そのために、鳥の子どもたちは、この学校で、自分の特技を磨くのです。
夕暮れになって、雲が真っ赤に染まるころ、鳥の子どもたちはそれぞれの巣へ帰っていきます。
こうして、鳥の子どもたちの1日は終わります。
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「チコ」は、この学校に通う小さな鳥の子どもです。
チコは、大きくなったら何の鳥になりたいのかわかりません。何の特技を磨いたらよいのかわからないのです。
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チコは友だちの「ホー」に聞きました。
「ねぇ、ホーちゃん。あなたは大きくなったら何になるの?」
ホーは言いました。
「わたしはウグイスになるの。わたしの声を聴いて。高くて澄んだきれいな声でしょ。わたしは、この声で美しく歌って、みんなに季節の訪れを伝えるのよ。でも、あなたの声では難しそうね」
チコは声を出してみました。たしかにウグイスの「ホー」のような高くて澄んだきれいな声は出ませんでした。
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チコは友だちの「ガー」に聞きました。
「ねぇ、ガーくん。あなたは大きくなったら何になるの?」
ガーは言いました。
「僕は大きくなったらカモになるんだ。僕の足を見てよ。立派な水かきがあるだろう。この足を使って、水に潜って魚を捕まえるんだ。でも、君の足にはどうやら水かきはないみたいだね」
チコは自分の足を見ました。たしかにカモの「ガー」のような立派な水かきはありませんでした。
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チコは友だちの「スー」に聞きました。
「ねぇ、スーちゃん。あなたは大きくなったら何になるの?」
スーは言いました。
「わたしは白鳥になるの。わたしの羽を見て。白くて美しいでしょ。この白くて美しい羽で大空を飛んで、みんなに喜んでもらうの。でも、あなたの羽は白くないわね」
チコは自分の羽を見ました。たしかに白鳥の「スー」のような白くて美しい羽はありませんでした。
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チコは自分が何の鳥なのか、わかりませんでした。
自分の特技は何なのか、大きくなったら何をしたいのか、わからなくなってしまいました。
「本当にあの緑の山を越えられるのかしら」
チコは不安になりました。
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チコは、朝日が昇るとともに学校に来て、夕暮れまで学校で過ごしました。
あるときは、一生懸命に、歌う練習をしました。
ウグイスの「ホー」のように。
あるときは、一生懸命に、水に潜る練習をしました。
カモの「ガー」のように。
あるときは、一生懸命に、白くて美しい羽になるよう羽の手入れをしました。
白鳥の「スー」のように。
でも、何をどれだけやっても、うまくいきませんでした。
チコはうまくくいかない自分が嫌になり、悲しい気持ちになりました。
それでもチコは、練習をやめませんでした。
毎日毎日がんばりました。
いつか、自分に大きく羽ばたける日が来ることを信じて。
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春が来て、また次の春がきて、またまた次の春を迎えたころです。
学校の友だちは、それぞれ立派な大人の鳥になりました。
「ホー」はウグイスに、「ガー」はカモに、「スー」は白鳥になりました。
ウグイスの「ホー」は言いました。
「わたしはこの高くて澄んだきれいな声で、あの山の向こうへ飛んで、みんなに季節の訪れを伝えるわ」
カモの「ガー」は言いました。
「僕はあの山の向こうに行って、この立派な足で水に潜って魚を捕まえるんだ」
白鳥の「スー」は言いました。
「わたしはこの白くて美しい羽であの山を飛び越えて、新しい世界の人たちを喜ばせるわ」
そして、ホーと、ガーと、スーは、声をそろえて言いました。
「さあ、行きましょう」
みんなは羽を広げ、大きく羽ばたくと、ゆっくりと緑の山へ向かって飛んでいきました。
チコは、緑の山へ向かって飛んでいくみんなの後ろ姿をずっと見つめていました。
チコだけはまだ大人の鳥になれていなかったのです。
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チコは、あきらめませんでした。
毎日毎日、一生懸命に、歌う練習をし、水に潜り、羽の手入れをすることをやめませんでした。
学校のみんなが巣立っていって、とうとうひとりになっても。
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そんな、ある日のことです。
チコはついに、くたびれ果ててしまいました。
チコは湖のほとりで、きれいな花のそばに横たわりました。
そして、目を閉じました。
そのまま、チコは、深い深い眠りにつきました。
