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学校の先生を目指していたけど、オックスフォードでタンパク質の研究をしています

加藤孝郁
所属:Department of Biochemistry, University of Oxford
職業:Postdoctoral researcher
専門:膜タンパク質の構造生物学

現職に至るまでの今までの経緯

学部は教育学部に所属していて、中学か高校の先生を目指していました。また、学部時代は漫才や漫談で舞台に立ってお客さんを笑わせていて、一時期は芸人にも挑戦したいとも考えていました。当時、他の大学にいて学生間で有名だった真空ジェシカが2021年のM-1グランプリに出ていて驚きましたね。そんな感じの学部時代なので、生命はおろか、「研究」という言葉にすら無縁な日々を送っていました。

生命系の研究分野に入ったきっかけは、当時教育学部でも所属可能な卒研ラボのPIで、世界で初めて真核生物の機械刺激感受チャネルの候補を発見した飯田秀利現名誉教授との出会いです。せっかくの機会だし、「研究」なるモノをやってみようと、それくらいの軽い気持ちで所属しました。飯田先生は酵母の膜タンパク質の機能解析が専門で、多くの基礎技術を叩き込んで頂きました。特に根気と手先の器用さが要求される四分子解析(顕微鏡下で酵母胞子を細いガラス針で単離する技法)の習得を課されて、飯田先生からOKが出た時は一番の思い出です。

ある日、飯田先生と活性が下がる変異箇所の理由を議論していたのですが、全然原因が分からなく「構造が分かっていれば解明できるのに」と強く感じました。

そこで、学校の先生になる前に大学院を出ておいても良いだろうと思い(大学院を卒業すると教員の免許は専修免許というモノに変えられる)、タンパク質の構造解析が専門である東京大学の濡木理教授のラボに大学院から所属しました。5年間でタンパク質の精製から結晶化、電子顕微鏡など様々な技術に触れる機会がありました。濡木先生はとても学生思いの方で、大学院時代に随分と助けて頂きましたし、今でもお世話になる事が多いです。また、研究室のスタッフや先輩方も優しい方が多く、今思い返しても相当恵まれた環境で5年過ごせた事に感謝しています。

今の職業に就くと決めた時期

学校の先生になるが根底にあったので、大学院時代の最初の頃はその気でした。ところが、飽き性の僕がどうゆう訳か研究には飽きませんでした。研究は正直今でも好きでは無いです、ネガティブな結果の方が圧倒的に多いですし。ただ、好きでなくても向いているのかもと考え始めました。研究分野で生きてみたい、と思った転機は博士2年の春頃です。

当時、人工脂質小胞のリポソームを用いた解析でトランスポーターの活性が検出できず1年間ノーデータでした。先行研究や他の実験結果からトランスポーターである事はほぼ間違いなかったので、明らかにリポソーム側に問題があると思いました。ところが様々な事を試しても改善されず、先輩やスタッフの方々と議論しても誰も原因が分からないまま1年が過ぎようとしていました。相当精神的にも追い込まれていて、毎晩の飲酒量が変な桁でしたね。

そんなある日、オックスフォード大学の研究者が出した論文でリポソーム作製に使う脂質の種類と組み合わせで活性に大きく影響すると報告していることを見つけました。「これは自分のトランスポーターでも同じなのでは?」と思い試したところ、たった3日で解決しました、何度確認しても再現良く。安堵と同時に悔しさのようなものを感じました。それは非常にシンプルな戦略で「俺は1年間でこんな事に気付けなかったのか」と自分に腹が立ちました。負けず嫌いな性分なので、研究能力を上げてこんな悔しさをもう感じたくないと思った時、なら研究の世界に飛び込んでやろうと決めました。

恐らく、リポソーム解析が問題なくあっという間に終わっていたら、学校の先生や他の道を歩んでいたかもしれません。

今の職業に就くためにどう動いたか? 秘訣は?

実は「twitterにツイートした」で、多くの人が行うであろうジョブハントのような事をしていませんでした。上記の論文を発表した後、研究に挑戦したいと濡木先生に相談したところ「海外に行ってみたら?」と言われました。この事を飲み屋で友人と話している時に「試しに英語で職探し中ってつぶやけよ」と言われました。

近年、twitterなどのSNSを介してPIがメンバーを募る事や学生・ポスドクが所属先を探すケースが増えています。それをやれという事でした。相当飲んでいて、酔った勢い?でツイートしました。そうしたら、上記のオックスフォード大学の研究者から「あの論文の筆頭著者だろ?探しているなら、私のグループに参加しないか?」とダイレクトメッセージが来ました。嘘だろマジかよ、と思いましたね。分野がかなり近いラボですし何よりあの“悔しさ”の原因ともいえるラボなので、そこで技術や考え方を吸収したいと渡英を決意しました。周りからは「twitter就活」と言われています。その後も数件、ダイレクトメッセージでお誘いを頂けました。

秘訣と言えるわけでは無いですが、SNSも1つの職探しの戦略かなと思います。上記のように、職に関する投稿は意外と多いので応募したりコンタクトを取る機会が見つけられるかもしれません。

他の進路と比べて迷ったりしたか?

例えば大学院に行かず学校の先生になっていたら。ひょっとすると結婚して家を買っていて、生意気な自分の子どもに振り回されていたかもしれません。芸人になっていたら、日本でポスドクだったら、企業に就職していたら、それらは全て異なる人生だったはずです。ただ、ドラマや映画と違い「別の選択をした人生」を見る事は現実では不可能なので、あまり進路などに悩まない性格です。とりあえず、選択した進路を全力でやれば良いかなと思い迷いや後悔は特に無いです。

今の職業を含め生活の満足度、やりがい、夢など

職に関して不満は無いです。現在、私は低温電子顕微鏡を用いたタンパク質の構造解析に従事していて、渡英前に日本でサンプル調整や測定、単粒子解析などを経験することができました。実は現在のラボで一連の作業ができるのは今のところ私だけで、最前線で活躍できています。他の方のターゲットに協力することも多いので、日本に居た時以上に勉強や携わる機会が増えていて、刺激的な毎日です。

生活面では、よく「イギリス飯はまずい」なんて言いますけど食事にあまり興味が無い僕は特に気にしていません。強いて言えば、オックスフォードは家賃が高い事、日本で週に3, 4回は食べていた牛丼が食べられない事くらいが不満ですかね。

最後に若者へのメッセージ

僕自身、まだまだペーペーで自分の事を研究者と思ったことが無いので偉そうな事は言えません。1つ言えるとするなら、心配も多いでしょうが違う環境に飛び込んでみる事が大切と思います。随分と奇妙?な道を歩いてきた私ですが、環境が変わるたびに新しい発見ばかりで楽しめています。何より同じ環境にずっといると視界が狭くなってしまうのではないかと思っていて、それを避けると言う意味でも変化を加える事は大事と思います。

必ずしも「海外に行け」とは言いませんが、とにかく環境を変える事が大切かと思います。実際、同じような研究をしている今のラボですが、とても勉強することが多いです。

加藤さんがご執筆されたより詳しいイギリスでの生活に関する記事、「生物物理」の海外だより"~遠いイギリスの地,まだ見習い1年目~"はこちら


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