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愛を歌えば言葉足らず

 まだ1年生じゃん。と思っていたら、もう2年生じゃん。高校生活もあと2年しかない。そんな状況に正直少し絶望していた。

 神様は不公平だなって思う。なんで僕らだけこんなことになってるのか。

 コロナのせいで思い描いていたような楽しい高校生活とは全然違う日々を送っている。予定だった4月に入学式から2か月遅れて、やっと通えるようになってもマスクしたままで、顔もちゃんと分からないままに気が付いたらもう1年生が終わってしまった。
 そこそこの進学校に通う僕は、高校2年生からは勉強に時間を費やす日々になると予想していた。だからこそ、1年生の時から「高校生らしい高校生」を味わっておきたかった。

 蓋を開けるとどうだろう。行事もない。やっと収まったと思ったら、またすぐに制限が掛かる。オンラインにも分散登校も飽きてるし、希望がない。もちろん、それなりにクラスメイトと仲良くもなったけど、何か足りない。そうじゃなくてもっともっと鬱屈とした思いを発散したかった。
 高校生って大人と子どもの境目だと思っている。中学までは義務教育で、誰かのいう事に従わなきゃいけないというか、自由って感じたことは無かった。きっちり決められているレールの上から外れることなく過ごすことが正義みたいな。だから高校は自分で選んで決めて、もっと好きなことやろうって心の底で決めていた。それなのに急に変わってしまった世の中を受け入れられずにいた。

 そんな中で、僕を救ってくれたのは登下校の行き帰り、そして休み時間に聴く好きな音楽だった。好きな親の影響で、中学の頃から聴き始めたロックやポップは、勝手に僕を別の世界観に連れていってくれる。その世界に浸りつつ、日々つまらなさと寂しさと虚無感を紛らわしていた。

 「もしかしてヨルシカ好きなの?」

 急に話しかけられてびっくりしたのは、いよいよ高校生活に諦めを感じ出していた4月末の昼休みに、春が終わりそうなタイミングで聴いていたのは、ヨルシカの「春泥棒」だった。思っていたよりも音漏れしていたみたいで、急に申し訳なくなる。

 「ごめん、うるさかった?」

 「そんなことないよ。でも聴いたことある唄だった気がしたから。合ってる?」

 「うん、合ってるよ」

 答えると、彼女は嬉しそうに笑った。

 「春泥棒いいよね。うやむやした感じない?」

 「あ、そうかもしれない。うやむやとかもやもやとかね。」

 「なんか投げやりじゃない?はっきり言ってくれないから色々考えちゃうんだよね」

 分かる気がする。というか同じことを考えていた。

 「いきなりごめんね。あんまり周りに聴いてる人いないからつい話してみたくなって。文(あや)って言います。名前だけ知ってるかな?」

 「全然。初めまして。裕(ゆう)です」

 顔は知ってて話したこともなかったけど、同じクラスの中にも聴いてる人がいるんだなって知れたことも、好きな曲が同じだったことも、感想が似ていたことも、新鮮だった。
 その後、昼休みが終わるまで好きなバンドのことをお互いに話した。ラインを交換して、その日の夜には気に入ったMVのURLをお互いに送って、次の日には感想を言い合った。

 それから文と時々音楽の話をするようになった。1年の時は違うクラスで全然知らなかったけど、軽音部で自分でも演奏してるらしい。「全然下手くそだけど」って言って笑ってた。聴くだけだった音楽を自分の手で作るってどんな感じなの?って尋ねると、コピーしかしないから分かんないけど演奏するのは楽しいよって言ってまた笑う彼女を見て、羨ましかった。

 気付いたら休みの日には時々ライブに行ったり、CD(偶然だけど、僕も彼女も本当に好きなバンドのものはサブスク派じゃなかった)を買いにタワレコに行ったりするようになった。健全なデートだと思いながら、単純に楽しかった。気のおけない友人が出来たことは素直に嬉しいことだ。男の子の友達はクラスにもそれなりにいたけど、音楽の趣味が合う友達はいなかったから。

 ただ、好きになったのかと言われると答えにくい。周りには色々言われたけど、どうも付き合うというよりは友達の感じがして、曖昧な返事をしていた。文と仲の良い友達から「はっきりしなよ」って詰め寄られたり、僕の友達からダブルデートに誘われたり。
 一緒にいて話している時間はとても楽しいし、お互いにCDを探して疲れた後に休憩する時間もドトール、お金がある時にはスタバでひたすら喋っていた。これが青春なの?って言われると自信は無い。でも、好きなものを共有できるのは幸せで、あまりあることじゃない。

