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そういえば『ニューエク』のサハ語について

言語学会を終えて

先週末はオンライン開催で言語学会が開催されまして、私も言語学会で初の口頭発表のセッションの司会を仰せつかるという光栄にあずかりました。テュルク系諸語のセッションということで私に白羽の矢が立ったということのようで、その意味でありがたきことでありました。

とはいえ、自分が研究発表をするわけではありませんから、その時の緊張を考えればいくぶん緊張度という意味ではあまりないものなのだなということはわかりました。

ただ、時間の調整には気を配っていないといけないし、開催前からもし何も質問がなかった場合は自分が「間」を埋めるべきだよなと思ってはいたので、例年になく発表者3名(いずれもテュルク諸語のうちどれかの研究者なので知り合いも知り合いではあるのですが)の予稿に目を通すということはしていました。質問内容というかコメントも用意して臨んだのですが、その意味で司会を仰せつかるということの利点もあるのだなとも思ったことでした。以上が言語学会の感想ということで。

ところで言語学会といえばテュルク諸語、テュルク諸語といえば…

今回「司会どうですか」と打診してくださったのが、実名は伏せますが(とはいえ、すぐ特定されちゃうのであまり意味はない説があります)おなじくテュルク諸語、サハ語を中心にご研究されていらっしゃる先生でありました。

その先生(イニシャルでE畑先生としておきますね)といえば、語学がらみでいえばたしか『ニューエクスプレススペシャル 日本語の隣人たち I+II』(白水社:2021年)にサハ語でご登場なさっていたはずだな?と思って、今朝になって思い立ったかのように本を引っ張り出してみた次第です。

音声はCD付属ではなく、白水社のホームページからダウンロードできるようになっていますね。で、さっそくサハ語の音声だけでも落としてみましょう。まだやってなかったのか、と怒られそうですが、まあそこはほら、ワイも今年は夏からいろいろ忙しかったのや…

さて、改めてサハ語のパートを拝見してみます。以前noteでサハ語に関連していくつか記事を書いたこともありましたが、サハ語そのものにちゃんと触れたことはあまりありませんでした。

あら。オレ、合本の話もしていましたか…。とはいえ、これは出版前に書いた記事でしたからね。その後もちろん公刊と同時に速攻で入手はしていましたが、今までほぼ手をつけずにいた次第です。

こんなことまで書いたからには、サハ語も見ておかないといけませんよね(謎の使命感)。ということでサハ語も3課分しかないですし、あらためて見てみます。

そうすると気づくことがいろいろあって面白い…以下、メモ書きです。

まず第1課、「入り口はここにあります」の文。ほかの多くのテュルク諸語だと、このタイプの存在文なら述語は「ある」ではなくて「X Y-位置格語尾」のようなパターンになりそうなところ、サハ語は

(1) Аан бу баар.
入口 ここ ある
「入口はここにあります」
(2) Олоппос ити баар.
椅子 そこ ある
「椅子はそこにあります」

(江畑 2021: 92;ただし太字は吉村による)

のような例文になっていて、「ここに」の「に」に相当するであろう格語尾もないのですか。この文の構造はちょっと面白いと思いました。

あと文字と発音のところなのですが、長母音と短母音の対立もあるんですね。それだけでなく、二重母音まであるっていうんですからテュルク諸語も一筋縄ではいかないというか、一枚岩ではないというか。

改めて、テュルク諸語の最大公約数ってどこまで小さいんだろうかという感想を持つなどします。

あとは第2課も、「おはよう」(Үтүө сарсыарданан)の表現からもう予測がつかないですし(最後のнанは具格のようですね?)、現在形の変化が子音語幹動詞と母音語幹動詞でずいぶん違うように見えるし、「AのB」のような所有表現ではAに所有格の語尾がつかない(その格語尾じたいが存在しないって以前江Bさんおっしゃってたっけな?)みたいだし。スゲーなサハ語。

第3課も、文法の説明のところ「名詞の格」で分格というのがある、と説明があります。命令文で使う格語尾のようですが、別の本によるとこの格語尾はたとえばトゥバ語やキルギス語にもないらしく、サハ語のヤバさがひしひしと感じられる一瞬です。唯一、「私は日本から来ました」という文は

(3) Мин Японияттан кэлбитим.
(min yaponiyat-tan kel-bit-im)
私 日本-から 来る-完了-1単
「私は日本から来ました」

(江畑 2021: 103;ただし形態素分解は吉村による)

だそうで、トルコ語なりほかのテュルク諸語なりとも似ていそうな雰囲気はあるので安心はする(なぜ安心しているのかは謎だが)ところです。ただ、過去形のバリエーションがどうもサハ語はかなり多そうで、近過去・遠過去それぞれに2種類の異形態がある……らしいのですが、完了や経験のようないわゆるアスペクト的な意味も絡んできそうなところですねこれは。

トルコ語などと比べるとかなりややこしそうな体系をしているのではないかという疑念を持ちます。

結論:サハ語、ヤバない??

ほかにも、「ありがとう」「ごめんなさい」の表現もМахтал!/Махтанабын!(makhtal/makhtanabïn)というのだそうで、全然想像つきませんでしたし、音声を聴いてみてもサハ語独特のイントネーションがありますし。

それこそトルコ語とサハ語くらいの距離感ともなってくると、東端と西端(に近いところ)の差ってこんなにすごいのかと改めて思うなどします。

どうでしょうね、慣れてくれば「なるほどサハ語はこうか」とか言いながらトルコ語あたりの知識が役に立つことがあるでしょうか?

いやあ…ないんじゃないですかねえこれはねえ。
むしろトルコ語知識の干渉がマイナスに働きそうな気がします。「なんでサハ語ってこんなことになってんの!!??」とかギャーギャーわめいている自分の姿が容易に想像できますわな~。

ということで、一トルコ語学徒が改めてサハ語を聴き、またニューエクを眺めてみたらあまりのヤバさに服が脱げそうになったというファイナルアンサーで。みなさまにおかれましては、寒くなってまいりましたのでどうぞご自愛ください…

参照文献・参照文献
江畑冬生(2021)「サハ語」中川裕(監修)・小野智香子(編)『ニューエクスプレススペシャル 日本語の隣人たちI+II』(東京:白水社)
江畑冬生・Akmatalieva Jakshylyk (2022)『サハ語・トゥバ語・キルギス語の文法対照』(新潟:新潟大学文学部・アジア連携研究センター)
Kirişçioğlu, Fatih M. (2012) "Saha Türkçesi". Ercilasun, Ahmet, B. (ed.) Türk Lehçeleri Grameri. Ankara: Akçağ Yayınları. 1229-1284.

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吉村 大樹
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