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『星の王子さま』で読むクムク語(3)

さてクムク語訳LPPによる言語紹介記事も、あまり長引かせる意味はないよなあと思いつつ、一度やりだした以上は最後までやり遂げることも大事だろう(我ながらいいこと言うたりましたわ)ということで、第2章の各文の分析を続けていこうと思います。

前回までの記事は以下の通りです。

(21) Эки гёзюмню дёрт этип, бу гьайран гёрюнюшге къарайман.
Eki göz-üm-nü dört et-ip, bu hayran görünüš-ge qara-y=man.
2 目-1単-を 4 する-連用 この 驚きの 外見-方向格 見る-現在=1単
「ぼくは2つの目を4つにして(→目を見開いて?)、この驚くべき光景を見ている」

(22) Ювукъ арада адам яшайгъан бир уьй сама да ёкьну сиз унутмадыгъыз чы?!
Yuwuq ara-da adam yaša-ygan bir üy sama da yoq-nu siz unut-ma-dï
g'ïz=čï?!
近い 場所-位置格 人 住む-連体 1 家 ~すら も ない-目的格 あなた 忘れる-否定-過去-2単=文末付属語
「近い場所には人が住むような家すらないのをあなたも忘れていませんよね?」

これはクムク語に限らず、トルコ語以外の言語で気になっている現象が入っている構文です。何がといいますと、「ある/ない」のように存在をあらわす述語としてここではyoq「ない」が文中に現れているのですが、この述語に直接格語尾がつけられるというのが個人的に面白いところです。
ウズベク語あたりにこれとよく似た現象があるような。このテーマについてはどこかでまた言及します。

あとは文末の付属語čïが面白いところで、これは書き言葉としては前の語と分かち書きするようですが、母音部分は前の語の最後の母音に合わせて=či/=čü/=čï/=čuと変化するようです(cf. Pekacar 2008: 1000)。この点、トルコ語の疑問を表す付属語=mIとも似ている点ですが、どうもこのクムク語の=či/=čü/=čï/=čuは単に疑問文でだけ使われるというわけでもなさそうで、固有の意味・機能がどういうものかというのは別に調べないといけなさそうです。誰かがすでに研究というか、説明していそうな気もしますが。

さて、以下はひとまず淡々とグロスを充てたのち、和訳していってみます。それぞれの詳細な解説はひとまず省略します。必要に応じて後で書き足すとは思いますが。

(23) Бу яш ёлундан адашып тас болгъан, яда оьтесиз бек къавшалгъан ва бир затдан гючлю кюйде къоркъунгъан, яда буса, ачлыкъдан ва сувсаплыкъдан оьле турагъан адамгъа да ошамай.
Bu yaš yol-un-dan adaš-ïp tas bol-g'an, yada ötesiz bek qawšal-g'an wa bir zat-dan güčlü küy-de qorqun-g'an, yada busa, ačlïq-dan va suwsaplïq-dan öl-e tur-agan adam-g'a da oša-ma-y.
この 子ども 道-起点格 はぐれる-連用 遺失 なる-連体 または 驚くべき とても  疲れる-連体 そして ある こと-起点格 強い  様子-位置格 怖がる-連体 または しかし 空腹-起点格 そして 水の渇き-起点格 死ぬ-連用形 ~ようとしている-連体 人-方向格 も 似ている-否定-現在3単
「この子ははぐれて道に迷ったような、またはとてもくたくたに疲れているような、何かを強く恐れているような、それでいて空腹やのどの渇きで死にそうになっているような人にも見えない」