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どのくらい眠ったのでしょう。どのくらいの季節が移ろい変わったのでしょう。
明るい春の日差しに照らされて、チコの体は少しずつ温まっていきました。
そして、チコは、深い深い眠りからようやく目を覚ましたのです。
チコは、起き上がると、自分が大人の鳥の姿になっていることに気が付きました。
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チコは、まず、声を出しました。
声は、ウグイスのような高くて澄んだきれいな声ではありませんでしたが、美しくはっきりとよく通った声でした。
続いて自分の足をみました。
2本の足は、カモのような立派な水かきはありませんでしたが、たくましくしっかりとした足になっていました。
最後に自分の羽を見ました。
羽は、白鳥のように美しくて白い羽ではありませんでしたが、大きくて長くて整った形の羽でした。
そして、チコの羽は、春の日差しに照らされると、まばゆいばかりにあざやかな七色に輝きました。
チコは「クジャク」でした。
チコは、立派な大人のクジャクの姿になっていました。
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クジャクになったチコは羽を広げました。
そして、大きく羽ばたくと、大空へと舞い上がりました。
湖がどんどん小さくなっていきました。
山のすそ野に向かって、草の絨毯の上を風のような速さで、ぐんぐん進みます。
チコは勢いよく上昇し、雲の谷間を力強く突き抜けると、緑の山は遥か下に見えました。
チコは、ついに緑の山を越えました。
そして、不思議なことに、チコ飛んだあとの空には、キラキラとした七色のひかりが降り注ぎ、幾重にも連なる七色の虹がかかったのです。
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チコは、山を越え、新しい世界へと飛び立ちました。
すると、ウグイスがひとりポツンと佇んでいるのが見えました。
チコは、そっとウグイスの近くに降り立ちました。それは、ウグイスの「ホー」でした。ホーはブルブルと震えていました。
チコは、ホーに聞きました。
「ホーちゃん、いったいどうしたの?」
ホーは言いました。
「あなたはもしかしてチコ? わたし、寒くて寒くて のど が痛いの。のど が痛くてわたしの高くて澄んだきれいな声が出ないのよ。何度鳴いても、うまくいかないの。それが、悲しくて、悲しくて・・・」
ホーは泣いていました。チコも悲しくなりました。
そして、チコは、七色に輝く羽で、そっと、ホーの のどを温めました。
するとどうでしょう。
チコの羽から、キラキラとした七色のひかりが放たれて、ホーの のど の痛みはなくなったのです。ホーは、高くて澄んだきれいな声を取り戻しました。
ホーは笑顔になりました。
そして、チコは、七色の羽を一枚抜いて、ホーに手渡しました。
「この羽を持っていれば、もう大丈夫だから」
そう言うと、チコは大空へと羽ばたきました。
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チコが大空を舞っていると、今度はカモがひとりうずくまっているのが見えました。
チコは、そっとカモの近くに降り立ちました。それは、カモの「ガー」でした。ガーはウンウン唸っていました。
チコは、ガーに聞きました。
「ガーくん、いったいどうしたの?」
ガーは言いました。
「君はもしかしてチコ? 僕は、足が痛くて痛くて。どうやらケガをしてしまったみたい。だから水に潜れなくて、魚を捕まえることができないんだ。それが、悔しくて悔しくて・・・」
ガーは泣いていました。チコも悲しくなりました。
そして、チコは、七色に輝く羽で、そっと、ガーの足を包み込みました。
すると、チコの羽から、キラキラとした七色のひかりが放たれて、ガーの足のケガはあっという間に治ったのです。
ガーは、笑顔になりました。
そして、チコは、七色の羽を一枚抜いて、ホーに手渡しました。
「この羽を持っていれば、もう大丈夫だから」
そう言って、チコはまた大空へと羽ばたきました。
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チコが大空を舞っていると、今度は白鳥がひとりで座っているのが見えました。
チコは、そっと白鳥の近くに降り立ちました。それは、白鳥の「スー」でした。スーはシクシク泣いていました。
チコは、スーに聞きました。
「スーちゃん、いったいどうしたの?」
スーは言いました。
「あなたはもしかしてチコ? わたし、羽が汚れてボロボロになってしまったの。もういくら手入れをしても、前のように白くて美しい羽にならないの。わたしはもうどうしていいかわからないの・・・」
スーはずっと泣いていました。チコも悲しくなりました。
そして、チコは、七色に輝く羽で、そっと、スーの羽をなでました。
すると、チコの羽から、キラキラとした七色のひかりが放たれて、スーの羽は、みるみる白くて美しい姿を取り戻したのです。
スーは、笑顔になりました。
そして、チコは、七色の羽を一枚抜いて、スーにわたしました。
「この羽を持っていれば、もう大丈夫だから」
