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日本からアメリカそして中国へ。中国での就活と独立の経験談とアドバイス

Chinese Institute for Brain Research
大前 彰吾

※本記事は、書籍「人生の選択肢を広げるための研究留学実践ガイド(羊土社より発売予定、編集:山本慎也先生,中田大介先生)」の中のコラム記事と共通記事として書きました。この書籍はUJA (海外日本人研究者ネットワーク)の読者の興味に近いと思うので他の記事もご参考になると思います。


アメリカでの就活 

 私は2024年に中国北京にあるChinese Institute for Brain Research (CIBR)でPIとして独立しました。中国へのポジション応募から採用決定に至るまでの経験をシェアしたいと思います。私は日本でMDとPhDを取得し、その後アメリカで11年間ポスドクとAssistant professorをしていました。NIHグラントを獲得して独立のための就活を始めたのですが、コロナ禍の影響、アメリカ社会の変化もあって苦労しました[注1]。

[注1] アメリカでの多様性推進は、これまで科学界でUnderrepresentedであった人々(特に、黒人、ヒスパニック系、女性など)を増やすことを目指しており、私が受けたアメリカの中堅大学のオンライン面接では、多様性に関する質問にかなりの比重がおかれていました。これからアメリカで独立を目指すかたは、Underrepresentedな人々をいかに支援するかを自分自身の課題として捉え、積極的に取り組む姿勢が求められるでしょう。また、北米の科学界ではアジア人はUnderrepresentedな人々には含まれないため、何か別の強みが必要になります。

中国での独立という選択肢

 そこで、アジア、特に中国での独立を目指すことにしました。中国という選択肢は、CIBRで古くからの友人がPIをしており、内部事情や研究環境の良さを聞いていたことが大きく影響しています。また、中国の研究動向に造詣の深い恩師と話したり、実際の面接の経験を通じて、自分の研究者としての特性[注2]が、アメリカよりも中国の研究環境に合っているようだと感じました。

[注2]研究者としての私の特性は、別解提案の得意な「概念ハンター」であることです。私は、脳の情報処理メカニズムを理解する上で、大きな概念(例えば強化学習)を深く掘り下げ、その適用範囲を知り尽くすことに強く惹かれます。さらに私は、大きな概念の深い理解のストックをもとに、正攻法では思いつかないような別解(例えば、「これは強化学習と〇〇の組み合わせとして理解できるのでは」のような)を思いつくことが得意です。中国での面接では、私のこの強みを高く評価してもらえたという印象があります。
 

中国の公募、推薦書

 中国の公募は、Nature careers、Science careers、NeuroJobs、などの欧米の求人サイトで探しました。応募書類はCV、カバーレター、研究計画書、推薦書が基本セットです。私は推薦書を、大学院とポスドク時代の指導教官にお願いしました[注3]。また、元同僚で成功した中国系アメリカ人PIのNuo Li先生と、学部生時代の指導教官で、中国の事情に明るくコネクションもある尾藤晴彦先生(東京大学)にお願いしました[注4]。

[注3]アメリカや中国では、推薦書が推薦者によって直接書かれ、内容も応募者には秘密とされるため、採用担当者はこれを真剣に評価します。そのため、日本の先生に推薦書をお願いして自分が下書きをする際には、アメリカの慣習に合わせた力強い表現を用いるよう心掛けました。
[注4]特に尾藤先生はCIBRのCo-directorと旧知の間柄で、彼が気合いをいれて私を推してくださったのが非常に強力な推薦となりました。中国のポジションへの応募の場合は、中国の研究世界と関係の深い人の推薦も重要だと思います。

書類選考通過後

 書類選考を通過すると、30分ほどのオンライン面接がありますが、この面接はお互いにこのまま進めて問題がないかを確認するためだけの非常に簡単なものです(雑談だけのこともありました)。その後、本選考の日程が通知され、トークと面談が行われます。本選考を受けたのは、深圳の南方科技大学(SUSTech)、上海のInternational Center for Primate Brain Research (ICPBR)、北京のChinese Institute for Brain Research (CIBR)でした[注5]。トークのフォーマットは、40分で過去の研究、15分で将来の計画について話すというのが典型で、その後、活発な質疑応答が続きました。トークの前後に研究所所属のPIと順番に面談をしました[注6]。

[注5]SUSTechとICPBRはオンライン、CIBRは現地での本選考でした。準備期間はオンラインの場合短く2週間弱しかありませんでした。現地選考の準備期間は1か月以上でした。
[注6]面談の際の話題は、大学と研究所という違いもあるかもしれませんが、アメリカで受けた面接よりもサイエンスにフォーカスしていました。お互いの専門分野を超えた議論になることも何度もありました。

オファーの獲得

 オファーは、最初にICPBRから[注7]、その後CIBRからもいただき、かなり悩みました。結局、若い研究所でPI間にフラットで自由な雰囲気が溢れていること、信頼できる友人がいて助け合っていけそうなこと、研究サポートが手厚いことから、CIBRを選びました。SUSTechは選考途中で断りました[注8]。以上が私の応募から採用までの過程です。

[注7]ICPBRは本選考の翌日にはco-directorのNikos Logothetis先生から、内々にメールでPIとして採用したいと言っていただきました。Nikos先生は視覚野の研究で大発見をした私の大学院生時代からの憧れの研究者で、彼が、「君の研究は素晴らしい。脳研究におけるアプローチや考え方もとても気に入った」と言って、私の強みを高く評価してくれたことは、ほんとうに嬉しく、大きな励みになりました。
[注8]SUSTechのホストの先生にCIBRに行くことに決めたと伝えると、「うちは遅すぎて負けた!」という何とも明け透けな返事が返ってきました。このざっくばらんで人間っぽい感じは、多かれ少なかれ中国での選考で感じた特徴で、私を採用しようと頑張ってくれた熱意が伝わってきて有難く思いました。


おわりに

 最後に、宣伝です。大前ラボでは、「大脳と小脳が協調して言語処理などの認知情報処理を学習し実行するメカニズム」を研究しています。私たちは、脳の神経細胞の活動を電気的に計測して情報処理メカニズムに迫る電気生理学と、脳に似たAI回路を作成して脳の情報処理をシミュレーションするという計算論的脳科学の二本柱で研究を行っています。後者の研究で2024年1月に私のラボから最初の論文がでました[注9]。現在、研究室メンバーを募集しております。脳の回路計算に興味があり、研究に集中できる環境でサイエンスの大きな問いに答えたいという野心をお持ちの方は、ぜひご連絡ください。また、ラボのHPではここでは文字数制限で書けなかったことをもう少し詳しく書く予定にしていますの是非訪ねてみてください。

[注9]Emergence of syntax and word prediction in an artificial neural circuit of the cerebellum | Nature Communications この論文は小脳回路を模したANNを作り、小脳が行う複数の言語処理を統一的に理解できる「概念」(=ANNの回路計算)を提案するもので、Nature CommunicationsのFeatured Articleにも選ばれました。別解提案の得意な「概念ハンター」という私の特性がよくあらわれた仕事だと思います。またこの論文の内容を語った過去のトークもご覧ください(https://www.youtube.com/watch?v=z5sYI-ez7_0)。


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