 夏休みはあるフェスに行って、1日音楽に浸った。といっても、同じバンドをずっと見たわけではなくて、朝待ち合わせて一緒に会場まで行った後は各々好きなステージを回っていた。昼には一旦合流してフェス飯を食べた後は、また別々のバンドを観に。最後だけ見たいバンドが被っていて一緒に見た後、2人で帰った。

 秋になって2回目の文化祭。「観に来ないでよ」と言われていた軽音部のライブを隠れて観に行った。前に行くのは憚られて、後ろからステージに向かった。大勢の観客の前で最初は恥ずかしそうにMCをして、演奏が始まった。
 yonige「リボルバー」、クリープハイプ「栞」、チャットモンチー「染まるよ」を唄い上げる彼女のバンドがなんか眩しくて羨ましくて、終わった後は声もかけることも出来ずに逃げるように教室に帰って一人イヤホンを付けて爆音でその3曲を聴いた。

 「観に来ないでって言ったじゃん。でもありがとね」

 しばらくして教室に帰ってきて、お礼を言いに来てくれた彼女に何故か上手く接することが出来なかった。気付いていたんだと思うと恥ずかしくて、素直に思ったことも言えない。こんなこと初めてだ。

 「変なの」

 不思議そうに首をかしげて、友達の所に戻っていた文に何も言えなかった。本当は、ただ「よかったよ」って伝えたかっただけなのに。自分のふがいなさと、彼女の一生懸命さのギャップが嫌になったから、上手く話すことが出来なくなっていた。その後はなんか気まずくなって、今までみたいに喋ることもなくなった。

 気付けば5ヶ月が経った3月の終わり、3年生までもう少しだというタイミングで修学旅行にいくことになった。
 関西でそれなりに楽しく過ごした最終日、京都の嵐山に僕はいた。自由行動の時間、班の友達がお土産を選んでいて手持無沙汰になった僕は、なんとなく渡月橋を渡って対岸の川沿いにあるベンチに腰掛けたら、満開の桜が咲いていた。
 ふと気付けば、文が橋を渡っていた。そのまま見ていると、僕に気付いて大きく手を振る。軽く手を挙げて応えていると、渡り終わった彼女が真っすぐこっちに歩いて来ていた。

 「桜綺麗だねー。一人で何してんの」

 「みんなお土産買ってるから。そっちこそ何してんの」

 「同じだよ。昨日買っちゃったから、せっかくだし歩いてみようと思って」

 そう言った文は僕の隣に座った。

 「最近話してないねえ」

 笑っていたけど、少し寂しそうだった。

 「ごめん、なんとなく」

 「なんとなくだよね。なんかした覚えないもん」

 「元気にしてた?」

 「元気だよ?同じクラスだから分かるでしょ。裕は?」

 「いつもと変わんない」

 嘘をついた。結局自分で考えてどうしたらいいかって分からないまま。

 「いつもと変わんない?てことは、私が避けられてる今が裕の普通なんだ。逆だと思ってたのは私だけか」

 それは違う。全部ばれてる。それだけあの時間が大事だったってことなのかな。

 「・・・普通じゃないね。なんか文化祭の時に色々考えちゃって」

 「うんうん、何を?」

 「文のバンドの演奏観て、羨ましくなって」

 「それで?」

 「だから、何をすればいいか分からなくなった」

 「それで話してくれなくなったの?」

 理由になっていないことは分かっていたけど、説明も出来ない。黙っている僕に文はイヤホンを片方差し出した。

 「ねえ、これ覚えてる?」

愛を歌えば言葉足らず
踏む韻さえ億劫
花開いた今を言葉如きが語れるものか

はらり、僕らもう声も忘れて
瞬きさえ億劫
花見は僕らだけ
散るなまだ、春吹雪

あともう少しだけ
もう数えられるだけ
あと花二つだけ
もう花一つだけ

ただ葉が残るだけ、はらり
今、春仕舞い

 春泥棒。あれからもうすぐ1年になるのか。そのうちの5ヶ月の間だけ。でも、その5ヶ月で楽しくて切ない時間を過ごしたことをちゃんと認められるようになりたかった。今しかないのかもしれない。

 曲が終わった。

 「文、あのさ、」

 「いいよ。何も聴きたくないし」

 「じゃあ勝手にしゃべる」

 「勝手にして」

 彼女はもう寂しそうじゃなかった。何を言うべきかはまだまとまってないけど、少なくともこの後にはまた楽しい時間を誰かと共有できるようになれそうだ。そう考えて、春の京都で僕は言葉を紡ごうとする。

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