そう言って、チコはまた大空へと羽ばたきました。
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チコの羽には不思議な力がありました。
ずっとうまくいかずに悲しんできたチコには、悲しむ鳥の気持ちがわかるのです。
そんなチコの七色の羽には、悲しむ鳥たちの心を癒す不思議な力があったのです。
チコは自分のことを誇りに思いました。
そして、悲しむ鳥に出会うと、自分の羽を一枚抜いて、悲しむ心を癒すことにしたのです。
チコの羽をもらった鳥たちは、みんな笑顔になりました。
その笑顔をみて、チコも笑顔になりました。
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そうして何年も過ごしたある日のことです。
チコは大空を羽ばたこうとしたのですが、飛べませんでした。
チコは、悲しむ鳥を見つけては、自分の羽を抜いていました。
だから、もう、チコの体には飛ぶために必要な羽が残っていませんでした。数えるほどの羽しか残っていませんでした。
それに気が付いたとき、チコは悲しい気持ちになりました。
チコは、美しくはっきりとよく通った声で何度も何度も泣きました。
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飛べなくなったチコは、森の中をさまよいました。
行く当てはありませんでした。チコは、悲しくて仕方がありませんでした。
飛べないチコは、ただ、前に向かって歩くことしかできませんでした。
でも、チコには、たくましくしっかりとした2本足がありました。その足で、ゆっくりゆっくりと前に向かって歩きました。
上り坂にさしかかり、長い上り坂になっても、チコは、あゆみを止めませんでした。
ひたすらまっすぐ進みました。
先が見えない道を、祈るような気持ちで、進んでいきました。
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しばらく進むと、突然視界がひらけました。
チコは高い山のてっぺんにたどり着いていました。
山のてっぺんから前をみると、はるか先に、あの、鏡のような湖と、色とりどりのきれいな花が咲いているのが見えました。
それは、鳥の子どもたちの学校でした。
ずっと昔にチコが過ごした学校が見えたのです。
チコは最後の力を振り絞って、鳥の子どもたちの学校を目指しました。
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ついに、チコは、湖のほとりにたどり着きました。
でも、もうそこには鳥の子どもたちはいませんでした。
湖のほとりに、きれいな花が咲いていました。
チコは、きれいな花のそばで横になりました。
そして、しばらく目を閉じました。
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チコが目を開けると、小さな鳥の子どもがいました。
小さな鳥の子どもは、ひとりだけできれいな花を眺めていました。
それは、まるで、子どものときの自分のようでした。
チコは、聞きました。
「あなたは大きくなったら何になるの?」
小さな鳥の子どもは言いました。
「僕は、大きくなったらクジャクになりたいんだ。七色の羽でみんなの心を癒すんだ 」
そう聞いて、チコはうれしくなりました。そしてチコは言いました。
「わたしはクジャク。でももう空を飛べないの。わたしは飛べないクジャクよ」
すると、小さな鳥の子どもが言いました。
「何をあたりまえのことを言っているの? クジャクは空を飛べないんだよ。クジャクは最初から飛べない鳥なんだよ」
そして、小さな鳥の子どもは、緑の山を見つめて言いました。
「だから、僕は歩いてあの緑の山を越えていくしかないんだよ。でも、道がわからなくて不安なんだ」
すると、さっきまでチコが歩いてきた道が、七色に輝きだしました。緑の山に、はっきりと七色に輝く1本の道ができたのです。
「えっ、すごい! あなたは山の向こうから来たの? だったらあの道は山の向こうにつながっているんだね! ありがとう。 僕はあの道を歩いていくよ。だって、クジャクは空を飛べないからね」
鳥の子どもはそう言うと、あっという間に大人のクジャクの姿になりました。そして、
「僕はあなたのことを忘れない」
と言い残し、七色に輝く道を駆けていきました。
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チコは、湖のほとりで、またひとりになりました。
その日から、チコは、残った羽だけで、大空を飛ぶ練習を始めました。
毎日毎日、わずかな羽で、羽ばたきました。
ところが、いくら羽ばたいても舞い上がることができません。
それでもチコやめませんでした。
もう一度、自分が大きく羽ばたける日が来ることを信じて。
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草の絨毯が少しづつ七色に輝きはじめていました。
そのひかりに照らされて、緑の山にかかる雲に、たくさんの鳥の影がみえてきました。
(おわり)
お気持ちは誰かのサポートに使います。