(24) Ону гёрюнюшюне къарагъанда, адам яшайгъан ерден арекде, жансыз дангыллыкъда тас болгъан яш деп де айтмассан.
O-nu görünüš-ü-ne qara-qan-da, adam yaša-yg'an yer-den arek-de, žansïz daŋïl-lïq-da tas bol-g'an yaš dep de ayt-mas-san.
彼-所有格 外見-3単-方向格 見る-連体-位置格 人 住む-連体 場所-起点格 遠い-位置格 死んだ 砂漠-派生-位置格 遺失 なる-連体 子ども と も 言う-否定-2単
「彼の姿を見ると、人が住む場所から遠いところで、死の砂漠で道に迷った子どもだとも言えないだろう」

(25) Ахырда, эсимни жыйып: — Сен мунда не этесен? — деп сорайман.
Axïr-da, es-im-ni žïy-ïp: — Sen mu-nda ne et-e=sen? — dep sora-y=man.
最後-位置格 意識-1単-目的格 起こす-連用 君 これ-位置格 何 する-現在=2単 と 尋ねる-現在=1単
「ようやくぼくは意識を呼び起こして、『君はここで何をしているの?」と尋ねる」

(26) Ол буса янгыдан: — Тилеймен, магъа къозуну суратын эт... — деп шыбышлай.
Ol busa yangïdan: — Tile-y=men, mag'-a qozu-nu surat-ï-n et... — dep šïbïšla-y.
彼 というと 再び 願う-現在=1単 私-方向格 子羊-所有格 絵-3単-目的格 作る: 命令2単 と ささやく-現在: 3単
「彼のほうはというと、再び『おねがい、ぼくに子羊の絵を描いて…』とささやいている」

(27) Шо гьал бир тамаша сырлы ва англама болмайгъан кюйде эди чи...
Šo hal bir tamaša sïrlï wa aŋla-ma bol-ma-yg'an küy-de edi=či...
この 状態 ある 奇妙な 秘密の そして 理解する-動名詞 できる-否定-連体 様子-位置格 助動詞-過去=終助詞
「この状況は、奇妙で秘密の、そして理解できない状態だったんだよ」

(28) Ёлдашымны тилевюн гери урма болмадым.
Yoldaš-ïm-nï tilewü-n geri ur-ma bol-ma-dï-m.
友人-1単-所有格 願い-目的格 後ろに 打つ(=拒絶する)-動名詞 できる-否定-過去-1単
「ぼくは、友人の願いを拒絶することができなかったんだ」

(29) Учсуз-кьырыйсыз дангыллыкъда, оьлюмден бир абат ариде де токътап, нечакъы маънасыз болса да, кисемден кагъыз гесек ва даимлик къаламымны чыгъардым.
Učsuz-qïrïysïz daŋïl-lïq-da, ölüm-den bir abat ari-de=de toqta-p, nečaqï  ma'nasïz bol-sa=da, kise-m-den kag'ïz gesek wa daimlik qalam-ïm-nï
čïqar-dï-m.
無限の 砂漠-派生-位置格 死-起点格 1 歩 遠い-位置格=添加 止まる-連用 どれほど 無意味 である-仮定=添加 ポケット-1単-起点格 紙 切れ端 そして 万年 ペン-1単-目的格 出す-過去-1単
「無限の砂漠で、死まであと1歩のところでとどまっていて、どれほど無意味だとしても、ぼくはポケットから紙切れと万年筆を取り出した」

(30) Тек шо мюгьлетде, бютюн оьмюрюмде география, тарих, гьисап илму, тюз язывну къайдаларына уьйренип турганым эсиме тюшюп, яшгъа, бираз ачувланган йимик болуп, сурат этип бажармайгъанымны айтаман.
Tek šo mühlet-de, bütün ömür-üm-de geografiya, tarix, hisap ilmu, tüz yazïw-nu qayda-lar-ï-na üyren-ip tur-gan-ïm es-im-e tüš-üp, yaš-g'a, biraz ačuvlan-gan yimik bol-up, surat et-ip bažar-ma-yg'an-ïm-nï ayt-a=man.
しかし その 時-位置格  全ての 人生-1単-位置格 地理 歴史 計算 学問 正しい 書記 規則-複数-3単-方向格 学ぶ-連用 続ける-連体-1単 記憶-1単-方向格 降りる-連用 子ども-方向格 少し 怒る-連体 ように なる-連用 絵 する-連用 成功する-否定-連体-1単-目的格 言う-現在=1単
「でもその時、ぼくの全ての人生において地理と歴史と算数と文法(だけ)を学んできたことが頭に浮かびながら、その子に少し怒ったようにして、絵をうまく書けないことをぼくは言う」

