届かない声 Spring(小説)

バジルさんの小説 「Spring」の続き(?)を書いてみました。中学1年生の男女のお話です。 まずはバジルさんの小説からどうぞ!

*****

看護師さんの診察はすぐに終わり、僕はひとり病室へ戻った。
誰もいない病室。
いつもと少し違うのは、僕のベッドの脇に、斜めに寄り添うようにパイプ椅子が置いてあることだ。

僕は部屋に入ると、ベッドに横たわり、仰向けなって天井を見た。
エアコンの送風の音が聞こえた。
診察室に行ってきたせいで、シップの匂いが鼻につき、さっきまで部屋に漂っていた甘い香りが消えていた。

*****

遠野さんにあんなことを言わなければよかった。
素直におにぎりを受け取っておけばよかった。

久しぶりに会った遠野さんは、なんだか雰囲気が違っていた。
洋服のせいかなあ。髪型のせいかなあ。
教室では隣の席だったのに、なぜか教室の遠野さんの姿が思い出せない。
こんなに甘い香りはしなかったし。

遠野さんのおにぎり、どんなおにぎりだったのかなあ。
中身は「からあげ」と言っていたけど。

ラップに包まれていたおにぎりは、きっと、僕の大好きなおにぎりだ。
海苔がしっとりとしているおにぎり。
おもいっきり上からかぶりつくと、冷めて汗をかいたご飯に、ほのかな塩味がついている。ちょうどいい塩梅で。
だから、噛んでいく度にご飯が甘くなっていく。絶対、おいしいやつ。
ああダメだ。腹が減った。

そして、2口、3口とおにぎりに食らいつく。
少しずつ、ゆっくりと噛みしめながら。
そんな想像をしていたら、おにぎりから大きな「からあげ」が顔を出した。

*****

僕はベッドから立ち上がると病室の窓を開けた。
外は晴れていて、午後の生暖かい空気が入ってきた。
埃っぽい匂いがした。
遠くで工事現場の騒々しい音がした。

4階の病室の窓から下を眺めると、こちらに背を向けて、レンガ色のタイルの道を歩いてゆく人が見えた。
ベージュのリュック。白いパーカー、ブルージーンズ。間違いない。遠野さんだ。

(おーい、遠野さん!)

僕は、心の中で叫ぶ。
もちろん、遠野さんは気が付かない。

ちょうど、桜が咲いていた。
タイルの道に沿って、何本もの桜が咲いていた。
しばらく、遠野さんの背中を見ていた。

春の風が吹いた。
桜の木々が一斉になびいた。
風に乗って花びらが舞う。

遠野さんが振り向いた。ポニーテールがふんわりと揺れた。
窓から見下ろす僕に気が付いたようだ。

遠野さんは見上げて僕に手を振る。
僕も遠野さんに手を振る。

思わず、叫んだ。届くはずもないのに。

「おにぎり、やっぱ、いるー!!」


(おわり)





バジルさん、ありがとうございます! はじめての体験でしたが、書いてみてとっても楽しかったです!


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