(31) Ол буса къайтарып: — Къыйын буса да ... къозуну суратын эт, — деп тилей.
Ol busa qaytar-ïp:— Qïyïn busa=da ... qozu-nu surat-ï-n et, — dep tile-y.
彼 しかし 返す-連用 難しい しかし=添加 子羊-所有格 絵-3単-目的格 する: 命令2単 と 願う-現在: 3単
「でも彼はこう返事して『難しくても…子羊の絵を描いて』と願っている」

(32) Кьозуланы суратларын оьмюрюмде бир де етмегенмен.
Qozu-la-nï surat-lar-ï-n ömür-üm-de bir=de et-me-gen=men.
子羊-複数-所有格 絵-複数-3単-目的格 人生-1単-位置格 1=添加 する-否定-完了=1単
「子羊の絵を、ぼくは人生で1度も描いたことがなかったんだ」

(33) Шо саялы, оьзюм этип билеген суратланы бирисин — йыланны тышындан суратын этдим ва шо мюгьлетде алдымда эретургъан гиччипав гёзленмеген ерден кьычырып йиберип айтган бу сёзлеге бек тамаша болдум:
Šo sayalï, öz-üm et-ip bil-egen surat-la-nï biri-si-n — yïlan-nï tïš-ï-ndan surat-ï-n et-di-m wa šo mühlet-de ald-ïm-da eretur-g'an giččipaw gözlen-me-gen yer-den qïčïr-ïp yiber-ip ayt-gan bu söz-le-ge bek tamaša bol-du-m:
その ため 自身-1単 する-連用 できる-連体 絵-複数-所有 一つ-3単-目的格 蛇-所有格 外-3単-起点格 絵-3単-目的格 する-過去-1単 そして その 時-位置格 下-1単-位置格 立つ-連体 子ども(?) 予測する-否定-連体 場所 叫ぶ-連用 ~しだす-連用 言う-連体 この 言葉-複数-方向格 とても 驚いて なる-過去-1単
「だから、ぼくは自分が描ける絵のうちのひとつである、外側から見た大蛇(ボア)の絵を描いた。そしてそのとき、ぼくの下に立っていた小さい子どもが思わぬところから突然叫びだして言ったその言葉に、ぼくはとても驚いたんだ」

(34) — Тюгюл, тюгюл! Магъа пилни ютган йыланны сураты тарыкъ тюгюл, йылан бек къоркъунчлу, пил буса бек уллу.
— Tügül, tügül! Magʺ-a pil-ni yut-gan jïlan-nï surat-ï tarïq tügül, yïlan bek qorqunčlu, pil busa bek ullu.
ではない ではない 私-方向格 象-目的語 飲み込む-連体 蛇-所有格 絵-3単 必要 ではない 蛇 とても 怖い 象 はというと とても 大きい
「ちがう、ちがう!ぼくにはゾウを飲み込む大蛇(=ボア)の絵は必要じゃない!蛇はとても怖いし、ゾウのほうは大きすぎるよ」

(35) Мени уьюмдеги бары да зат бек гиччи.
Men-i üy-üm-degi barï=da zat bek gičči.
私-所有格 家-1単-にある すべての もの とても 小さい
「ぼくのところにあるものはぜんぶ、とても小さいんだ」

(36) Магъа къозу герек. Кьозуну суратын эт, — деди ол. Мен де этдим...
Mag'-a qozu gerek. Qozu-nu surat-ï-n et, — de-di ol. Men=de et-di-m...
私-方向格 子羊 必要だ 子羊-所有格 絵-3単-目的格 する: 命令2単 言う-過去 彼 私=添加 する-過去-1単
「『ぼくには子羊が必要なんだ。子羊の絵を描いて』と彼は言った。ぼくも描いた…」

(37) Яш суратыма тергевлю кюйде къарап: — Ёкъ, магъа булай осал кьозу тарыкъ тюгюл. Башгъасын эт, — дей.
Yaš surat-ïm-a tergewlü küy-de qara-p: Yoq, mag'-a bulay osal qozu tarïq tügül. Bašg'a-sï-n et, — de-y.
子ども 絵-1単-方向格 注意深い 様子-位置格 見る-連用 いいえ 私-方向格 このような 弱い 羊 必要だ ではない 他の-3単-目的格 する: 命令2単 言う-現在: 3単
「その子どもはぼくの絵を注意深い様子でながめて、『ううん、ぼくにはこんな弱った子羊は必要ないよ。ほかのを描いて』と言う」

(38) Мен де этдим. Мени янгы къурдашым рагъмулу кюйде иржайып: —Сен оьзюнг де гёресен чи, бу къозу тюгюл.
Men=de et-di-m. Men-i yaŋï qurdaš-ïm rahmulu küy-de iržay-ïp: —Sen öz-üŋ=de gör-e=sen=či, bu qozu tügül.
私=添加 する-過去-1単 私-所有格 新しい 友だち-1単 憐みのある 様子-位置格 微笑む-連用 君 自身-2単=添加 見る-現在=2単=終助詞 これ 子羊 ではない
「ぼくも描いた。ぼくのその新しい友だちは、あわれむ様子で微笑んで、『きみも見てわかるだろ、これは子羊じゃないよ…』

(39) Бу — уллу кьой. Муну мююзлери бар,— дей.
Bu — ullu qoy. Mu-nu müyüz-ler-i bar,— de-y.
これ 大きい 羊 これ-所有格 角-複数-3単 ある 言う-現在: 3単
『…これは大人の羊だ。これ、ツノがあるよ』と言う」

余談ですが、この文の"ullu qoy"の部分を見て、今まで"qozu"に「羊」という訳を充てていたのをすべて「子羊」に書き換えました。

では今回最後の文を分析して、今回のエントリー(第3回)は終了ということにしましょう。

(40) Мен янгыдан башгъа сурат этдим.
Men yaŋïdan bašg'a surat et-di-m.
私 再び 他の 絵 する-過去-1単
「ぼくはもういちど、別の絵を描いた」

いやー…何回も言っているのですけど、第2章、長いっすな…。
しかしここまでの各文の和訳からおわかりのように、「ぼく」と王子さまの羊の絵を描くやりとりはもう少し続きます。次回で、ブチ切れた「ぼく」が例の羊が入っている箱を描いてみせると王子さまは…のシーンに入るというわけです。

やれやれ。ようやく言語学アドベンター参加への準備ができましたね。ほんとにね…もっと短い章を選べばよかったっすわ…まあ今さら仕方のないことではありますのでそれはもうあきらめて、次回でなんとか完結しましょう。

とりあえずここまでクムク語をながめてみて思うのは、テュルク諸語の典型的な特徴はかなりの部分共有しているなということと、所有格と目的格がかたちのうえでは全く同じなのに、読んでみると意外に混乱しないでどちらの格なのかわかってしまうなということです。

あとは、母音調和のルールがクリアだなと思う一方で、両唇音/w/で終わる語の後は、後に続く母音が必ずu/üになっているのが注意を引きました。これは文法解説の文献でもちゃんと説明されているんですねえ(cf. Pekacar 2008: 969)。トルコ語やアゼルバイジャン語では見慣れない現象で、こういうのがあるからテュルク諸語はいろいろ見てみたいなとも思うなどします。

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